発表者
中野 亮 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 日本学術振興会特別研究員(当時))
高梨 琢磨 (独立行政法人 森林総合研究所 森林昆虫研究領域 主任研究員)
Annemarie Surlykke (南デンマーク大学 生物学研究所 教授)
Niels Skals (南デンマーク大学 生物学研究所 研究員(当時))
石川 幸男 (東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表概要

一部の蛾のオスは、メスに求愛する際に超音波のラブソングを発しています。蛾の耳は本来、天敵のコウモリが餌を探索する際に発する超音波(ソナー)を逆探知し、捕食から逃れるために発達してきたと考えられています。我々は、蛾のメスがコウモリの発する超音波とオスの出す超音波を聞き分けているかどうか、すなわち、交尾相手を正しく認識しているかどうかを調べました。その結果、トウモロコシの害虫であるアワノメイガはコウモリの超音波とオスのラブソングを全く聞き分けていないのに対し、幼虫が地衣類を食べて育つキマエホソバという蛾のメスはこれらを聞き分けていることを明らかにしました。

発表内容

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アワノメイガ(左)とキマエホソバ(右)におけるオスの求愛歌(超音波)の機能の違い。アワノメイガのメスは、コウモリとオスの超音波を聞き分けられず、オスの求愛歌を聞いてもフリーズする。これにより、オスは、メスがフリーズしているスキに交尾を円滑におこなうことができる。これに対し、キマエホソバのメスはコウモリとオスの超音波を聞き分けられる。メスは、コウモリの超音波に対して警告音を発するが、オスの超音波に対しては警告音を発することなく交尾を受入れる。

一部の蛾では、超音波を利用して雌雄間のコミュニケーションが行われています。蛾の耳は天敵のコウモリが発する餌探索音(超音波)を逆探知するために発達したと推定されています。実際、蛾の耳はコウモリの超音波がよく聞こえるようにチューニングされています。超音波コミュニケーションを行っている蛾では、メスはオスの出す超音波(ラブソング)を聞くとそのオスを交尾相手として受入れますが、その同じメスがコウモリの超音波を聞くと回避行動を示します。本来、蛾は超音波を聞くと何らかの回避行動をとるように進化してきたはずですが、オスが出す「超音波」を聞いたときに、回避しないどころか、逆にこれを受入れるようになった過程は謎に包まれています。

私たちは森林総合研究所、南デンマーク大学と共同研究をおこない、アワノメイガという蛾のメスが、オスとコウモリの超音波を聞き分けていないことを突き止めました。メスは、オスが求愛時に発する超音波に反応して動きを止めるのですが、コウモリが発する超音波の合成音を聞かせた場合でも動きを止め、オスの求愛を高頻度に受入れました。蛾はコウモリが近くに来たことを検知すると、自分の存在を悟られるのを避けるため動きを完全に止めますが、この反応は「フリーズ」と呼ばれています。交尾時にメスが動きを止める反応は「フリーズ」そのものであると考えられます。オスは自身の発する超音波によってメスをフリーズさせ、その隙に交尾をおこなうことが明らかになりました。

一方、キマエホソバという蛾では、メスがオスのラブソングとコウモリの超音波を聞き分けていることが証明されました。キマエホソバは、近縁種であるヒトリガ類と同様、コウモリの超音波に対してみずから超音波を発します。キマエホソバは有毒であることから、この発音はコウモリに対する警告音であると推測されます。メスは、オスの出す超音波の合成音に対しては警告音を発しませんでしたが、コウモリの超音波の合成音に対しては警告音を発して交尾を拒否しました。

アワノメイガのオスは、断続的な超音波パルスを繰り返し発し、メスにフリーズ反応を引き起こします。すなわち、本来コウモリ対策として発達したはずのメスの聴覚および回避行動を、オスは自己の配偶行動を有利にするためにそっくりそのまま利用しており、オスの超音波はメスを「騙す」機能を持っています。一方、キマエホソバのオスが発する超音波パルスは持続時間が短い上に2~8個と少なく、メスはコウモリの超音波と容易に区別できます。

2種類の蛾とも、見かけ上はオスの発するラブソングにメスが反応してオスを「受入れ」ています。しかし、アワノメイガでは、メスはオスの出す音をコウモリのものと認識してフリーズしており、メスはオスの出す信号に騙されていることになります。一方、キマエホソバでは、メスはオスの出す信号を同種のオスのものとして正しく認識しており、オスの出す信号は「正直」な信号ということになります。このように、蛾類の雌雄間コミュニケーションにおいて、「騙しの信号」と「正直な信号」の両方が発達してきたことはとても興味深く、私達はその進化の過程をこれからも探求していきます。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports, Vol. 3, Article number: 2003, Published 20 June 2013
論文タイトル
Evolution of deceptive and true courtship songs in moths
著者
Ryo Nakano1,2*, Takuma Takanashi3, Annemarie Surlykke4, Niels Skals4, and Yukio Ishikawa1 (*Corresponding author)
1東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻
2農業・食品産業技術総合研究機構 果樹研究所 品種育成・病害虫研究領域
3森林総合研究所 森林昆虫研究領域
4南デンマーク大学 生物学研究所
DOI番号
doi:10.1038/srep02003
アブストラクト
http://www.nature.com/srep/2013/130620/srep02003/full/srep02003.html

本論文はネイチャー・プレスによるプレス・リリースに選ばれ、The Scientist(下記リンク)にて紹介されました。
http://www.the-scientist.com/?articles.view/articleNo/36103/title/Moth-Mating-Calls-Linked-to-Bats/

また、Nature ハイライト(下記リンク)でも紹介されています。
http://www.natureasia.com//ja-jp/research/highlight/8527

問い合わせ先

独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構
果樹研究所 品種育成・病害虫研究領域 虫害ユニット
主任研究員 中野 亮
Tel: 029-838-6548
Fax: 029-838-6541
E-mail: rnakano@affrc.go.jp

東京大学大学院農学生命科学研究科
生産・環境生物学専攻 応用昆虫学研究室
教授 石川 幸男
Tel: 03-5841-1851
Fax: 03-5841-5061
E-mail: ishikawa@utlae.org