東京大学と石川県立大学は、独立行政法人農業生物資源研究所、独立行政法人農業環境技術研究所との共同研究によりイネのカドミウム集積を決める鍵となる遺伝子を発見しました。この遺伝子の発現を減少させることで、従来のカドミウム高吸収品種イネの約4倍のカドミウムを集積するイネの開発に成功しました。カドミウム汚染土壌を浄化するために必要な期間を大幅に短縮することが可能です。
イタイイタイ病の原因として知られるカドミウムは人体への毒性が高い有害物質です。農地が汚染されると作物が土壌中のカドミウムを吸収して蓄積します。このような作物由来の食品を摂取することによってカドミウムは人体に取り込まれます。食品からのカドミウム摂取量を減らすためには作物のカドミウム量低減が求められています。
私達は、作物のカドミウム量低減のために2つのアプローチから研究を進めてきました。ひとつはカドミウム汚染土壌で栽培してもカドミウムを吸収しない「低カドミウム作物」の開発です。もうひとつは今回発表する、植物の力でカドミウム汚染土壌を浄化するための「カドミウム高吸収イネ」の開発です。土壌中のカドミウム濃度が下がればイネや野菜など農作物のカドミウム含量が低下し食の安全に貢献します。
ここで用いられた研究手法と成果は、東日本大震災に伴う東電福島第一原発事故による放射性物質の土壌汚染と食品汚染の問題解決に向けても重要な示唆を与えるものです。
植物は土壌中から鉄、亜鉛、マンガンなど、自らの生育に欠かせない栄養素をトランスポーター(注2)によって吸収し、必要とされる部位に送り込んでいます。カドミウムに汚染された農地では、土壌中のカドミウムを作物が吸収して蓄積します。カドミウムは植物の生育には必要のないものですが、鉄やマンガン、亜鉛など性質がよく似た栄養素のトランスポーターによって吸収されてしまうと考えられます。
カドミウムを蓄積した作物由来の食品を摂取することによってカドミウムは人体に取り込まれます。特に日本人の場合、喫煙などを除けばカドミウム摂取量の約半分がコメに由来します。カドミウムを含む食品を長期間摂取することによる健康被害リスクを軽減するため、食品中のカドミウム濃度の国際基準値がコーデックス委員会 (FAO/WHO合同食品規格委員会) において決定されました。それを受けて、2011年2月に我が国の食品衛生法が改正され、コメの規制値はそれまでの1mg kg-1未満からさらに厳しい0.4mg kg-1以下に引き下げられました。数年後には畑作物についても規制値が設定されると考えられます。
食品中のカドミウム含量を低減するためには、汚染土壌で栽培してもカドミウム集積量が少ない作物を開発すること、あるいは土壌のカドミウム濃度を下げることが重要です。私達は作物のカドミウム低減に向けてこの2つのアプローチから研究を進め、成果を得てきました。今回は、土壌からのカドミウム除去を目的にしたファイトレメディエーション用イネの開発について発表します。
カドミウム汚染土壌の修復には、客土(土壌を入れ替える)、化学的洗浄法などがあり、高濃度に汚染された小面積の農地に対しては大変効果的ですが、低い濃度のカドミウムで汚染された広大な面積の農地への適用は難しいのが現状です。そこで、安価で広範囲に適用できる方法として登場したのが、植物にカドミウムを吸収させ地上部に蓄積したカドミウムを回収するファイトレメディエーションです。
独立行政法人農業環境技術研究所では、カドミウム高吸収品種のイネを用いたファイトレメディエーションが検討されています。既存のカドミウム高吸収品種を用いた圃場試験では、高吸収品種イネを3回栽培した後の水田で栽培した食用イネの玄米中のカドミウム濃度は、対照区に比べ約半分になっており、ファイトレメディエーションの有効性が実証されています。イネは水田、畑作の双方で栽培可能であり、比較的低濃度のカドミウム汚染土壌からカドミウムを除去する作物として適しています。また、イネは農家にとっては播種・施肥・栽培・収穫などの一貫した農業技術体系が既に確立している点が有利です。ファイトレメディエーションをさらに効率的に行うためには、既存のイネのカドミウム吸収・蓄積能をさらに上回り、短期間で農用地からのカドミウム除去を行うことのできるカドミウム高吸収イネが求められてきました。
私達はイネにおけるカドミウムの吸収、地上部への輸送、蓄積、過剰耐性に関わる多数の遺伝子を明らかにしてきました。そのなかで、OsNRAMP5というイネの鉄とマンガンのトランスポーターがカドミウムの吸収と集積を決める最も重要なタンパク質であり、この遺伝子の発現を減少させることでイネ地上部のカドミウム量が増加することを発見しました。現在、最も高いカドミウム集積能を示すイネ品種「アンジャナダーン」を用いて、この遺伝子の発現を減少させたところ、地上部のカドミウム濃度がさらに高まり、約4倍となりました。土壌からのカドミウム収奪量を高めるためにバイオマス(生体重)の大きい飼料用イネの「たちすがた」を用いても同様の効果が見られました。
カドミウム集積能の高いイネの開発は、ファイトレメディエーションに要する期間を大幅に短縮し、作物のカドミウム含有量の低減が達成できます。今回の研究成果は食の安全と私達の健康に多大な貢献を果たすと考えています。
なお、ここで用いられた研究手法と成果は、東日本大震災に伴う東電福島第一原発事故による放射性降下物の土壌汚染と食品汚染の問題解決に向けても重要な示唆を与えるものです。放射性セシウムもカドミウムと同様に植物の生育には必要のないものですが、必須栄養素のトランスポーターによって吸収されると考えられますので同じアプローチでの研究が可能です。
本研究は、農林水産省新農業展開ゲノムプロジェクト、生物系特定産業技術研究支援センターイノベーション創出基礎的研究推進事業の支援を受けて行ったものです。
東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 新機能植物開発学研究室
特任教授 西澤 直子
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