発表者
菊間 隆志 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 特任助教)
Jaewoo Yoon (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 特任助教;当時)
丸山 潤一 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 助教)
北本 勝ひこ (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授)

発表概要

麹菌はタンパク質を分泌生産する能力が非常に高く、様々な有用タンパク質を生産する宿主として利用されています。私たちは、麹菌においてオートファジー機能を抑制することにより異種タンパク質の生産性が向上することを初めて発見しました。

発表内容

図1 Aoatg遺伝子破壊株のウシキモシン生産量 (拡大画像↗
Aoatg遺伝子を破壊するとウシキモシン生産量が増加する。

図2 オートファジー抑制によるウシキモシン生産上昇のモデル図 (拡大画像↗
野生株ではオートファジーにより小胞体で凝集したウシキモシンが分解される。一方、オートファジー欠損株ではこの分解が起こらず、分泌経路に入るウシキモシンが増加すると考えられる。

麹菌は、大量のタンパク質を培地中に分泌生産する能力を有し、また我が国において1000年以上もの昔より発酵食品の醸造に用いられてきたことから、その安全性が確立しています。これらは異種タンパク質生産の宿主として麹菌が非常に優れている要因となっています。しかし、麹菌において高等生物由来の異種タンパク質を発現させると、期待通りの生産量が得られない場合が多く、これは、転写、翻訳、分泌経路などにおいて様々なボトルネックが存在するからであると考えられています。

私たちは以前、麹菌で変異型分泌タンパク質として正常なS-S結合(注1)が形成できないα‐アミラーゼを発現させると液胞に取り込まれることを見出し、これがオートファジー(自食作用)に依存することを明らかにしました。オートファジーは真核生物に高度に保存された細胞内分解機構であり、栄養飢餓時において細胞質成分を膜で囲い込み、液胞に輸送して分解しリサイクルする生存戦略として機能しています。またオートファジーは、発生や分化、免疫応答、細胞死などにも重要な役割を果たしており、さらに癌をはじめとする様々な疾患に関与していることが知られています。

私たちは、ヒトをはじめとする様々な生物において重要な細胞内分解経路であるオートファジーが、異種タンパク質生産のボトルネックのひとつになっているのではないかと考え、麹菌の異種タンパク質生産性についてオートファジー欠損株を用いて検討しました。

まず、オートファジー関連遺伝子(Aoatg遺伝子)破壊株を作製し、それぞれの遺伝子破壊株で異種タンパク質のモデルとしてウシキモシン(注2)を発現させました。その結果、親株と比較して生産量を2~3倍増加させることに成功しました(図1)。

しかし、麹菌のオートファジー欠損株は、通常の培地での増殖は野生株と差はないものの、分生子(注3)をほとんど形成しません。このため、これらの株を工業的な規模で異種タンパク質生産に用いる場合、植菌のために必要な分生子を十分に得ることが困難であるという問題が生じます。そこで私たちは、これらの遺伝子が、分生子形成時には発現し、ウシキモシン生産時は発現しないように制御できる株(Aoatg遺伝子発現制御株)を作製しました。その結果、十分量の分生子を得ることができ、またウシキモシン生産量が破壊株と同程度まで増加する実用的異種タンパク質生産株の育種に成功しました。

分泌タンパク質は、小胞体で適切な形に折りたたまれることにより機能的なタンパク質として分泌経路の次のステップであるゴルジ体へと輸送されます。しかし、異種タンパク質を多量に発現させるとその折りたたみが間に合わず、凝集体を形成するものが多くなり、そのようなものはオートファジーで分解されると考えられます。オートファジーを抑制した場合、凝集タンパク質が分解されないため、小胞体内で折りたたみが何度も行われ適切な形になることにより、多量に発現した異種タンパク質が分泌経路によって菌体外に分泌されると考えられます(図2)。

本研究は、糸状菌でオートファジーという基礎生物学的研究と、異種タンパク質生産という応用的研究をリンクさせた初めての研究です。これらの結果は、麹菌による有用タンパク質の効率的生産にとどまらず、オートファジーの新規機能の発見にもつながるものと期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「PLoS One」(Vol. 8 (4): e62512 (2013), 4月29日オンライン掲載)
論文タイトル
Enhanced production of bovine chymosin by autophagy deficiency in the filamentous fungus Aspergillus oryzae
著者
Jaewoo Yoon#, Takashi Kikuma#, Jun-ichi Maruyama, and Katsuhiko Kitamoto
# These authors contributed equally to this work.

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 微生物学研究室
教授 北本勝ひこ
Tel: 03-5841-5161
Fax: 03-5841-8033
E-mail: akitamo@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) S-S結合
タンパク質を構成するアミノ酸のひとつであるシステイン残基同士でできる硫黄原子(S)を介した結合。この結合ができないとタンパク質の正しい折りたたみが行われない。ジスルフィド結合とも呼ばれる。
(注2) ウシキモシン
チーズ製造に用いられるウシの第4胃に存在する凝乳酵素。レンニンとも呼ばれる。
(注3) 分生子
カビなどが無性生殖の方法として形成する胞子。