発表者
冨川 順子 (名古屋大学大学院生命農学研究科 博士研究員、基礎生物学研究所行動生物学研究部門 非常勤研究員;当時)
下川 広子 (名古屋大学大学院生命農学研究科 博士課程(前期課程)2年、(基礎生物学研究所行動生物学研究部門 特別共同利用研究員);当時)
上坂 将弘 (京都大学大学院理学研究科 修士課程2年)
山本 直樹 (京都大学大学院理学研究科 修士課程2年)
森 裕司 (東京大学大学院農学生命科学研究科 教授、基礎生物学研究所行動生物学研究部門 客員教授;当時)
束村 博子 (名古屋大学大学院生命農学研究科 准教授、基礎生物学研究所行動生物学研究部門 客員准教授;当時)
前多 敬一郎(名古屋大学大学院生命農学研究科 教授)
今村 拓也 (京都大学大学院理学研究科 准教授、基礎生物学研究所行動生物学研究部門 助教;当時)

発表概要

従来、タンパク質・ペプチドをコードする遺伝子の抑制に働く分子として、二本鎖構造をとりながらRNAのまま機能する非コードRNAが知られていた。本研究では、細胞増殖・分化に関わる細胞骨格タンパク質遺伝子が、pancRNA(注1)と名付けた一本鎖構造をとる非コードRNAにより活性化されることを明らかにした。

発表内容

一本鎖RNAによる遺伝子活性化

図 一本鎖RNAによる遺伝子活性化 (拡大画像↗
コード遺伝子の発現が抑制されているとき、プロモーター領域はDNAメチル化(図中の黒丸)され、それに巻き付いているヒストンタンパク質もメチル化(図中Me)されている。pancRNAは遺伝子と逆向きに発現し、DNA脱メチル化(図中白丸)とヒストンアセチル化(図中Ac)を伴うことで、遺伝子発現をONにできる。

2006年に、Craig Mello博士とAndrew Fire博士は、短い二本鎖RNA(<40塩基)による遺伝子の抑制機構である「RNAi」の発見によりノーベル医学・生理学賞を受賞している。2001年にヒトゲノムDNAの配列解読がなされて以来、大規模RNA解読が進行しており、短い二本鎖RNA以外にも多種多様な非コードRNAが見つかってきた。

今村拓也 京都大学大学院理学研究科 准教授と森裕司 東京大学農学生命科学研究科 教授(基礎生物学研究所行動生物学研究部門 客員教授;2003年—2008年に兼任)らは、プロモーターと呼ばれる、遺伝子の発現制御に重要な働きをするゲノム領域に着目し、ラットNefl遺伝子とVim遺伝子から一本鎖pancRNA(>200塩基)が発現することを突き止めた。これらの2つのpancRNAにはDNA配列特異的にDNAメチル化(注2)を逆転させることにより、それぞれの遺伝子の発現上昇に寄与する機能があることが明らかとなった。

RNAは動物種間で構造が大きく異なる場合が多い。機能性RNAが遺伝子抑制だけでなく遺伝子活性化に働くことを発見した本成果により、動物の多様性を生み出す基本メカニズムを解明する研究の促進が期待できる。また、遺伝子スイッチON/OFFを両面から制御する応用展開が期待できる。

なお本研究は、科学研究費補助金(若手研究(A)、若手研究(B)、特定領域「性分化機構の解明」)、グローバルCOEプログラムからの研究費を受けて行われた。

発表雑誌

雑誌名: 「Journal of Biological Chemistry(米国生化学・分子生物学会誌)」
論文タイトル: Single-stranded Noncoding RNAs Mediate Local Epigenetic Alterations at Gene Promoters in Rat Cell Lines
著者: Junko Tomikawa, Hiroko Shimokawa, Masahiro Uesaka, Naoki Yamamoto, Yuji Mori, Hiroko Tsukamura, Kei-ichiro Maeda, Takuya Imamura
掲載日: 2011年10月7日
doi:10.1074/jbc.M111.275750

問い合わせ先

京都大学大学院理学研究科
生物科学専攻グローバルCOEプログラム 生物多様性学特別講座
准教授 今村 拓也
TEL: 075-753-4261
FAX: 075-753-7667
E-mail: imamura@gcoe.biol.sci.kyoto-u.ac.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科 
応用動物科学専攻 獣医動物行動学研究室
教授 森 裕司
TEL: 03-5841-5474
FAX: 03-5841-8190
E-mail: aymori@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1)pancRNA:

プロモーター非コードRNA(promoter-associated noncoding RNA)の略称。プロモーターと呼ばれる、ゲノム中の遺伝子の発現制御領域から作り出される。RNAの多くはタンパク質にデコードされることによりさまざまな生物機能に関わるが、pancRNAはRNAのまま遺伝子発現制御に関わる。

(注2)DNAメチル化:

ゲノムを構成する塩基であるアデニン・グアニン・シトシン・チミンのうち、主にシトシンに起こる化学修飾の一つ。一般に、遺伝子発現制御領域においてDNAメチル化が起こると、その遺伝子は発現が抑制される。DNAメチル化パターンは個々の細胞に固有のものであり、例えばiPS細胞ではその元となる体細胞のDNAメチル化パターンを一部持ち越すことも知られていることから、DNAメチル化パターンを自在に制御することは極めて重要な課題である。