発表者
齋藤継之 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻・助教)
蔵前亮太 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻・修士課程)
Jakob Wohlert (スウェーデン王立工科大学・博士研究員)
Lars A. Berglund (スウェーデン王立工科大学・教授)
磯貝 明 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻・教授)

発表概要

地球上で最も豊富なバイオマスであるセルロースは、樹木等の細胞壁において約3ナノメートルと超極細幅で、高結晶性のセルロースミクロフィブリルを形成している。このミクロフィブリルをキャビテーション法と統計的手法で解析した結果、2~6GPaの引張破断強度を持つことが明らかになった。この値は、多層カーボンナノチューブやアラミド繊維等の超高強度繊維と同程度であり、鋼鉄の約10倍にも相当する。

発表内容

図1 超音波キャビテーションによるミクロフィブリルの引張破断メカニズム

図2 セルロースミクロフィブリルの透過電子顕微鏡画像。樹木セルロースミクロフィブリルの超音波処理時間による長さ変化(a:5分、b:80分、c:200分)、およびホヤセルロースミクロフィブリルの超音波処理時間による長さ変化(d:5分、e:80分)。 (拡大画像↗

セルロースは植物体を支持する主成分として細胞壁に蓄積しており、セルロース30~40分子が束となった約3ナノメートルの超極細幅で、高結晶性のミクロフィブリルを形成し植物体の生命を維持している。このセルロースミクロフィブリルは、高アスペクト比(長さ/幅の値)、高弾性率、低熱膨張率、高比表面積等の特異的な性質を有するため、近年材料科学分野で世界的に注目されている。

しかし、セルロースミクロフィブリル1本単位の引張破断強度はこれまで測定されていない。その理由は、植物細胞壁内においてミクロフィブリルどうしが無数の水素結合によって結束しているため、ミクロフィブリル1本1本を分離して取り出すことができなかったからである。一方、当研究室では、TEMPO触媒酸化(注1)を用いて、セルロースミクロフィブリルを1本1本に完全に分離し、水中でナノ分散させる手法を確立した(Isogai, A.; Saito, T.; Fukuzumi H. Nanoscale 2011, 3, 71)。

そこで本研究では、TEMPO触媒酸化を経て完全ナノ分散した、幅約3ナノメートルの樹木セルロースミクロフィブリル、および幅約10ナノメートルのホヤセルロースミクロフィブリル単繊維の引張破断強度を検討した。測定には超音波キャビテーション法と、材料破壊の統計分析であるワイブル分布(注2)を用いた。超音波キャビテーションとは、液中で超音波の疎密波が伝播する際に生じる気泡とその消滅に関する現象のことである。液中に分散したセルロースミクロフィブリルを超音波キャビテーションで処理すると、気泡が消滅する際に、気泡の中心に向かってミクロフィブリルの長さ方向に引張応力がかかる(図1)。セルロースミクロフィブリルの幅と、超音波処理の時間変化で得られる最少長さ分布を透過型電子顕微鏡等で解析し(図2)、原理となる数式に基づいてセルロースミクロフィブリルの引張破断強度を算出した。その結果、2~6GPaという極めて高い強度を有することが判明した。

本研究の結果から、セルロースミクロフィブリルの引張破断強度は、自然界のあらゆるバイオ系素材の強度を上回ることが明らかになった。また、2~6GPaという強度は、多層カーボンナノチューブ(注3)あるいはアラミド繊維等の超高強度繊維と同等の値であり、鋼鉄の約10倍にも達する。現在、TEMPO酸化セルロースミクロフィブリルは酸素バリア透明フィルムや衝撃吸収材、プラスチックのナノ補強材、金属ナノ粒子触媒の担体等として幅広く応用が検討されている。今回の強度の解明により、再生産可能で豊富な生物資源の更なる利用促進と用途拡大が期待される。

発表雑誌

Biomacromolecules(アメリカ化学会), 2012年12月7日電子版掲載

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻
教授 磯貝 明
Tel: 03-5841-5538
Fax: 03-5841-5269
E-mail: aisogai<at>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 TEMPO触媒酸化
TEMPOとは、2,2,6,6-テトラメチルピペリジニル-1-オキシルの略で、水溶性の安定なニトロキシルラジカルである。TEMPOを次亜塩素酸ナトリウム等の酸化剤と併用すると、セルロースの高結晶性ミクロフィブリル構造を維持したまま、その表面に露出した1級水酸基のみが選択的に全て酸化されてカルボキシル基となる。このTEMPO酸化セルロースを水中で解繊処理することで、セルロースミクロフィブリルが完全ナノ分散したTEMPO酸化セルロースナノフィブリルが得られる。
注2 ワイブル分布
固体の体積と強度の関係を定量的に記述するための確率分布であり、1932年にW.ワイブルによって提案された。固体を鎖に見立てた場合、鎖を引っ張る場合に最も弱い輪が破壊することにより鎖全体が破壊したとするモデル(最弱リンクモデル)である。
注3 多層カーボンナノチューブ
多層カーボンナノチューブの強度は、その純度と結晶性に依存する。市販の多層カーボンナノチューブは、大量生産可能な化学気相成長法により合成されたものであり、その強度は数GPaである。