発表者
Tom D. Niehaus (ケンタッキー大学 農学部・博士課程)
岡田 茂 (東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻・准教授)
Timothy P. Devarenne (テキサスA&M大学 生化学/生物物理学科・助教授)
David S. Watt (ケンタッキー大学 医学部・教授)
Vitaliy Sviripa (ケンタッキー大学 医学部・博士研究員)
Joe Chappell (ケンタッキー大学 農学部・教授)

発表概要

微細緑藻Botryococcus brauniiは、ボツリオコッセンおよびメチルスクアレンというトリテルペン系炭化水素を大量に生産するため、代替石油資源として期待されています。今回我々は、それらのトリテルペン生産に関わる3つの酵素遺伝子の特定に成功し、本藻種が今まで知られていたものとは全く異なるメカニズムで炭化水素を生産することを明らかにしました。

発表内容

B. brauniiは単細胞性の微細緑藻で、個々の細胞を細胞間マトリクスによりつなぎ止めて群体を形成します(図1)。この微細藻は光合成により固定した炭素を、乾燥重量の数十パーセントにも及ぶ大量の液状炭化水素として蓄積するため、燃やしても新たな二酸化炭素を発生しない、再生産可能な代替燃料としての利用が期待されています。本藻種は生産する炭化水素のタイプによりA、BおよびLの3品種に分類され、B品種は本藻種に特異的なボツリオコッセン類およびメチルスクアレン類というトリテルペン(注1)系炭化水素を生産します(図2)。これらトリテルペン系炭化水素は、細胞内で生成した後、最終的には細胞外に排出され細胞間マトリクス部に蓄積されます。そのため顕微鏡下で観察する際、カバーグラスで群体を圧迫すると、炭化水素がしみ出してくるのが見られます(図1)。一度細胞外に出された炭化水素が細胞内に再び取り込まれ、例えば栄養源として利用されるといった現象は確認されておらず、本藻種が何のためにこれほど大量の炭化水素を生産し、体外に蓄積しているのかは未だ謎です。

ボツリオコッセンがどのような酵素により作られるのかは分かっていませんでしたが、分子構造がスクアレンと良く似ているため、真核生物に広く存在するスクアレン合成酵素と良く似た酵素により作られるものと考えられてきました(図3)。まず前駆体であるファルネシル二リン酸2分子の縮合によりプレスクアレン二リン酸という中間体が生成し、次にこの中間体から最終産物が生成するという二段階の反応が、スクアレン合成酵素という1つのタンパク質により行われることでスクアレンは生成します。そこで B. braunii からスクアレン合成酵素(BSS)の遺伝子(Okada et al., Arch. Biochem. Biophys., 2000)を単離したところ、この遺伝子がコードするタンパク質はスクアレンは作りましたが、ボツリオコッセンを作りませんでした。今回、BSSの塩基配列情報を基に類似した遺伝子を本藻種から探したところ、新たにスクアレン合成酵素に類似した酵素(Squalene Synthase-Like enzyme=SSL)が3種類(SSL-1、SSL-2、SSL-3)存在することが分かりました。これらを大腸菌や酵母で作らせてその機能を調べたところ、SSL-1はファルネシル二リン酸を原料とした場合、スクアレンもボツリオコッセンも作れませんでしたが、スクアレン合成酵素反応の中間体であるプレスクアレン二リン酸を生成しました。それに対しSSL-3は、ファルネシル二リン酸を原料とした場合は何も生成できませんでしたが、プレスクアレン二リン酸を原料とした場合はボツリオコッセンが生成し、ボツリオコッセンの生成メカニズムが世界で初めて明らかになりました(図4)。またSSL-2は、ファルネシル二リン酸を原料とした場合、主としてビスファルネシルエーテルという新規化合物を生産するのに対し、プレスクアレン二リン酸からはスクアレンを生成しました。これらの結果から、B. braunii は他の生物と共通のメカニズムによりスクアレンを作れるだけでなく、SSL-1とSSL-2という2つの独自の酵素の組み合わせでもスクアレンを作れますし、SSL-1とSSL-3という組み合わせでボツリオコッセンを生成することが分かりました。スクアレン合成酵素という1つの酵素が行う二段階の反応を、2つの酵素が一段階ずつ別々に行って同様のトリテルペンを生成するという例は今回の発見が初めてです。

ボツリオコッセンの生合成に関する酵素遺伝子が特定できたことより、本藻種が「なぜ大量のトリテルペンを作るのか?」という問いに対する答えを見つける手がかりが得られたことになり、本藻種による代替燃料生産の実現化に貢献するものと考えます。

本研究は、科学研究費補助金(奨励研究A、基盤研究C、基盤研究B)からの研究費を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences(米国科学アカデミー紀要 オンライン版)
著者: Tom D. Niehaus, Shigeru Okada, Timothy P. Devarenne, David S. Watt, Vitaliy Sviripa, and Joe Chappell
題名: Identification of unique mechanisms for triterpene biosynthesis in Botryococcus braunii

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
水圏生物科学専攻 水圏天然物化学研究室
准教授 岡田 茂 (オカダ シゲル)
Tel: 03-5841-5298、Fax: 03-5841-8166
E-mail: aokada@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
Web: http://anpc.fs.a.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

注1 トリテルペン

テルペンはテルペノイド、イソプレノイドとも呼ばれ、炭素数5のイソプレンを構成単位とする一群の天然有機化合物の総称。このうちトリテルペンは6個のイソプレン単位、すなわち炭素数30の基本骨格を持つものを指す。

添付資料

B. brauniiのB品種が生産するトリテルペン類
図1.Botryococcus brauniiと群体から染み出る液状炭化水素

B. brauniiのB品種が生産するトリテルペン類
図2.B. brauniiのB品種が生産するトリテルペン類

従来考えられていたボツリオコッセンの生成メカニズム
図3.従来考えられていたボツリオコッセンの生成メカニズム

今回明らかになったB. brauniiにおけるトリテルペン類生成メカニズム
図4.今回明らかになったB. brauniiにおけるトリテルペン類生成メカニズム