熱帯熱マラリア原虫がヒトの赤血球に侵入する際に、赤血球表面のヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)(注1)を利用することを明らかとした。
マラリアは世界三大感染症の一つにも数えられ、特に熱帯熱マラリアには熱帯地方を中心に、年間推定3億人が感染し、そのうち約100万人が亡くなっているとされる感染症である。本原虫の病原性や生存において、ヒト体内での赤血球侵入が不可欠であり、これを阻害する薬剤の開発は本感染症の予防、治療において極めて有効と考えられる。この侵入の過程は様々な原虫表面分子によって媒介される。このうちBAEBLと呼ばれる分子は、現在までに赤血球表面分子グライコフォリンC(注2)がシアル酸(注3)依存型受容体として提唱されていた。しかし我々は、それとは別にBAEBLのHSPGに対する結合を見出した。
本研究ではBAEBLの赤血球結合におけるヘパラン硫酸(HS)およびシアル酸の重要性を検証するべく、同分子の可溶性組換え体を作製し、酵素処理によってこれらの糖類を除去した赤血球に対する結合を調べた。その結果、HS存在下ではBAEBLの赤血球結合が増強されることが明らかとなった。また、HSの類似化合物であるヘパリン(注4)を添加するとBAEBLの赤血球結合が阻害されることも明らかとなった(図1)。
原虫の侵入においても、赤血球表面のHSが侵入効率に寄与しており、ヘパリンの添加によって侵入が阻害されるなど、結合試験と酷似する結果を示した(図1)。
さらに、BAEBLのアミノ酸配列中に予測された5か所のグリコサミノグリカン(注5)結合モチーフ(注6)のうち2か所が、赤血球結合において極めて重要な役割を担うことが、モチーフ欠損型BAEBLを用いた解析により見出された(図2)。この結果は、同モチーフがシアル酸とHSPGの両者との結合に関わっている可能性や、ヘパリンがモチーフをブロックすることでBAEBLの赤血球結合阻害が起こる可能性などを示唆している。
これらの結果は、原虫の赤血球侵入を阻害する薬剤の開発につながる重要な情報となる可能性がある。
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図1:赤血球表面の糖類がBAEBLの結合やマラリア原虫侵入に与える影響(拡大画像) | 図2:BAEBLの赤血球結合においてグリコサミノグリカン結合モチーフが重要な役割を担う (A) BAEBLの模式図と予測されたモチーフの位置。(B) 各モチーフのアミノ酸配列と加えられた変異。(C) モチーフ欠損型BAEBLの赤血球結合。GAG1とGAG4を欠損させると、赤血球結合が著しく低下する。(拡大画像) |
ヘパラン硫酸と呼ばれる糖鎖が結合した糖タンパク質。
注2 グライコフォリンC:赤血球表面の糖タンパク質の一種。シアル酸修飾を強く受ける。
注3 シアル酸:糖類の一種で、糖鎖の一部として存在している。
注4 ヘパリン:ヘパラン硫酸の一種で、抗凝固薬などとして広く用いられている化合物。
注5 グリコサミノグリカン:長鎖の多糖類で、通常枝分かれがない。二糖の繰り返し構造からなり、その種類によってヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、ヘパラン硫酸など、様々なものが存在する。
注6 グリコサミノグリカン結合モチーフ:グリコサミノグリカンに結合しやすいとされるアミノ酸配列。一般的にXBBXBXあるいはXBBBXXBX(B:塩基性アミノ酸、X:任意のアミノ酸)で表わされる。