発表者
中村 英光(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教)
薛 友林(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程3年;当時)
宮川 拓也(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
侯 峰(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程3年)
田之倉 優(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)
浅見 忠男(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

◆植物の枝分かれを抑える働きを持ち、根に寄生する雑草(根寄生雑草)の発芽誘導も行う植物ホルモン(注1)「ストリゴラクトン」の受容体D14によるストリゴラクトンの受容は、このホルモンを分解し再認識するという、ユニークな仕組みで行われていることを明らかにしました。

◆ストリゴラクトンを認識したD14は、別の植物ホルモン「ジベレリン」のシグナル伝達因子と結合することが示され、これによりストリゴラクトンとジベレリンのシグナル伝達が互いに影響し合っている(クロストークが行われている)ことが示唆されました。

◆今回の発見は、イネ等の作物の枝分かれを制御することで収穫量やバイオマス(注2)を増加させることに加え、甚大な作物被害をもたらす根寄生雑草の防除に向けた新技術の開発に役立つことが期待されます。

発表概要

ストリゴラクトンは2008年に再発見された植物ホルモンであり、側芽の休眠を維持し枝分かれを抑え、さまざまな根に寄生する雑草(根寄生雑草)の種子の発芽を誘導することが知られています。加えて、ストリゴラクトンはDWARF14(D14)というタンパク質により認識されていることがこの一年ほどで次々と明らかになってきましたが、D14によるストリゴラクトンの詳細な受容機構は解明されていませんでした。しかし、この受容機構の解明は枝分かれの制御による収穫量やバイオマスの増加に向けた技術開発や、地中海沿岸やアフリカ大陸を中心に世界の多くの地域において作物に甚大な被害を及ぼしているストライガと呼ばれる根寄生雑草の防除法の確立につながる可能性があり、重要です。

 東京大学大学院農学生命科学研究科の浅見忠男教授の研究グループと田之倉優教授の研究グループによる共同チームは、X線結晶構造解析(注3)と生化学的な解析より、D14がストリゴラクトンを分解したのちに分解産物を再認識するというユニークな仕組みで、受容シグナルを次々と伝えていくことを示しました。また、ストリゴラクトンを受容したD14は、同様に枝分かれを抑える働きをもつ植物ホルモンのジベレリンの重要なシグナル伝達因子であるDELLAタンパク質と結合することも明らかにし、ストリゴラクトンとジベレリンのシグナル伝達が互いに影響し合うことにより(クロストーク)、ストリゴラクトンの枝分かれを抑える機能が発現されている可能性が示されました。

 本研究の成果は、作物の枝分かれを制御し、収量やバイオマスを増加させることによる農業生産の向上や低炭素社会の実現のため、また世界の多くの地域で甚大な被害を与えている寄生雑草からの防除のための新しい技術開発に大きく役立つものと期待されます。
 本研究の内容は英国科学誌「Nature Communications」10月17日号に掲載されます。

発表内容

図1 (拡大画像↗
ストリゴラクトンを分解する酵素活性を併せもつ受容体D14によるストリゴラクトン受容の仕組みを表した模式図

旺盛に枝葉を広げたり、そこに花をつけたり実をつけたりすることは、自分自身で動くことのできない植物の生存にとって大変重要なことです。また、環境の変化により影になって背丈を伸ばす必要が生じたり、栄養が不足したりした場合、枝分かれを抑える必要もあります。このように枝分かれを制御することは植物にとって重要であり、そのために、数多くの植物ホルモンが、お互いにクロストークを行いながら、巧妙に働いていることがわかっています。最近発見された植物ホルモン「ストリゴラクトン」は、分化した側芽の休眠状態を保ち、枝分かれを抑制する働きを持ち、このホルモンを作ることのできない変異体は枝分かれが旺盛になります。また、ストリゴラクトンは、ストライガやヤセウツボなど、根に寄生する雑草の発芽も促します。特にストライガは地中海沿岸やアフリカ大陸など、世界中の多くの地域に甚大な被害を与えていますが、その防除法は確立されていません。

ストリゴラクトンは2008年に再発見された植物ホルモンであり、植物体内における生合成経路や、受容・シグナル伝達経路など、まだまだ未解明の点が多く残されています。しかしこの一年余りの間にD14というタンパク質がストリゴラクトンの認識に関わることがわかってきました。D14を作ることのできない変異型の植物では枝分かれが増大しますが、外部からストリゴラクトンを与えても枝分かれが通常には戻りません。D14はストリゴラクトンと結合する能力をもつことやα/β加水分解酵素と呼ばれる酵素ファミリーに属しており、ストリゴラクトンを分解する酵素活性も併せ持つという、他のさまざまな受容体にはない性質をもっていることもこれまでに明らかになっていました。このため、D14によるストリゴラクトンの受容機構は典型的な受容体の機構とは異なることが予測されていましたが、その詳細はこれまで不明でした。

今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の浅見忠男教授の研究グループと田之倉優教授の研究グループによる共同チームは、酵素活性を併せもつD14受容体がストリゴラクトンを受容し、その受容シグナルを次々と伝える過程のユニークな仕組みを明らかにしました。

これまで植物の生長を促す植物ホルモン「ジベレリン」がストリゴラクトンと同様に枝分かれを抑える働きを持つことがわかっていました。そこで、同研究チームは、ジベレリンのシグナル伝達因子とストリゴラクトンのシグナル伝達因子の関係について、酵母ツーハイブリッド法(注4)や蛍光タンパク質再構成法(注5)という生化学的な解析を行いました。その結果、D14がジベレリンシグナル伝達で重要な働きをするDELLAタンパク質と複合体を形成することが見出されました。このD14とDELLAタンパク質の複合体形成には、植物の枝分かれを抑制する活性型のストリゴラクトンが必要でした。また、通常D14はストリゴラクトンを分解する活性をもちますが、この分解反応に必須な活性中心のアミノ酸残基を他の種類の残基に置換した変異型のD14では、ストリゴラクトンの分解活性が失われることがわかりました。この変異型D14を用いて酵母ツーハイブリッド法を行うと、活性型のストリゴラクトンの存在下であってもDELLAタンパク質との複合体が形成されないことがわかりました。以上のことから、D14とDELLAタンパク質の複合体形成にはD14によるストリゴラクトンの分解活性が必須であることが示されました。

さらにD14の結晶を作製し、種々のストリゴラクトンを結晶中に浸透させた条件でX線結晶構造解析(注3)を行ったところ、D14がストリゴラクトンを加水分解してできた分解産物D-OHが、D14の活性中心から少し離れたストリゴラクトン結合ポケットの入口付近に結合している様子を捉えることに成功しました。この構造に基づいて、D-OHと相互作用しているアミノ酸残基を置換した変異型D14の解析を行ったところ、この変異体ではストリゴラクトンの分解活性は保たれてD-OHは作られるものの、変異型D14とDELLAタンパク質との複合体は形成されないことが示されました。また、活性型のストリゴラクトンと同濃度のD-OHはD14とDELLAタンパク質の複合体形成を誘導できず、イネの枝分かれ(分げつ伸長)も抑制できませんでしたが、高濃度のD-OHはD14とDELLA複合体の形成を誘導し、イネの分げつ伸長も誘導できることが示されました。

以上の結果により、D14がストリゴラクトンを結合ポケットで認識した後に分解し、分解産物を同一ポケット内で再認識することで受容シグナルを次々と伝えていくという新しい植物ホルモンの受容モデルを提唱しました(図1)。

本研究は、収量やバイオマスを増加させることによる農業生産の向上や低炭素社会の実現のための新技術開発に有用な基礎研究基盤となるものです。また、世界の多くの地域で甚大な被害を与えている寄生雑草の新しい防除法の開発にも大きく役立つものと期待されます。

本研究は独立行政法人科学技術振興機構(JST)のCREST「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」、科研費(基盤研究(A))、生物系特定産業技術センター「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」、文部科学省「ターゲットタンパク研究プログラム」の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「Nature Communications」(オンライン版:10月17日)
論文タイトル
Molecular mechanism of strigolactone perception by DWARF14
著者
Hidemitsu Nakamura, You-Lin Xue, Takuya Miyakawa, Feng Hou, Hui-Min Qin, Kosuke Fukui, Xuan Shi, Emi Ito, Shinsaku Ito, Seung-Hyun Park, Yumiko Miyauchi, Atsuko Asano, Naoya Totsuka, Takashi Ueda, Masaru Tanokura , and Tadao Asami
DOI番号
10.1038/ncomms3613
アブストラクト
http://www.nature.com/ncomms/2013/131017/ncomms3613/full/ncomms3613.html

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物制御化学研究室
教授 浅見 忠男
Tel:03-5841-5157
Fax:03-5841-8025
研究室URL: http://pgr.ch.a.u-tokyo.ac.jp/

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生物構造学研究室
教授 田之倉 優
Tel:03-5841-5165
Fax:03-5841-8023
研究室URL: http://fesb.ch.a.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

注1 植物ホルモン
植物により生産され、低濃度で植物の生長・分化などの生理過程を調節する物質。
注2 バイオマス
石油や天然ガスなどの枯渇性資源ではない生物構成物質由来の資源。植物のような光合成生物由来のバイオマスは燃焼すると二酸化炭素が排出されるが、この二酸化炭素は生物が成長過程で光合成により大気中より吸収した二酸化炭素に由来するため、バイオマスを燃焼させても全体としてみれば大気中の二酸化炭素を増加させていない。また、バイオマスは再生可能なため、バイオマスから得られるエネルギーは再生可能エネルギーといえる。
注3 X線結晶構造解析法
規則正しく並んだ分子の結晶にX線を照射することにより、分子の規則的な反復構造により回折したX線像が得られる。このX線回折データを解析することにより、原子レベルの詳細な立体構造を決定することができる。
注4 酵母ツーハイブリッド法
二つのタンパク質の相互作用を検出する方法。結合するかどうかを調べようとする二つのタンパク質 (AとB)のそれぞれと、半分に分割した転写活性化因子GAL4(GAL4BDとGAL4AD)との間で融合タンパク質(GAL4BD−タンパク質AとGAL4AD–タンパク質B)の双方を酵母細胞内で発現させ、タンパク質Aとタンパク質Bが結合する場合に転写活性化因子GAL4が再構成され、GAL4により発現が誘導されるように設計したレポーター遺伝子の発現が誘導され、レポーター遺伝子の発現量を指標に、タンパク質A、Bの相互作用を検出する方法。
注5 蛍光タンパク質再構成法
二つのタンパク質の相互作用を検出する方法。結合するかどうかを調べようとする二つのタンパク質 (AとB)のそれぞれと、半分に分割した蛍光タンパク質YFP(nYFPとcYFP)の間で融合タンパク質(タンパク質A −nYFPとタンパク質B −cYFP)を作製し、タンパク質Aとタンパク質Bが結合する場合にYFPの立体構造が再構成され、蛍光が観察されるという原理に基づく方法。