発表者
Robert-Jan Bleichrodt (ユトレヒト大学 大学院生)
丸山 潤一 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 助教)
北本 勝ひこ (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授)
Han. A. B. Wösten (ユトレヒト大学 教授)

発表概要

麹菌が生産する酵素は、日本酒・醤油・味噌、さらには甘酒や塩麹の品質や機能性に重要な役割をもっています。麹菌は糸状菌(カビ)であり、多くの細胞が連なった菌糸を伸ばして生長しています。隣り合う細胞どうしは隔壁にあいた小さな穴を通して、常に連絡をしていると考えられていました。本研究では顕微鏡で見ながらレーザー光で細胞を切断する実験法を利用することにより、麹菌が隔壁の穴をふさいで細胞間の連絡を止めることを初めて発見しました。そして、この穴をふさぐ機能によって、麹菌が酵素を生産するために働く細胞と休む細胞を区別していることを明らかにしました。

発表内容

図1 麹菌の菌糸の構造。 (拡大画像↗

図2 麹菌のコロニーに水をかけると菌糸が溶菌する。 (拡大画像↗

図3 麹菌の菌糸の透過型電子顕微鏡写真。矢印はWoronin bodyを示す。スケールバーは500ナノメートル。 (拡大画像↗

図4 麹菌が溶菌するとWoronin bodyが隔壁孔をふさいで、となりの細胞が巻き添えに遭うことを防ぐ。 (拡大画像↗

図5 Woronin bodyが隔壁孔をふさぐことにより、酵素生産活性が高い細胞と低い細胞を区別する。各細胞の黄色の濃さの違いで酵素生産活性の高さを表した。 (拡大画像↗

麹菌は、古くより日本酒・醤油・味噌などの日本の伝統的醸造産業で用いられてきました。日本酒造りではアミラーゼを生産し、蒸米のデンプンを分解、酵母のえさとなる糖を供給します。醤油や味噌造りではプロテアーゼを生産し、大豆のタンパク質をペプチドに分解、味や香りの形成に貢献します。最近注目されている甘酒や塩麹では、麹菌の作る酵素が健康や美容の機能性に重要な役割を果たしているといわれています。このように、麹菌は多種多様な酵素を生産することで、醸造において重要な役割を担っています。

麹菌は糸状菌(カビ)であり、細長い細胞が連なった菌糸を伸ばしながら生長します。細胞と細胞の間は隔壁で仕切られていますが、中心に小さい穴「隔壁孔」があいているので、隣り合う細胞どうしは常に連絡していると考えられていました(図1)。しかし実際に、隣り合う細胞が常に連絡をして同じ活性で働いているのか、それとも隔壁孔を閉じて働く細胞と休む細胞を区別しているのかは、これまでわかっていませんでした。

私たちは以前の研究で、固体培養(注1)の麹菌のコロニーに水をかけると先端細胞が溶菌することを発見しました(図2)。そして、「Woronin body(オロニン小体)」(図3、注2)という糸状菌に特異的に存在する細胞小器官が隔壁孔をふさいで、隣の細胞が溶菌の巻き添えに遭わないようにすることを明らかにしました(図4)。

今回私たちは、ユトレヒト大学のWösten教授らと共同研究を行いました。そこで、通常の生育条件でもWoronin bodyが一部の隔壁孔をふさぐことを発見しました。さらに、その隔壁孔の近くを顕微鏡で見ながらレーザー光で切断し、隣の細胞からの内容物の流出が早く止まるかどうかで、細胞間の連絡の状態を調べました。その結果、Woronin bodyが隔壁孔をふさぐと、隣り合う細胞どうしの連絡が止まることを明らかにしました(図5)。その生理的意味を調べるため、グルコアミラーゼなどの酵素遺伝子の発現量について、蛍光タンパク質をレポーターとして細胞ごとに解析しました。その結果、野生株では酵素の発現量が高い細胞と低い細胞が見られましたが、Woronin bodyを欠損した株では発現量が全体的に一様になることがわかりました(図5)。つまり、Woronin bodyが一部の隔壁孔をふさぎ、隣り合う細胞どうしの連絡を止めることにより、酵素生産で働く細胞と休む細胞を区別していることを明らかにしました。

本研究成果は、Woronin bodyが通常の生育条件でも隔壁孔をふさぐことを発見、そして酵素を生産するために働く細胞と休む細胞を区別するメカニズムを解明した、糸状菌で初めての報告です。今後、隔壁孔をふさぐWoronin bodyの働きを制御することによって麹菌の酵素生産をコントロールすることが可能になり、日本酒・醤油・味噌の品質を向上、また甘酒や塩麹の機能性を増強できるようになることが期待されます。

また本研究は、糸状菌研究において先駆的な研究成果であると評価され、Woronin body研究の第一人者Gregory Jedd博士(シンガポール国立大学)によるミニレビュー「Multiple modes for gatekeeping at fungal cell-to-cell channels(糸状菌の細胞と細胞とをつなぐチャネルの多様な状態)」が Molecular Microbiology 誌(本研究成果の発表誌)に掲載されました。

なお、本研究は文部科学省の科学研究費補助金の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「Molecular Microbiology」(2012年12月号)
論文タイトル
Hyphal heterogeneity in Aspergillus oryzae is the result of dynamic closure of septa by Woronin bodies
著者
Robert-Jan Bleichrodt, G. Jerre van Veluw, Brand Recter, Jun-ichi Maruyama, Katsuhiko Kitamoto, Han A. B. Wösten

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 微生物学研究室
助教 丸山潤一
Tel: 03-5841-5164
Fax: 03-5841-8033
E-mail: amarujun@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp (@は全角になっています)
HP: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/Lab_Microbiology/

用語解説

(注1) 固体培養
日本の醸造における麹菌の培養で行われている、蒸米などの固体上で培養をする方法。液体培養とくらべて麹菌の酵素生産性が高いことが知られている。
(注2) Woronin body
ロシアの菌学者Mikhail Stepanovich Woroninによって1864年に初めて報告された、糸状菌に特異的に存在する細胞小器官。発見者の名前にちなんで命名された。2000年にアカパンカビでWoronin bodyを構成するタンパク質が同定されてから、ようやく分子レベルの解析が可能になった。しかし現在も、その働きや形成機構について、まだ解明されていない部分が多い。