発表者
鄭陽 (中国・甘粛農業大学 草地学部 助教)
高橋太郎 (東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 助教)
David Kemp (オーストラリア・チャールズスタート大学 農業革新センター 教授)

発表のポイント

◆ 冬季放牧が動物の成育に効果がないことを、比較実験にて明らかにしました
◆ 放牧されている雌羊は舎飼されている雌羊と比べてエネルギー効率が悪いことを、生物経済モデルを用いて明らかにしました
◆ 現地の農民が自分で作ることのできる低予算型の動物用温室を実際に建て、その建設費用が3季で回収できることを示しました
◆ 砂漠化の拡大につながらない、新しい畜産システムの設計への応用が期待されます

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の高橋太郎助教を責任著者とする日中豪の共同研究チームは、黄砂の一因と考えられている中国北西部およびモンゴル共和国北東部における家畜の冬季放牧が、動物の成育にも効果がないとする新しい研究結果を発表しました。その上で、現地の農民が自分で作ることのできる低予算型の動物用温室を実際に建設し、冬季の間舎飼した、より健康な雌羊がもたらす経済的利益を用いれば、温室の建設費用はわずか3季で回収できることを示しました。これらの結果は、乾燥地における家畜生産において、農民所得と自然環境の間に必ずしもトレードオフが存在しないことを意味するため、砂漠化の拡大につながらない、新しい畜産システムの設計に貢献することが期待されます。研究成果は2013年9月4日付けで国際誌Grassland Scienceに発表されました。

発表内容

中国北西部およびモンゴル共和国北東部の乾燥地帯は、農業生産に利用できる水が少なく作物生産に適さないため、伝統的に家畜の放牧を基盤とする農業が行われてきました。しかし、近年の人口増加や羊毛価格および食肉価格の上昇に伴って家畜の数が著しく増加したため、放牧草地のバイオマスの総量が長期的に減少する、いわゆる過放牧の状態が観察されるようになりました。特に、放牧草地のバイオマス量が少ない冬季の間に行われる放牧は、大きな風速と相まって土壌の飛散を促進してしまうため、砂漠化の一因となり、延いては日本への黄砂の飛来量も増やしていると考えられています。

冬季放牧が砂漠化を促進しているという因果関係は、従来から複数の研究者によって指摘されてきました。しかしながら、この因果関係を実験にて確かめるためには体感温度がマイナス30度を下回る環境での継続的なデータ収集が必要であるため、実際に実験が行われることはほとんどありませんでした。また、冬季放牧は家畜農家の所得を守るための必要悪との見方が一般的であったため、砂漠化を防ぐために放牧を禁止するためには農家にどれくらいの補償金を払えばよいかという、農民所得と自然環境の間のトレードオフという視点で対応策が議論されることが多く、自然環境を悪化させることなく農民所得の向上を目指すという、いわゆるパレート改善のための方策が検討される機会は限られていました。

高橋助教らはまず、コンピュータ上で独自の生物経済モデルを設計することにより、中国・内蒙古自治区の放牧地帯を例に、冬季放牧を行う現在の家畜生産方法について、放牧草地と家畜体内それぞれにおける年間を通じたエネルギー収支を推計しました。そしてこの結果を、冬季の間の放牧を中止し、放牧されている動物に与えられている量と同じ量の飼料のみを与えて舎飼にした場合の仮想的なエネルギー収支と比較しました。その結果、放牧されている雌羊にとっては、放牧中に口にできる栄養エネルギーよりも、極寒環境の中で少ないバイオマスを求めて動き回ることに必要な代謝エネルギーの方が多いため、舎飼されている雌羊と比べて、1頭当たり毎日2.4MJのエネルギーを無駄にしていることが推計されました。

この結果を受けて、80頭の雌羊を放牧組と3,000中国元以内の費用で作ることができる低予算型の簡易な動物用温室を用いた舎飼組の2組に分けた成育実験を行った結果、冬季の終わりの段階で、舎飼組は放牧組と比較して1頭当たり3kg重い体重を記録しただけでなく、畜産農家の所得に大きく貢献する、双子や三つ子を産む確率も高くなりました。また、これらの差異をこの地域の農家が実際に生産物を販売している食肉市場での経済的価値に換算すると1,191中国元となり、温室の建設費用は3季以内に回収できることがわかりました。

草地学の実験から普遍的な結論を導く際は、最低でも2回または3回の繰り返し試験の全てにおいて同じ傾向が出ることを確認することが国際標準とされており、コンピュータモデリングと1回の実地試験の結果のみに基づく今回の結論が普遍的であるかどうかは、現在のところ確認できません。しかし、もしも引き続いて行われる試験においても同じ傾向が確認できた場合、これは乾燥地における家畜生産において、農民所得と自然環境の間に必ずしもトレードオフが存在しないことを意味するため、砂漠化の拡大につながらない、新しい畜産システムの設計に飛躍的に貢献することが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
Grassland Science, 59(3): 156-159. (2013年9月4日掲載)
論文タイトル
Energy and economic values of greenhouse sheds to replace winter grazing in northwestern China
著者
Zheng Y, Takahashi T, Kemp D
DOI番号
10.1111/grs.12027
論文URL
http://dx.doi.org/10.1111/grs.12027

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 国際環境経済学研究室
助教 高橋太郎
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