発表者
竹前等 (帯広畜産大学 原虫病研究センター 特任研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員;当時)
加藤健太郎 (帯広畜産大学 原虫病研究センター 特任准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授(委嘱))

発表のポイント

◆どのような成果を出したのか
トキソプラズマ原虫の宿主細胞侵入に中心的な役割を果たしているRON複合体の構成因子であるTgRON4が宿主細胞のβ-チューブリンと相互作用することがわかりました。
◆新規性
TgRON4と宿主細胞因子β-チューブリンとの結合領域を同定し、この結合が宿主細胞への侵入初期に生じることを明らかにしました。
◆社会的意義/将来の展望
トキソプラズマ原虫の病原性と生存に必要不可欠な宿主細胞侵入機構において、原虫-宿主間相互作用の全容解明の足がかりとなる新たな知見を得ました。

発表概要

トキソプラズマ症(注1)は、トキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)の経口摂取により引き起こされ、妊婦の感染により流産や胎児の脳症などの先天性感染症を、エイズ患者などには重篤な症状をもたらすことがある人獣共通の感染症です。これまでの研究により、トキソプラズマ原虫が宿主細胞(原虫の寄生対象)に侵入する際の原虫因子や宿主細胞因子の同定が進められてきましたが、因子間の相互作用についてはほとんど分かっていませんでした。

今回、帯広畜産大学原虫病研究センターおよび東京大学大学院農学生命科学研究科の加藤健太郎らの研究グループは、原虫因子であるTgRON4と結合する宿主細胞因子がβ-チューブリン(細胞骨格分子)であることを明らかにしました。また、宿主細胞因子β-チューブリンのC末端領域とTgRON4のC末端近傍の154アミノ酸からなる領域が結合すること、この相互作用が原虫の侵入初期に生じることが分かりました。

本成果は、トキソプラズマ原虫の侵入過程における原虫分子と宿主細胞分子との相互作用の一端を明らかにしたものであり、細胞侵入機構の分子メカニズムの全容解明に向けた新たな知見を提供するものです。

発表内容

〇研究背景

トキソプラズマ原虫は、トキソプラズマ症の病原原虫であり、マラリア原虫等と同じくアピコンプレックス門に属する原虫(注2)です。この門に属する原虫の多くは侵入の際、宿主細胞との間にムービングジャンクション(タイトジャンクション様の構造体)と呼ばれるリング様の構造を形成します。ムービングジャンクションは、アピコンプレックス門に属する原虫間で保存されており、原虫の病原性および生存に必要不可欠な宿主細胞侵入において中心的な役割を果たしています。

原虫は自身のアクトミオシンモーターの動力で宿主細胞に侵入し、細胞内寄生が成立することから、細胞侵入機構については原虫因子の解析が中心に行われてきました。これまでに、原虫RON複合体が細胞侵入時に宿主細胞側に移行すること、さらにRON複合体のひとつであるRON2が膜貫通タンパク質として宿主細胞膜に挿入され、その細胞外に提示された領域が原虫膜上のAMA1と相互作用することが知られています。一方、宿主細胞因子についてはこれまで、宿主細胞の微小管(主にチューブリンによって構成される)、アクチンなどの細胞骨格分子がトキソプラズマ原虫の侵入に寄与することが重合阻害剤を用いた解析により報告されています。しかし、原虫侵入時における原虫因子と宿主細胞因子との分子間相互作用についてはほとんど分かっていませんでした。今回、研究グループでは原虫RON複合体の構成因子であり、遺伝子欠損原虫の作出が成功しておらず原虫の生存に必須と予想されるTgRON4に注目し、宿主細胞結合因子の同定および結合領域の解析を行いました。

〇研究内容

(図左)原虫侵入時に原虫-宿主間に形成されるムービングジャンクション。原虫RON複合体(RON2/4/5/8)は宿主細胞側に移行する。(図中央)Fcタグ付きRON4組換えタンパク質と哺乳類培養細胞膜分画との結合実験の概略。(図右)Fcタグのみ、Fc-RON4組換えタンパク質に結合するタンパク質。矢印はトキソプラズマ原虫RON4(TgRON4)に結合する分子量約50,000のタンパク質(哺乳類培養細胞由来β-チューブリン)を示す。 (拡大画像↗

まず、トキソプラズマ原虫および熱帯熱マラリア原虫RON4の組換えタンパク質をFcタグ付きの融合タンパク質(注3)として調製し、宿主細胞膜分画との結合を調べました。プロテインGを固定化した磁性ビーズを用いてFcタグ付きRON4組換えタンパク質と結合する宿主細胞因子を回収しました。その結果、トキソプラズマ原虫(Tg)RON4とのみ結合するタンパク質が検出され、質量分析によってβ-チューブリンであることがわかりました。次に、TgRON4と宿主細胞因子β-チューブリンとの結合領域を決定するために、それぞれの部分タンパク質を同じ細胞内で発現させ、結合の有無を調べました。さまざまな組み合わせで検証した結果、宿主細胞因子β-チューブリンのC末端領域がTgRON4との結合に必要であることがわかりました。また、TgRON4のC末端近傍の154アミノ酸からなる領域が宿主細胞因子β-チューブリンのC末端領域と結合しました。この154アミノ酸の配列について、データベース解析を行ったところ、熱帯熱マラリア原虫RON4(PfRON4)などには類似するアミノ酸配列(相同な配列)はなく、トキソプラズマ原虫と近縁のネオスポラ原虫にのみ相同な配列が見つかりました。

さらに、宿主細胞因子β-チューブリンのC末端領域を発現させた培養細胞にトキソプラズマ原虫を感染させ、侵入初期のサンプルについて解析を行いました。原虫が感染した細胞の溶解液において、宿主細胞因子β-チューブリンC末端領域と原虫自身のTgRON4との結合が検出されました。また、局在を調べた結果、宿主細胞因子β-チューブリンC末端領域はTgRON4の周りに集積、あるいはTgRON4と密接に位置することがわかりました。

〇考察

今回、TgRON4の結合因子として宿主細胞のβ-チューブリンを同定し、原虫侵入時にこれらの相互作用が生じていることが明らかとなりました。また最近、別の研究グループで行われた遺伝子発現抑制細胞を用いた大規模スクリーニングにより、原虫の侵入に影響を及ぼす宿主細胞因子が同定され、それら24個のうち6個がアクチンの動態を調節する分子であることが報告されました。これらのことから、トキソプラズマ原虫の侵入には、宿主細胞のチューブリンやアクチンなどの細胞骨格分子が関わっており、原虫RON複合体がこれらの宿主細胞因子と相互作用する可能性が示唆されました。今後、今回の結果を足がかりに、トキソプラズマ原虫侵入時における原虫-宿主間相互作用の全体像が明らかになると期待されます。

アピコンプレックス門に属する原虫の多くは、RON複合体の構成因子と予想されるタンパク質をコードする遺伝子をゲノム中に持っています。一方、原虫の宿主域は種によって大きく異なります。今回、宿主細胞因子β-チューブリンと結合することが判明したTgRON4のアミノ酸配列に相同な配列は、近縁のネオスポラ原虫にのみ見出されました。宿主細胞因子への結合に必要なトキソプラズマ原虫RON複合体タンパク質のアミノ酸配列を探索することにより、原虫種によって異なるRON複合体の機能を知ることができると同時に、原虫の侵入阻止薬開発につながる知見が得られると期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究(A)、挑戦的萌芽研究、生物系特定産業技術研究支援センター(生研センター) イノベーション創出基礎的研究推進事業、文部科学省 テニュアトラック普及・定着事業の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports (Nature Publishing Group)
論文タイトル
Characterization of the interaction between Toxoplasma gondii rhoptry neck protein 4 and host cellular β-tubulin.
著者
Hitoshi Takemae, Tatsuki Sugi, Kyousuke Kobayashi, Haiyan Gong, Akiko Ishiwa, Frances C. Recuenco, Fumi Murakoshi, Tatsuya Iwanaga, Atsuko Inomata, Taisuke Horimoto, Hiroomi Akashi, and Kentaro Kato
DOI番号
10.1038/srep03199
アブストラクト
http://www.nature.com/srep/2013/131112/srep03199/full/srep03199.html

問い合わせ先

帯広畜産大学 原虫病研究センター 地球規模感染症学分野 特任准教授
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授(委嘱)
加藤 健太郎
Tel: 0155-49-5645
Fax: 0155-49-5646
研究室URL: http://www.obihiro.ac.jp/~globalinfection/index.html

用語解説

(注1) トキソプラズマ症
ネコの糞便中や感染動物の食肉に含まれるトキソプラズマ原虫の経口摂取によって引き起こされる人獣共通感染症です。健常者が感染した場合は重篤になることはありませんが、妊娠の数ヶ月前あるいは妊娠中に初感染した場合、流産や胎児の脳症などの先天性感染症を引き起こします。さらに、エイズ患者や免疫抑制剤の投与を受けている患者では重篤あるいは致死的な症状をもたらすことがあります。
(注2) アピコンプレックス門原虫
約5,000種の原虫が知られています。すべてが寄生種で、人あるいは家畜の原虫病の病原原虫としての重要種の多くが含まれています。少なくとも、発育環の一時期の虫体がアピカルコンプレックスと呼ばれる特殊な構造を虫体の前端(頂端)に有することがこの門の特徴です。
(注3) Fc融合タンパク質
免疫グロブリンのFc部位をN末端に結合させた組換えタンパク質で、プロテインGと結合します。