発表者
石井 聡 (北海道大学大学院工学研究院環境創生工学部門 助教、
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教;当時)
大野 浩季 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 修士課程2年;当時)
坪井 雅敬 (東京大学農学部 生命化学・工学専修 学部4年;当時)
大塚 重人 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
妹尾 啓史 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表概要

強力な温室効果ガスである一酸化二窒素(亜酸化窒素; N2O; 注1)を無害の窒素ガス(N2)に変換して生育する微生物を、水田土壌から検出し、分離培養することに成功した。これらのN2O還元微生物を利用することで、施肥窒素の損失を抑えたうえで温室効果ガスN2Oを低減することが期待される。

発表内容

糸状菌におけるエキソサイトーシスの模式図

図:
左 水田土壌にN2Oを添加して培養したときのN2OおよびN2の濃度変化。N2Oの減少とともにN2が生成している。
右 今回単離されたHerbaspirillum属のN2O還元細菌の電子顕微鏡写真。

一酸化二窒素(以下、N2O)は現在大気中に約320 ppb(10億分の320)の濃度で存在する強力な温室効果ガスであり、オゾン層破壊作用も大きい。大気中のN2Oの濃度は産業革命以降急速に上昇しており、農耕地への窒素肥料の投入や、堆肥化などの家畜排せつ物の処理過程、およびそれに関係する土地利用の変化が、N2O濃度の上昇に関係していることが知られている。農耕地からのN2O発生は、硝化(注2)や脱窒(注3)などの微生物作用によるものと考えられている。

ダイズ畑やコムギ畑などと比較して、水田土壌はN2Oの発生が少ないことが知られている。水田の地下水にはN2Oが溶け込んでいることが報告されているので、これらの溶存N2Oは大気に放出される前に微生物の嫌気呼吸(注4)によって、無害のN2に還元されている可能性がある。しかしながら、適切な手法が確立されていなかったこともあり、N2O還元微生物を検出および分離した例はなかった。

これまでに我々は、特定の条件下で増殖する微生物細胞をひとつずつ採取する手法を開発しており(Ashida et al., Appl. Microbiol. Biotechnol. 85:1211-1217 (2010))、今回この手法を適用することによりN2O還元微生物の分離に成功した。また、培養を介さない手法によって水田土壌におけるN2O還元微生物の特定も同時に行い、分離した微生物が水田土壌で優占していることを確認した。

この微生物は酸素の代わりにN2Oを呼吸基質として利用して生育することができる。分離した微生物株のN2O還元能を試験したところ、微生物種によってN2O還元能が異なることが明らかになり、Herbaspirillum属の細菌が最も強力なN2O還元能を有していることがわかった。また、ほとんどのN2O還元微生物は硝酸還元能および亜硝酸還元能を持っており、脱窒細菌であると判定されたが、いくつかのN2O還元微生物は硝酸還元能/亜硝酸還元能を持っておらず、N2Oの還元能のみを示した。

硝酸還元能/亜硝酸還元能を持たないN2O還元微生物を利用すれば、農耕地から施肥窒素の損失を抑えたうえで、温室効果ガスN2Oを低減することが期待される。

本研究は生物系特定産業技術研究支援センター「イノベーション創出基礎的研究推進事業」による支援を受けて行われた。

発表雑誌

雑誌名: Natureグループの微生物系専門誌「The ISME Journal」オンライン版(6 月16日号に掲載)
論文タイトル: Identification and Isolation of Active N2O Reducers in Rice Paddy Soil
著者: Satoshi Ishii, Hiroki Ohno, Masahiro Tsuboi, Shigeto Otsuka, and Keishi Senoo

問い合わせ先

石井 聡
北海道大学大学院工学研究院 環境創生工学部門 水質変換工学研究室 助教
Tel: 011-706-7162
Fax: 011-706-7162
E-mail: s.ishii@eng.hokudai.ac.jp
ホームページ: http://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/water/

妹尾 啓史
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 土壌圏科学研究室 教授
Tel: 03-5841-5139
Fax: 03-5841-8042
E-mail: asenoo@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
ホームページ: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/soil-cosmology/

用語解説

(注1) 一酸化二窒素:
二酸化炭素の約296倍の温室効果を持つN2Oの化学式をもつ気体で、亜酸化窒素とも呼ばれる。N2Oはオゾン層破壊物質でもあり、フロンガスの使用規制がなされている近年は、N2Oがオゾン層破壊の第一の原因であると報告されている。毎年発生するN2O量の約半分は農業由来であると見積もられている。

(注2) 硝化:
硝化は、酸素のある好気条件下でアンモニア(NH4+)が亜硝酸(NO2-)を経て硝酸(NO3-)に酸化される微生物作用。アンモニアが亜硝酸に酸化される過程で、副産物としてN2Oが発生する。

(注3) 脱窒:
脱窒は、酸素のない嫌気条件下で、硝酸や亜硝酸がガス態の窒素化合物(一酸化窒素(NO)、一酸化二窒素(N2O)および窒素ガス(N2))に還元される微生物の嫌気呼吸のひとつ。N2Oは脱窒反応の産物として発生する。

(注4) 嫌気呼吸:
酸素のない条件下で、微生物が酸素に代わる電子受容体として硝酸、硫酸などを使う呼吸形態。N2Oを電子受容体とする嫌気呼吸も存在する。