発表者
藤原 徹  (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻・教授)
浦口 晋平 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻・日本学術振興会特別研究員PD)

発表概要

イネの体内において、カドミウムを種子(コメ)へ輸送する役割を担っている遺伝子を発見しました。この遺伝子の発現を抑制することで、コメに含まれるカドミウム濃度をおよそ50%低下させることに成功しました。今後、「低カドミウム米」品種の確立へ向けた応用が期待されます。

発表内容

図

図(A)コントロール株とOsLCT1抑制株の玄米。カドミウムを特異的に染色する方法で処理すると、コントロール株よりもOsLCT1抑制株においてより染色が薄いことから、玄米に含まれるカドミウムがOsLCT1抑制株の玄米では少ないことを示す。(B) イネのカドミウム輸送のメカニズムとOsLCT1の役割。根から吸収されたカドミウムは茎の導管を通って地上部へ輸送される。カドミウムは節において、葉につながる維管束(導管輸送)か、より上位の節・穂へつながる維管束(篩管輸送)に分配される。また、葉(葉身)からは篩管輸送によってある程度のカドミウムが再転流される。OsLCT1は葉身と節に強く発現し、穂(コメ)へのカドミウムの輸送を担っていることが示された。図中では、葉身からのカドミウム再転流と、最上位節から穂(コメ)へのカドミウム輸送がOsLCT1抑制株では低下していることを赤矢印(破線)で示している。(拡大画像↗

カドミウムは、イタイイタイ病の原因物質であり、人体に有害な重金属の1つです。日本人のカドミウム摂取量は世界の中でも高く、摂取量の約半分がコメに含まれるカドミウムに由来します。カドミウムを多く含むコメを摂取し続けることは、人体に長期的な悪影響を与えると懸念されることから、コメのカドミウム含有量を低下させることは重要です。

イネは、土壌中のカドミウムを根から吸収し、導管(注1)を介して地上部へ輸送します。導管中を輸送されてきたカドミウムは、「節」(注2)といわれる維管束のジャンクションのような組織において、篩管(注3)へ移し替えられ、種子に輸送されると考えられてきました。しかし、どのように篩管へ移し替えられるかはわかっていませんでした。

私たちの研究グループでは、カドミウムの少ないコメを生産できるイネの品種の開発へ向けて、イネがカドミウムを種子(コメ)へ輸送する仕組みを分子レベルで理解するための研究を進めてきました。今回の発表はその成果の一端を発表するものです。OsLCT1という陽イオンのトランスポーター(注4)が種子へのカドミウム輸送に重要な役割を果たしていることを明らかにし、遺伝子の発現を抑制することで、玄米に含まれるカドミウムを約半分に低下させることに成功しました。

OsLCT1は細胞膜上に存在し、カドミウムなどの陽イオンを細胞内から細胞の外に輸送する活性をもつタンパク質であることがわかりました。OsLCT1遺伝子の発現が抑制されたイネでは、カドミウムの導管を通じた輸送に違いは見られませんが、篩管を通じた輸送は低下し、その結果として、玄米のカドミウム濃度がおよそ半分程度に低下していました。

OsLCT1遺伝子は、イネの穂が実る時期に葉や節で強く発現しており、とくに最上位節の分散維管束(注5)に強く発現していました。これらの結果から、OsLCT1は最上位節でのカドミウムの維管束間の移行に関与し、結果として種子(コメ)へのカドミウム輸送に機能していることが示されました。葉においては、葉に一度蓄積されたカドミウムが再び種子に運ばれる際にOsLCT1が関与していることも示されました。

OsLCT1は、有害な重金属類であるカドミウムの篩管輸送に関わる輸送体として初めての発見です。OsLCT1遺伝子の発現抑制は、玄米のカドミウム濃度は低下させるものの、イネの生長や収量には負の影響を及ぼさないこともわかったので、今後、本遺伝子に変異を持つ系統を育成することで低カドミウム米品種を確立・実用化できる可能性があり、有望な遺伝子であると考えられます。

本研究は農林水産省新農業展開ゲノムプロジェクトの支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名: 「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」
(12月12日号、オンライン版)
論文タイトル: Low-affinity cation transporter (OsLCT1) regulates cadmium transport into rice grains
著者: Shimpei Uraguchi, Takehiro Kamiya, Takuya Sakamoto, Koji Kasai, Yutaka Sato, Yoshiaki Nagamura, Akiko Yoshida, Junko Kyozuka, Satoru Ishikawa, and Toru Fujiwara
http://www.pnas.org/content/early/2011/12/09/1116531109.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室
教授 藤原 徹
Tel: 03-5841-5104
Fax: 03-5841-8032
E-mail: atorufu@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) 導管: 根が吸収した水分やミネラル成分などを地上部に輸送するための維管束組織。
(注2) 節: 維管束がジャンクションのように連絡しあっている、茎にある組織。栄養やミネラル成分の維管束間での「乗り換え」を担っている部位で、これら成分の植物体内での「行き先」をコントロールしていると考えられている。
(注3) 篩管: 光合成産物やアミノ酸、ミネラル成分などを新しい葉や種子に輸送するための維管束組織。
(注4) トランスポーター: 膜に存在するタンパク質で、物質の膜の内外への輸送を担う。トランスポーターによって輸送する物質(基質)が異なる。今回発見されたOsLCT1は、カドミウムやカルシウムなどの陽イオンを輸送する活性をもつ。
(注5) 分散維管束: 篩管を構成する細胞が高密度で存在する維管束。最上位節の分散維管束は、他の維管束から受け取った物質を穂へ輸送する役割を担っている。