発表者
浅野友子 (東京大学大学院農学生命科学研究科 附属演習林 講師)
内田太郎 (国土技術政策総合研究所 危機管理技術研究センター 主任研究官)

発表概要

山地の川の上流から下流複数の地点で、いつ降った雨が流れ出てきているのかを調べると、場所により 数ヶ月から数年違っていることがわかっ てきたが、どうして違うのかは実証されていなかった。本研究では、雨水が地中のより深くまでしみこんで から流れ出てくる川では、より昔に 降った雨水が多く流れていることを明らかにした。

発表内容

背景と目的

数日間雨が降らなくても山地の川に水がとぎれることはない。このとき川には、雨がいったん表土や岩盤中にしみこみ、地中に貯まっていたものが流れ出てきている。山に降った雨が川に出てくるまでにかかる時間は、山地斜面にたまる水の量や、雨水とともに地中に入り移動する汚染物質が川へ流れてくるタイミングについて知るための重要な指標である。降った雨が川に出てくるまでにかかる平均時間は地域によって数ヶ月~数十年程度であることが知られている。一方で合流しながらしだいに大きな流れとなる川の上流から下流の複数の地点でいつ降った雨が出てきているのかを調べたところ、最大数年の差があることがわかってきた。この差は地形によって説明できると考え、斜面の長さや傾斜など地形量との比較がなされてきたが統一的な見解は得られなかった。一方で、気候や地質、土地利用などがほぼ同じであるひとつの山地の中では、理論的には雨水が地中のより深くまでしみこんでから川に出てくる場所で、出てくるまでの時間がより長くなると考えられるが実証されていない。そこで本研究ではこれを実証することを目的とした。

方法

雨水がでてくるまでにかかる時間や、地中にしみこむ深さは直接測定できない。ここでは2種類の追跡子、水の安定同位体比と溶存SiO2濃度を使って地中の水の動きを追跡した。水の安定同位体比は、たとえていえば降ってくる雨ごとに、3日前の雨、今日の雨、というように番号をふっておき、川に出てくるまでにかかる時間を調べるというように使う。溶存SiO2濃度は、たとえると地中の深さごとに異なる色の染料をおいておき、川に出てくる水の色から水が地中のどの深さを通って出てきたのかを推定する、といったふうに使う。調査は滋賀県田上山地で行った。森林におおわれた4.27km2の流域内の川の8か所で雨の降っていない日を選んで14-15回川水を採取し、水安定同位体比やSiO2濃度を調べた。

結果と結論

調査の結果、一つの山地内でみられる雨水が出てくるまでにかかる時間の違いは、地表の地形の違いよりも、雨水が地中にしみこむ深さの違いによって生じていることがわかった。水利用の観点からは、雨水が地中にしみこむ深さや、川に出てくるまでにかかる時間は、斜面にたまる水の量や、地中にしみこんだ汚染物質の移動と流出に関わる重要な特性であるが、この特性は同じ山地のとなりの川でも違っている実態を明らかにした。本研究の結果はまた、雨が降っていない日にもとぎれることのない山地の川の水量や水質には、雨水が地中のどれぐらい深くまでしみこみ、どれぐらい時間をかけてゆっくりと出てくるかが重要であることを示している。

発表雑誌

雑誌名
「Water Resources Reserach」(オンライン版3月9日号) VOL. 48, W03512, 8 PP., 2012
doi:10.1029/2011WR010906
論文タイトル
Flow path depth is the main controller of mean base flow transit times in a mountainous catchment
著者
Yuko Asano and Taro Uchida

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 附属演習林 教育研究センター
講師 浅野友子
Tel: 03-5841-5493
Fax: 03-5841-5494
E-mail: yasano@uf.a.u-tokyo.ac.jp