発表者
栗田朋和 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 農学特定研究員;当時)
野田陽一 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 助教)
依田幸司 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 教授)

発表概要

東京大学の栗田朋和氏、依田幸司教授らの研究グループは、出芽酵母の細胞壁の維持に不可欠なβ-1,6-グルカンの合成に関わる複数のタンパク質の機能を、世界で初めて明らかにしました。

真菌は発酵や醸造など、私たちの生活に多く利用されていますが、種によっては、ヒトの体内に入って真菌症を引き起こすことがあり、その治療法の開発が急がれています。真菌症治療における薬剤の標的として注目されているのが、真菌の細胞壁です。人を含む動物細胞には細胞壁は存在しませんが、真菌を含む菌類や植物にとっては生存に必須の器官であり、細胞壁についての理解は、真菌類の利用と制御に有効であると考えられます。

これまで、出芽酵母の細胞壁の維持にβ-1,6-グルカンという多糖が不可欠であることがわかっていましたが、その合成機構はこれまでほとんど解明されていませんでした。本成果により、今後の真菌における細胞壁の維持機構の全容解明への展開が期待されます。

発表内容

図1. 小胞体局在β-1,6-グルカン合成関連タンパク質の変異株におけるKre6の局在
 出芽酵母の各細胞を抗Kre6抗体を用いた間接蛍光抗体法により観察した。Kre6タンパク質(緑色)は野生株(WT)では小さい芽や芽が出る直前と思われる領域に局在する。しかしシャペロン様タンパク質であるKeg1, Cne1の変異株(keg1-1, cne1Δ)では、そのようなKre6の局在が見られなくなっている。 (拡大画像↗

いわゆるカビ・酵母・キノコを含む真菌の細胞壁は細胞の物理的な強度を保つ以外にも細胞内外のコミュニケーションを行うタンパク質の足場となるなど細胞の生存に必須の器官です。真菌は発酵や醸造など人に役に立つ菌が多く利用されていますが、一部の病原性真菌が内臓に侵入して引き起こす真菌感染症は、細菌とは異なり細胞のつくりがヒトに近いため大きな問題です。細胞壁は人には存在しない器官である為、真菌症治療の薬剤の有力な標的になるなど、真菌類の利用と制御に重要です。

β-1,6-グルカン(注1)は出芽酵母の細胞壁構造の維持と生存に必須の多糖です。これまでに破壊することでβ-1,6-グルカンが減少する遺伝子は多く見つかっていましたが、β-1,3-グルカンやキチンの合成酵素と相同性があるものは発見されず、それらの遺伝子産物はβ-1,6-グルカンが検出されない細胞の内部の小器官に多く見つかりました。この事実から、β-1,6-グルカンの合成がこれまでに解析された他の細胞壁多糖とは異なる合成機構が予想されましたが、β-1,6-グルカンが合成される具体的な分子機構や場所については、これまでほとんど解明されていませんでした。東京大学大学院農学生命科学研究科分子生命工学研究室の栗田研究員・依田教授らの研究グループは、昨年、β-1,6-グルカン合成に必須なKre6というタンパク質が親細胞から芽として大きくなる極性生長部位に局在し機能する事を報告しました。一方でこのKre6タンパク質は、タンパク質の折りたたみや修飾を行う小胞体(注2)にもたくさん局在する事がわかっていました。他方、分子機構は不明ながら、破壊するとβ-1,6-グルカンが減少する小胞体タンパク質が複数報告されていました。そこで、研究グループは小胞体に局在しβ-1,6-グルカン量に影響するタンパク質が、Kre6の折りたたみや修飾に関わり間接的に影響するのではないかと考え検討しました。

その結果、Keg1とCne1という小胞体タンパク質の変異株でKre6の極性性生長部位への局在が失われていることがわかりました(図1)。Keg1は生存に必須の小胞体膜タンパク質で、以前に依田研究室において、そのβ-1,6-グルカン合成への関わりとKre6との結合について報告していました。Cne1はCalnexinという真核生物に広く保存された、タンパク質の折りたたみを行うタンパク質とアミノ酸配列が類似していますが、これまで細胞内での役割はほとんどわかっていませんでした。さらにKeg1はKre6の細胞内での安定性にも必要であること、Cne1もKre6と結合し、その結合にはCalnexinと同様に標的タンパク質のN糖鎖の構造が影響する可能性も示すことができました。

本研究は、これまで全くわからなかった、小胞体に局在し細胞壁のβ-1,6-グルカン合成に関わるタンパク質の機能を初めて明らかにしました。この発見はβ-1,6-グルカンの合成過程において、どのタンパク質が直接合成反応を行うのかということを解明する上でとても重要です。今後の研究の進展により、β-1,6-グルカンの合成酵素(群)が解明されれば、その中心となるタンパク質を標的とした薬剤の開発や細胞壁を改変した菌類の発酵醸造への利用が考えられます。β-1,6-グルカンは病原性真菌も含めた多くの真菌類に共通して存在することから、出芽酵母でのβ-1,6-グルカン合成機構の解析は多くの他の菌類にも応用展開も考えられます。このため、今後の出芽酵母におけるβ-1,6-グルカン合成系の全容解明が強く期待されています。

発表雑誌

表題
Action of Multiple Endoplasmic Reticulum Chaperon-like Proteins Is Required for Proper Folding and Polarized Localization of Kre6 Protein Essential in Yeast Cell Wall β-1,6-Glucan Synthesiss
著者名
Tomokazu Kurita, Yoichi Noda and Koji Yoda
公表雑誌
Journal of Biological Chemistry, 287巻 (21号), 17415ページ~17424ページ
(2012年3月23日電子版掲載、2012年5月18日刊行。)
DOI番号
10.1074
アブストラクト
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22447934

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
応用生命工学専攻 分子生命工学研究室
教授 依田 幸司
Tel: 03-5841-8138
Fax: 03-5841-8008
E-mail: asdfg@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 β-1,6-グルカン
グルコースがβ-1,6結合により約350残基結合した多糖。細胞壁に最も多く存在するβ-1,3-グルカンに細胞壁の他の構成成分であるキチンや細胞壁タンパク質を結合する働きがあるため、細胞壁構造の維持に不可欠です。酵母細胞の生存に必須。
注2 小胞体
出芽酵母では核膜と細胞質膜のすぐそばに見られる、一つながりの大きな細胞内小器官。リボソームよって翻訳されたタンパク質が折りたたみや修飾を受けて機能を発揮できる構造に成熟する場所です。β-1,6-グルカン合成に関わるとされるタンパク質は小胞体に多く見つかっていました。