発表者
*吉永壮佐 (熊本大学大学院生命科学研究部構造生命イメージング分野助教)
*佐藤徹 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻特任研究員(当時))
平金真 (熊本大学大学院生命科学研究部構造生命イメージング分野博士課程)
江崎芳 (熊本大学大学院生命科学研究部構造生命イメージング分野研究員(当時))
濱口貴史 (熊本大学大学院生命科学研究部構造生命イメージング分野学部生)
𡌶紗智子 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻特任研究員(当時))
角田麻衣 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻博士課程)
木本裕子 (東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻博士課程(当時))
嶋田一夫 (東京大学大学院薬学系研究科機能薬学専攻生命物理化学教室教授)
東原和成 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻教授)
寺沢宏明 (熊本大学大学院生命科学研究部構造生命イメージング分野教授)
(*同等筆頭著者)

発表概要

ESP1(注1)は、オスマウスの涙に分泌され、メスの性行動を促進させる、分子量約7kDaのペプチド性のフェロモンです。本論文では、核磁気共鳴分光法(注2)を用いてESP1の立体構造を明らかにし、さらに、ESP1の受容体であるGタンパク質共役型受容体(注3)V2Rp5と相互作用する部位を明らかにしました。哺乳類のペプチド性フェロモンと受容体の構造的知見を提供するのは本研究が初めてです。

発表内容

図1 ペプチド性フェロモンESP1の立体構造と活性部位 (拡大画像↗
(左)ESP1のリボンモデル。三つのヘリックス(緑)とジスルフィド結合(黄色)から成る。(右)部位特異的変異導入実験によって同定した活性部位を示したESP1の電子雲モデル。重要な活性部位(E67, 紫)、活性に関わっているアミノ酸(オレンジ)、活性に関わらないアミノ酸(灰色)が色分けしてある。

図2 ペプチド性フェロモンESP1とその受容体であるV2Rp5の結合モデル (拡大画像↗
グルタミン酸受容体の立体構造を元に、ESP1の受容体であるV2Rp5のN末端側の細胞外領域をモデル構築し、ESP1の結合部位を予測した。ESP1(緑)はV2Rp5のグローブの形の隙間に結合すると予測される。電荷を色分けしてあるが(青:+、赤:−)、ESP1とV2Rp5の結合表面では電荷の相補的相互作用が見られた。

オスマウスの涙には、ESP1と名付けられた分子量約7kDaのペプチドが分泌されています。メスがオスと直接接触すると、オスの顔や手についたESP1が、メスマウスの鋤鼻器官(じょびきかん;注4)に取り込まれます。そして、ESP1によって鋤鼻神経が活性化すると、その情報は脳の扁桃体や視床下部に伝わって、メスは交尾受け入れ態勢であるロードシス(注5)という性行動をとります。ESP1があると、交尾の確率が3−4倍上昇することから、ESP1はマウスの繁殖に重要な性フェロモンと考えられています。

ESP1は、鋤鼻器官に発現する約300種類ほどの鋤鼻受容体のうち、V2Rp5という受容体一つによって感知されます。V2Rp5はN末端が長いグルタミン酸受容体と同じクラスCファミリーに属するGタンパク質共役型受容体であり、V2Rp5のノックアウトマウスではESP1によるロードシス行動が消失することから、ESP1とV2Rp5の相互作用は、ESP1が引き起こすロードシス行動に必要十分と考えられます。

本研究では、ESP1とV2Rp5の構造的知見を得るために、核磁気共鳴分光法(NMR)を用いて、ESP1の立体構造を明らかにし、さらに部位特異的変異解析によって、ESP1の配列のなかで、V2Rp5を活性化するのに重要なアミノ酸残基を同定しました。ESP1は、ひとつのジスルフィド結合と三つのヘリックスとからなる比較的コンパクトな構造をもち、マウス尿主要タンパク質MUPなどいままで知られていたフェロモン候補タンパク質の構造とは異なり、アメフラシや単細胞繊毛虫のフェロモンに似た構造をもつことがわかりました。さらに、表面が電荷に富んでおり、そのうち67番目のグルタミン酸に変異を導入すると、鋤鼻神経活性が顕著に減少したことから、E67がV2Rp5との相互作用に関わるアミノ酸であることが示唆されました。そこで、グルタミン酸受容体の立体構造をもとにV2Rp5のN末端領域のモデル構造を構築し、グローブの様な隙間にESP1を配置してドッキングシミュレーションしたところ、サイズと電荷の相互作用的に、結合部位として整合性のある結果が得られました。

本結果は、哺乳類におけるペプチド性フェロモンとその受容体の構造的知見としては初めてものであり、グルタミン酸受容体を含むクラスCのGタンパク質共役型受容体とペプチド性のリガンドとの相互作用に関して新たな情報を提供するものでもあります。また、ESP1の相同ペプチドがマウスゲノム上に38種類、ラットゲノム上に10種類存在します。このESPペプチドファミリーは、性行動や社会行動など様々な齧歯類の行動に関わっていることが推測されているので、本研究で明らかになったフェロモン‐受容体相互作用の構造的知見は、ネズミの行動を制御する物質のスクリーニングや開発のきっかけになると期待されます。

本研究は、熊本大学が構造解析、東京大学が機能解析を分担して共同でおこなわれたものであり、文科省ターゲットタンパク研究プログラム、文科省特定領域研究、JST ERATOの研究費サポートを受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Journal of Biological Chemistry (April 10, 2013 Epub ahead of print)
論文タイトル
Structure of the mouse sex peptide pheromone ESP1 reveals a molecular basis for specific binding to the Class-C G-protein-coupled vomeronasal receptor
著者
Yoshinaga, S.*, Sato, T.*, Hirakane, M., Esaki, K., Hamaguchi, T., Haga-Yamanaka, S., Tsunoda, M., Kimoto, H., Shimada, I., Touhara, K., and Terasawa, H. (* equal contribution)
DOI番号
10.1074/jbc.M112.436782
アブストラクト
http://www.jbc.org/cgi/doi/10.1074/jbc.M112.436782

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物化学研究室
教授 東原 和成
Tel: 03-5841-5109、 Fax: 03-5841-8024
E-mail: ktouhara@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

熊本大学大学院生命科学研究部 創薬化学講座 構造生命イメージング分野
教授 寺沢 宏明
Tel&Fax: 096-371-4310
E-mail: terasawa@gpo.kumamoto-u.ac.jp

用語解説

注1 ESP1
Exocrine gland-secreting peptide 1の略で、成熟したオスマウスの眼窩外涙腺で作られ、涙に分泌される分子量約7 kDaの外分泌ペプチドフェロモン。メスは、鼻の下部にある鋤鼻器官(注4)でESP1を感知すると、オスの交尾を受け入れるロードシス行動(注5)をとる。
注2 核磁気共鳴法(NMR)
核磁気共鳴を用いて分子の構造などの性質を調べる分析手法で、低分子から比較的小さいタンパク質まで、立体構造を明らかにすることができる。臨床で使われるMRI検査は、同様の原理を利用して身体の内部の情報を画像にする方法である。
注3 Gタンパク質共役型受容体
細胞膜を7回貫通する構造をもち、細胞外の神経伝達物質、ホルモン、匂い、味などを受容して、シグナルを細胞内に伝える受容体。その際、Gタンパク質という三量体のタンパク質を介してシグナルを伝達するのでこのように呼ばれる。創薬の3−4割程度のターゲットとなっており、2012年のノーベル化学賞の対象となった。
注4 鋤鼻器官
鼻腔の下方に位置する第二の嗅覚器であり、ヤコブソン器官とも呼ばれる。鼻腔と口蓋の両方に開口しており、フェロモンなど性行動や社会行動に関わる物質を取り込み感知する。両生類から哺乳類まで幅広い四肢動物で見られるが、ヒトを含む高等霊長類では機能していない。
注5 ロードシス
メスが背中をそらしてオスの交尾を受入れやすくする体勢をとる本能的な行動。ブタのメスでよく知られている性行動であり、トリュフ探しにブタが使われたのは、トリュフの香りにオスブタのフェロモンと同一物質が含まれ、メスブタがトリュフの匂いを嗅ぐと、ロードシスの体勢をとるため。