発表者
石丸 喜朗 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻・特任助教)
阿部 美樹 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻・修士課程学生(当時))
朝倉 富子 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻・特任教授)
今井 啓雄 (京都大学霊長類研究所分子生理部門・准教授)
阿部 啓子 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻・特任教授)

発表のポイント

◆どのような成果を出したのか
ヒト近縁種であるアカゲザルにおいて、味覚受容体等がどのように発現しているかを詳細に解析し、これまでよく研究されてきたげっ歯類と比べて、味を感じる仕組みに共通点と相違点があることが分かりました。
◆新規性(何が新しいのか)
霊長類が味を感じる仕組みの一端が明らかにされました。
◆社会的意義/将来の展望
ヒトの味覚機構の解明に繋がることが期待されます。

発表概要

「ヒトがどのようにして味を感じているか」を明らかにするためのモデル生物として、これまでげっ歯類(マウスやラット)が広く用いられてきました。東京大学大学院農学生命科学研究科の特任助教 石丸喜朗らの研究グループは、よりヒトと近縁の旧世界ザルに属するアカゲザルに関して、味覚受容体と下流シグナル伝達因子の発現様式をin situ hybridization法(注1)を用いて詳しく調べました。

その結果、甘味、苦味、酸味、うま味の各味覚受容体が、味蕾中のそれぞれ異なる細胞で互いに排他的に発現することなど、げっ歯類と同様の知見も得られました。一方、味覚受容体が、舌の前半部と後方中央部にそれぞれ存在する茸状乳頭と有郭乳頭の両方で発現するなど、げっ歯類とは異なる発現様式も示すことを発見しました。ヒトの味覚機構を解明するために、アカゲザルといったヒト近縁種を用いることの意義が示されました。

発表内容

図1:アカゲザル舌の模式図
 舌には、味蕾の多く集まる「乳頭」が、舌の前半部に散在する「茸状乳頭」、舌後方側部の「葉状乳頭」、舌後方中央部にアカゲザルでは4個程度の「有郭乳頭」の3種類ある。

図2:アカゲザル味覚関連遺伝子群の発現様式 (拡大画像↗
 アカゲザル(上)とマウス(下)の味覚受容体と下流シグナル伝達因子の発現相関関係を表す。
TAS1R1(うま味受容体)、TAS1R2(甘味受容体)、TAS1R3(甘・うま味受容体)、TAS2R(苦味受容体)、PKD1L3(酸味受容体)、GNAT3とGNA14(Gタンパク質αサブユニット)(PLoS One 7, e45426, 2012より一部改変転載)

口の中に入った食物は、主に舌の上にある味蕾と呼ばれる組織で感知されます。味蕾が存在する「乳頭」という部位には、舌の前半部に散在する「茸状乳頭」、舌後方側部の「葉状乳頭」、舌後方中央部の「有郭乳頭」の3種類があり、アカゲザルでは有郭乳頭は4個程度存在します(図1)。味蕾を介して感知される味覚は、甘味、苦味、酸味、塩味、うま味の5基本味に分類されます。これまで主にげっ歯類を用いた研究から、それぞれの基本味の味覚受容体タンパク質が発見されています。

まず、甘味、苦味、酸味、うま味受容体を発現する細胞を比べたところ、味蕾中のそれぞれ異なる細胞で互いに排他的に発現していました。つまり、末梢の味蕾において、げっ歯類と同様にアカゲザルでも、基本味ごとに感知する味細胞が分かれていることが示されました。げっ歯類では、甘味受容体と苦味受容体は、主に有郭乳頭と葉状乳頭で発現するのに対して、うま味受容体は主に茸状乳頭で発現していることが報告されています(図2)。アカゲザルでは、甘味、苦味、酸味、うま味受容体はいずれも、茸状乳頭と有郭乳頭の両方で発現していました。このことから、アカゲザルは、それぞれの基本味を舌の様々な部位で感じていることが示唆されました。

次に、苦味受容体TAS2R(注2)の味細胞での発現について比べました。哺乳類は約30種類の苦味受容体TAS2Rによって、様々な苦味物質を受容します。ヒトTAS2Rは味細胞ごとに多様な発現様式を示すのに対して、げっ歯類では多数のTAS2Rが同じ味細胞に発現すると報告されています。今回、アカゲザルでは、ヒトの場合と同様に、TAS2Rの種類ごとに発現細胞の頻度やシグナル強度は様々であることが分かりました。TAS2Rが味細胞ごとに多様な発現様式を示したことから、アカゲザルは異なる苦味物質を識別できる可能性が考えられました。

研究グループはさらに、細胞内で味覚受容体と共役して作動するGタンパク質(注3)の発現について調べました。 Gタンパク質のうち、2種類のαサブユニット[GNAT3 (gustducin)とGNA14]は、アカゲザルにおいてもげっ歯類とほぼ同様の発現様式を示しました。しかし、有郭乳頭においてGNA14を発現する細胞の割合がげっ歯類と比べて顕著に小さく、しかも甘味受容体を発現しない点で異なっていました。つまり、味情報を伝える味細胞内の経路が、アカゲザルとげっ歯類で一部異なる可能性が示唆されました。

以上より、霊長類とげっ歯類は共に哺乳類に属していますが、味を感じる仕組みに関しては、共通点と相違点があることが分かりました。今後、ヒトの味覚機構の解明に繋がることが期待されます。本研究は、京都大学霊長類研究所の共同利用・共同研究として実施されました。

発表雑誌

雑誌名
「PLoS One」, 7, e45426 (2012年9月21日掲載)
論文タイトル
Expression analysis of taste signal transduction molecules in the fungiform and circumvallate papillae of the rhesus macaque, Macaca mulatta.
著者
Ishimaru, Y., Abe, M., Asakura, T., Imai, H., and Abe, K.
DOI番号
10.1371/journal.pone.0045426
アブストラクト
http://www.plosone.org/article/info%3Adoi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0045426/

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 味覚サイエンス研究室
特任助教 石丸 喜朗
Tel: 03-5841-1878
Fax: 03-5841-1879
E-mail: ayishi@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

特任教授 阿部 啓子
Tel: 03-5841-5129
Fax: 03-5841-8006
E-mail: aka7308@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) in situ hybridization法
目的の組織切片を用いて、ある遺伝子のmRNAが発現しているかを調べる方法。
(注2) 苦味受容体TAS2R
味蕾の細胞に発現しており、体にとって有害な物質を検出し、食べることを防ぐために働く受容体。
(注3) Gタンパク質
GTP結合タンパク質の略称であり、グアノシン5’-三リン酸(GTP)をグアノシン5’-二リン酸(GDP)に加水分解する酵素(GTPase)活性を持つ。味物質が味覚受容体に結合すると、αサブユニットに結合しているGDPがGTPに交換され、GTP結合型αサブユニットとβγサブユニットに分かれる。これらのサブユニットは、標的となる酵素(PLC-β2)を活性化し、シグナルを下流へと伝達する。その後、αサブユニットに結合したGTPは、GTPase活性によって分解されてGDPとなり、再びβγサブユニットと結合し、不活性型の三量体を形成する。