発表者
Ying Lin# (中国 西南大学 蚕学与系統生物学研究所 副教授)
Yan Meng# (中国 安徽農業大学 生命科学学院 教授、東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 日本学術振興会外国人特別研究員(当時))
Yan-Xia Wang# (中国 西南大学 蚕学与系統生物学研究所 大学院生)
Juan Luo (中国 西南大学 蚕学与系統生物学研究所 大学院生)
勝間 進 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)
Cong-Wen Yang (中国 西南大学 蚕学与系統生物学研究所 大学院生)
伴野 豊 (九州大学大学院農学研究院 遺伝子資源開発研究センター 准教授)
日下部宜宏 (九州大学大学院農学研究院 生物資源開発管理学部門 教授)
嶋田 透* (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)
Qing-You Xia* (中国 西南大学 蚕学与系統生物学研究所 教授)
(# Co-first authors、* Co-corresponding authors)

発表概要

カイコには数百の突然変異体があり、卵の形質に関する変異も豊富に存在する。「白妙卵」(scanty vitellin; vit)は、化学変異源(NMU)によって誘発された変異体であり、純白色でかつ孵化能力のない卵を産下する系統である。本研究では、遺伝学的な解析により、白妙卵の原因がビテロジェニン(注1)受容体(注2)遺伝子BmVgRであることを明らかにした。同遺伝子の変異により、ビテロジェニン受容体の一部に50アミノ酸の欠失を生じていることが判明した。その異常により、蛹期の卵母細胞が、血液から卵黄タンパク質の前駆体であるビテロジェニンと30Kタンパク質を取り込むことができなくなるものと推定された。これは、未知の点が多い昆虫の卵形成の分子機構を理解する上で、重要な知見である。

発表内容

図1.白妙卵系統における卵黄タンパク質蓄積の抑制 (拡大画像↗

図2.白妙卵系統におけるビテロジェニン受容体の構造の変異 (拡大画像↗

カイコ変異体「白妙卵」の産下する卵には、ビテリン(ビテロジェニンの成熟型)および30Kタンパク質(注3)が、ほとんど蓄積しない。本研究では、連鎖解析(注4)によって、白妙卵の原因が、ビテロジェニン受容体の候補タンパク質をコードするBmVgR遺伝子の変異であることを突き止めた。BmVgRは他の昆虫のビテロジェニン受容体と類似の構造を示し、脊椎動物のLDLR(低密度リポタンパク質受容体)と同じスーパーファミリーに属する。これらに共通に存在し、重要な役割を演じると考えられる上皮細胞成長因子ドメイン(EGFドメイン)が、白妙卵系統では大きく変異しており、そのために受容体としての機能が異常をきたしていると推定された。実際に、BmVgR 遺伝子をRNAiでノックダウンする実験、およびBmVgRタンパク質とビテロジェニンの共免疫沈降実験により、BmVgRが確かにビテロジェニンの取り込みに必須であることが示された。BmVgR遺伝子のmRNAは、蛹期前半の発達中の卵巣で特異的に発現しており、LDLRファミリーのなかでも、特にビテロジェニンおよび関連する血液タンパク質を卵母細胞へ取り込むために特化したタンパク質であると推定される。

カイコでは、卵巣を雄に移植し、ビテリンを含まない卵を作らせることが可能であり、この卵が孵化能力を持つことが判明している。白妙卵では、卵巣の濾胞細胞が合成する卵特異タンパク質(ESP)(注5)は正常に蓄積するが、ビテリンと30Kタンパク質の両者を欠いている。これは、血液由来の両タンパク質を同時に持つことが、胚子発生を完了し孵化させるのに必要であることを示している。

ショウジョウバエではビテロジェニンに相同なタンパク質が存在しないため、昆虫におけるビテロジェニンの輸送機構には不明の点が多かった。本研究は、白妙卵変異体の原因遺伝子の解明を通して、BmVgRが血液からの卵黄タンパク質の取り込みにおいて重要な役割を果たしていることを証明した。昆虫の卵形成と胚発生の分子機構解明に大きく貢献する成果である。

本研究は、東京大学と中国の西南大学、安徽農業大学、および日本の九州大学との共同研究である。また、科学研究費補助金およびアグリバイオインフォマティクス教育研究プログラムによる支援の成果である。

発表雑誌

雑誌名
The Journal of Biological Chemistry, Vol. 288, Issue 19, 13345-13355
論文タイトル
Vitellogenin receptor mutation leads to the oogenesis mutant phenotype 'scanty vitellin' of the silkworm, Bombyx mori.
著者
Ying Lin#, Yan Meng#, Yan-Xia Wang#, Juan Luo, Susumu Katsuma, Cong-Wen Yang, Yutaka Banno, Takahiro Kusakabe, Toru Shimada*, and Qing-You Xia* (#Co-first authors, *Co-corresponding authors)
アブストラクト
http://dx.doi.org/10.1074/jbc.M113.462556

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
生産・環境生物学専攻 昆虫遺伝研究室
教授 嶋田 透
Tel: 03-5841-8124
Fax: 03-5841-8011
E-mail: toru@ss.ab.a.u-tokyo.ac.jp

用語解説

(注1) ビテロジェニン
卵生の動物において、雌の肝臓や脂肪体などの組織で合成され、血液を経て卵巣に取り込まれるタンパク質であり、脂質、糖などが結合している。卵母細胞に蓄積する過程でリン酸化などの変化を経て、最終的に卵黄の主成分であるビテリンとなる。蛾類では、雌の前蛹期ないし蛹期の脂肪体で合成され、一時的に血液に蓄えられた後に、卵黄形成期の卵母細胞に移行し蓄積する。卵の中で徐々に分解され、胚発生のための栄養源になると考えられている。
(注2) ビテロジェニン受容体
卵母細胞の細胞膜に存在し、血液中に存在するビテロジェニンを細胞内に取り込む機能を持つタンパク質。昆虫のビテロジェニン受容体は脊椎動物の低密度リポタンパク質受容体(LDLR)と相同性があり、進化的に共通の起源を持つと考えられている。
(注3) 30Kタンパク質
カイコおよび一部の鱗翅目昆虫(蝶や蛾)で、幼虫期から成虫期にかけて主要な血液タンパク質となる分子量3万前後の一群のタンパク質。脂肪体などで合成され、雌では一部が卵巣に取り込まれて卵黄の成分となるが、雄でも血液中に多量に存在する。
(注4) 連鎖解析
戻し交雑あるいはF2雑種の作成により、ある遺伝子と別の遺伝子が相同な染色体に座乗するか否か、また相同染色体に座乗する場合には組換え価がどれほどかを明らかにする解析。ここでは、特にゲノム上のDNA多型と目的の遺伝子(具体的にはvit)との連鎖解析を行って、vitがゲノム塩基配列上のどこに存在するかを絞り込む実験を指す。
(注5) 卵特異タンパク質(ESP)
鱗翅目昆虫などの卵巣の濾胞細胞で合成され、卵母細胞に蓄積する分子量6万〜7万のタンパク質。血液中には現れず、卵巣に特異的に存在する。