発表者
吉田明希子 (日本学術振興会特別研究員PD)
笹尾真史 (東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻 修士課程:当時)
安野奈緒子 (東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻 特任研究員)
大門靖史 (東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻 特任研究員)
Ruihong Chen (東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻 特別研究学生)
山崎諒 (東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻 特任研究員)
徳永浩樹 (東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻 特任研究員)
北口善教 (東京大学農学部 応用生物学専修:当時)
経塚淳子 (東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻 准教授)

発表のポイント

◆どのような成果を出したのか
イネ穂にできる粒(コメ)の数を決める遺伝子を見つけ、TAWAWA1 (TAW1)と命名した。TAW1の働きが強いほど1穂の粒数が増す。
◆新規性
イネ穂の発生過程の制御が、穂につくコメの数の決定に直結することを示した。また、その制御に関わる重要な遺伝子を見つけた。
◆社会的意義/将来の展望
TAW1遺伝子が働くのはイネだけではないことから、この遺伝子の働きをほどよく調整すれば、イネに限らず、種子や果実を収穫する作物の収量を増加させることができる。

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の経塚淳子准教授らの研究グループは、岡山大学資源植物科学研究所の前川雅彦教授らのグループなどとの共同研究により、作物の収量増につながる新規遺伝子TAWAWA1 (TAW1)をイネから発見した。TAW1は、穂の発生過程が進行するタイミングを微調整する遺伝子である。TAW1の働きが高まると穂につく花(コメになる)の数が増加し、働きが低下するとコメ数が減少する。一般に、生物の発生は高度な調節を受けており、TAW1作用の過度の増強は穂の正常な生育を阻害するが、本研究で発見したイネの変異体では、TAW1遺伝子の働きの絶妙な高まりにより穂の成長が悪影響を受けることなく穂の粒数が増加した。この変異体とコシヒカリとを交配した結果、コシヒカリの食味を損なうことなく収量を増加させることができた。TAW1遺伝子の解析からは、TAW1が作るタンパク質が細胞の核で機能していることが明らかになった。本研究は、発生過程の制御が収量の増加にそのまま結びつく遺伝子を発見したものであり、実用化に直結する点で意義深い。しかもTAW1遺伝子はイネ以外の作物にも存在しており、今後、種子や果実を収穫する作物の収量増に広く利用できることが期待される。

発表内容

イネの穂の発生では、まず、枝梗(しこう)とよばれる枝分かれがつくられ、その後にすべての枝に花がつき、それぞれの花が1粒のコメになる。したがって、枝分かれが多く形成されるとひとつの穂につくコメの数も増加する。生物の発生過程の進行は、多数の遺伝子の協調的な作用により厳密に制御されている。イネ穂の発生における、枝つくりから花つくりへのプログラム進行も遺伝子によって精巧に制御されていると考えられるが、その制御の実態はわかっていない。また、前述のように、このプログラム進行のタイミングはイネ穂につくられるコメの数に直接的に影響するはずである。これまで、花の発生は基礎研究的な観点から多くの研究が行われてきた。また、近年、作物の収量に関する遺伝子レベルでの研究が発展し、収量を左右する遺伝子の単離も報告されている。しかしながら、花の発生メカニズムの解明という基礎研究と収量を直接つなぐ遺伝子レベルでの知見はほとんどない。

本研究では、枝分かれつくりから花つくりへと発生プログラムが転換するタイミングを決定するしくみを解明するために、まず、岡山大学資源植物科学研究所の前川雅彦教授のグループの協力を得てイネの変異体の探索を行った。その結果、優性に遺伝する2つの突然変異体を発見した。これらの変異体で変異を起こしている遺伝子は同一であり、どちらも優性に遺伝した。これら2つの変異体では、枝つくりが過剰になっていた。弱い異常を示す変異体(taw1-D2 )ではコメの数が増加し、異常が強い変異体(taw1-D1 )では枝つくりが無限に繰り返された。この突然変異の原因となっている遺伝子をTAWAWA1 (TAW1) と命名した。

これらの変異体はイネにもともと存在するトランスポゾン(注1)により引き起こされている可能性が予測されたので、トランスポゾンの転移を指標にTAW1遺伝子を単離した。その結果、TAW1遺伝子からは機能未知のタンパク質がつくられることが明らかになった。イネゲノムには、TAW1類似遺伝子がTAW1以外にも9個存在する。また、TAW1遺伝子はイネ以外の植物にも広く存在する。

2つの突然変異体(taw1-D1taw1-D2 )ではTAW1遺伝子の制御領域にトランスポゾンが挿入されており、そのためにTAW1遺伝子の働きが高まっていた。さらに、九州大学農学研究院熊丸敏博准教授らのグループとの共同研究により見出したTAW1遺伝子のはたらきが低下した変異体(taw-3 )では、枝分かれが少なく、したがってコメ数が少ない小さな穂がつくられた。これらの結果から、穂の枝分かれの程度が、TAW1のはたらき程度に依存して決定されることがわかった。さらに、TAW1遺伝子がいつどこではたらくか(mRNAがつくられるか)を調べたところ、TAW1 mRNAはイネの成長初期から穂の発生過程の初期まで茎頂分裂組織(注2)でつくられ、枝つくりから花つくりに転換する時点でmRNAがつくられなくなった。TAW1はイネの花つくりへのプログラムの進行を抑える遺伝子であると結論した。

TAW1の働きがわずかに昂進したtaw1-D2変異体をコシヒカリと交配することにより、taw1-D2変異をもつコシヒカリを作った。taw1-D2コシヒカリでは1穂のコメ数が顕著に増加し収量が増加した。食味には影響がなかった。taw1-2変異体は人為的に作成したものではなく自然に起こった変異である。TAW1のmRNAが単純に増加しているだけではなく、その増加部位や程度のさじ加減が収量に対して絶妙であったと考えられる。

本研究は、発生過程の制御が収量の増加にそのまま結びつく遺伝子を発見したものであり、実用化に直結する点で意義深い。しかもTAW1遺伝子はイネ以外の作物にも存在しており、今後、種子や果実を収穫する作物の収量増に広く利用できることが期待される。

本研究は、農林水産省新農業展開プロジェクト「イネの質的形質遺伝子の単離と機能解析(IPG0001)」の支援を受けて行ったものである。

発表雑誌

雑誌名
「Proceeding of the National Academy of Science USA」(オンライン版の場合:12月24日米国東部時間午後3時)
論文タイトル
TAWAWA1, a regulator of rice inflorescence architecture, functions through the suppression of meristem phase transition
著者
Akiko Yoshida, Masafumi Sasao, Naoko Yasuno, Kyoko Takagi, Yasufumi Daimon, Ruihong Chen, Ryo Yamazaki, Hiroki Tokunaga, Yoshinori Kitaguchi, Yutaka Sato, Yoshiaki Nagamura, Tomokazu Usijima, Toshihiro Kumamaru, Shigeru Iida, Masahiko Maekawa, Junko Kyozuka
アブストラクト
http://www.pnas.org/content/early/2012/12/21/1216151110
DOI番号
10.1073/pnas.1216151110

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 栽培学研究室
准教授 経塚淳子
Tel: 03-5841-5465
Fax: 03-5841-5087
E-mail: akyozuka@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 トランスポゾン
染色体上を移動する塩基配列である。DNAが染色体から切り出され別の場所に挿入されるタイプと、DNAからつくられるmRNAがDNAに移し替えられ、このDNAが別の場所に挿入されるタイプがある。taw1-D1、D2変異体では、後者のタイプのトランスポゾンが挿入していた。
注2 茎頂分裂組織
茎の先端に位置し、中央に未分化な細胞を維持しつつ周辺から器官を分化させる。茎頂分裂組織には、つねに一定量の未分化細胞が存在し、これらの未分化細胞は新たな器官の分化に必要な細胞を供給する。したがって、器官分化と未分化細胞の増殖のバランスの保持が茎頂分裂組織の維持に必要である。茎頂分裂組織の性質は植物の成長につれて変化する。穂形成から花形成へのプログラムの進行は、すなわち、茎頂分裂組織の性質が変化するということである。