発表者
渡部 終五 (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 水産化学研究室 教授)
木下 滋晴 (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 水圏生物工学研究室 助教)
永井 清仁 (株式会社ミキモト真珠研究所 所長)
前山 薫 (御木本製薬株式会社取締役 開発推進センター担当)

発表概要

世界で初めて日本固有のアコヤガイの真珠層形成で働くほぼすべての遺伝子情報の取得に成功し、そこから多量の新規真珠層形成遺伝子候補を発見した。研究成果は米国東部時間6月22日午後5時(日本時間6月23日午前6時)、米国の科学雑誌 PLoS ONE (電子版)に掲載された。

発表内容

アコヤガイの作る真珠と真珠層

図1: アコヤガイの作る真珠(左)と真珠を構成する真珠層(右).

アコヤガイ(注1)の体内で真珠(注2){図1}がつくられる際には、いくつかの遺伝子が関与していることがこれまでの研究で知られていた。東京大学・渡部終五教授らの研究チームとミキモトグループとの共同研究チームは、ミキモトグループが守り続けてきた日本固有のアコヤガイを対象に、2007年より真珠形成の遺伝子を網羅的に追求してきた。

このたび、次世代型の遺伝子解析システム(注3)を用いてアコヤガイの真珠層形成部位で発現する全ての遺伝子(EST(注4))を解析することで、真珠が作られている時に働くほぼ全ての遺伝子情報を取得することに成功。すでに報告されているアコヤガイの遺伝子情報の約100倍に達する新しい情報を得た。これまでに真珠層を構成するタンパク質として報告されているものは20種程度であったが、今回、50種以上もの新規タンパク質遺伝子を同定するという記録的成果を得るとともに、真珠層に含まれる既報のタンパク質に構造が類似するものの機能が異なると考えられるタンパク質を作り出す遺伝子を複数発見するに至った(図2,3)。

今回の成果は、真珠層形成がどのようにアコヤガイの体内で行われるのか、その仕組みを解明していく大きな一歩であるとともに、日本固有のアコヤガイに潜む、美しい真珠を産み出す秘密を明らかにする手がかりになる。また、良質な真珠の安定的生産はもちろん、アコヤガイの耐病性の向上など、真珠養殖の現場へのさまざまな応用につながることが期待される。さらには、真珠層形成に関与するタンパク質の特異な生理機能の解明に繋がることで、カルシウム運搬機能(注5)を利用した新規医薬品、化粧品などへの応用(注6)も期待される。

真珠層の形成とタンパク質の働き
図2: 真珠層の形成とタンパク質(遺伝子)の働き.
アコヤガイの真珠層形成部位からの遺伝子情報の取得
図3: アコヤガイの真珠層形成部位からの遺伝子情報の取得.

発表雑誌

雑誌名: 「PLoS ONE」(6月22日号)(電子版) http://www.plosone.org/home.action
論文タイトル: Deep sequencing of ESTs from nacreous and prismatic layer producing tissues and a screen for novel shell formation-related genes in the pearl oyster
著者: Shigeharu Kinoshita, Ning Wang, Haruka Inoue, Kaoru Maeyama, Kikuhiko Okamoto, Kiyohito Nagai, Hidehiro Kondo, Ikuo Hirono, Shuichi Asakawa, and Shugo Watabe

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
水圏生物科学専攻 水産化学研究室
渡部 終五 教授
Tel: 03-5841-7520
Fax: 03-5841-8166
E-mail: awatabe@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) アコヤガイ:
学名 Pinctada fucata 。貝の種類は11万種ともいわれるが、宝飾として価値のある真珠を作る貝はごく僅かで、なかでもアコヤガイの作る真珠は最も美しい。日本のアコヤガイは太平洋産のアコヤガイの亜種とされている。このアコヤガイを用いて、日本が世界で初めて養殖真珠産業を興した。この日本固有のアコヤガイは、特有の光沢を持つ優れた品質の真珠を産出し、これまで世界中の人々に高く評価されてきた(図1)。しかし1990年代後半以降、感染症の病気によるへい死などから養殖管理が難しくなり、南方系アコヤガイとの交雑化が行なわれるなど、その生産環境は大きく変化している。その結果、かつての日本固有のアコヤガイの良質な輝きを有する真珠の生産は減少傾向にある。

(注2) 真珠:
貝により産み出される宝石で、炭酸カルシウムのアラゴナイ ト結晶の規則正しい配置が幾層にも重なり、美しい光沢を示す(図1)。真珠層に少量含まれるタンパク質が結晶の成長や配置を決めていると考えられている(図2)。

(注3) 次世代型の遺伝子解析システム:
次世代シーケンサと呼ばれる新しい原理に基づく遺伝子配列解析システムが実用化され、従来の手法の数百万倍の遺伝子情報を低コストで一度に取得することが可能になっている(図3)。ここ数年、そうしたシステムを用いて、様々な生物種で莫大な量の遺伝子配列データが蓄積されつつある。

(注4) EST:
Expressed Sequence Tag の略。遺伝子の発現は、1. DNA から RNA への転写、2. RNA からタンパク質への翻訳、という過程を経る。DNA から転写された RNA の部分配列を決定したものを EST と呼び、これを多量に集めた EST データベースが、様々な生物種で構築されている。EST は、DNA のどの部分が遺伝子として働いているか、またその遺伝子がどのように使われているかを知る重要な情報となる(図3)。

(注5) カルシウム運搬機能:
真珠の主な成分は炭酸カルシウムであり、真珠の形成において、カルシウム濃度を適切に調整することが重要である。複数のカルシウム結合タンパク質が、貝の真珠形成部位や真珠そのものに含まれていることが知られている

(注6) 医薬品、化粧品などへの応用:
皮膚の最外層を形成する角層細胞の接着などには、カルシウムが関与することが知られている。カルシウム濃度の制御やカルシウム運搬機能を促進する作用を利用して、健常な皮膚を維持する医薬品や化粧品への応用が期待できる。