◆八丈島産のカイメン Theonella swinhoei から発見された多彩な化合物のほとんどが、難培養性共生微生物 Entotheonella により生産されていることがわかりました。
◆Entotheonella は T. swinhoei だけでなく世界各地の海に生息する海綿動物中にも広く分布することがわかりました。
◆Entotheonella は、多様な化合物を生産する能力を備えていることから、創薬における新たな化学資源および生物資源として利用できる可能性があります。
海綿動物(水圏に広く生息する無脊椎生物)から、化学構造の多様性に富み、様々な生物活性を示す天然有機化合物が発見されています。これらの化合物は、カイメンに共生する微生物が生産するであろうと考えられていましたが、共生微生物の培養が難しいため、その詳細は長年の謎でした。
今回の研究は、スイス連邦工科大学のPiel教授を中心とした日本、ドイツ、アメリカ合衆国の研究者で構成される研究グループにより、八丈島沿岸に生息する Theonella swinhoei (図1)という海綿動物を対象に行われました。その結果、シングルセルゲノミクス(注1)とメタゲノミクス(注2)を駆使することで、共生微生物 Entotheonella が数多くの有機化合物を生産していることを遺伝子レベルで明らかにしました。また、これらの Entotheonella は T. swinhoei だけでなく、他の多くの海綿動物中にも存在していることがわかりました。Entotheonella が持つ化合物生産能力は、微生物の中でも特に秀でていることから、Entotheonella は創薬における有望な化合物供給資源になる可能性があります。また本研究は、難培養性の共生微生物が新たな生物資源として利用できることを示唆しており、天然物化学研究に新たな門戸を開きました。
本研究の内容は英国科学雑誌「Nature」2月6日号に掲載されました。
人類が使用している抗生物質やその他の薬剤には微生物が生産する化合物(代謝産物)、もしくはそれに起因するものが多く含まれています。そのため、微生物の代謝産物は創薬研究に多く用いられてきました。しかし、培養が可能な微生物は全体のわずか30%と見積もられており、残り70%の難培養性の微生物は、薬剤候補化合物を供給する巨大な未利用生物資源として期待されています。
一方で、海洋無脊椎動物に含まれる化合物もまた、創薬研究における重要な化学資源として注目されています。その中でも海綿動物からは数多くの有機化合物が発見されており、これまでに25,000以上の化合物が報告されています。長年、海綿動物由来の化合物は海綿自身が生産するのではなく、体内に共生する微生物が生産すると考えられていました。しかし、これらの共生微生物の培養は難しく、その詳細は明らかにされていませんでした。
今回の研究では、八丈島沿岸に生息するカイメン Theonella swinhoei を研究試料に化合物の生産者(共生微生物)に迫りました。Theonella 属は海綿動物中でも際立って多くの有機化合物を含有し、また、生息地域が異なる同属のカイメンは異なる種類の化合物を含有していることから、重要な海洋生物資源と考えられています。これまでの研究で、Piel教授らの研究グループは、八丈島産 T. swinhoei 由来の2つの化合物(オンナミド、ポリセオナミド)の生産に関与する遺伝子(生合成遺伝子)を明らかにしています。
カイメン T. swinhoei には2-3 μmの細胞が数珠状に並び、蛍光を発する Entotheonella(注3)に形状が似た微生物が数多く存在していました(図2)。そこで、フローサイトメトリー(注4)を用いて1細胞を分離し、MDA法(注5)により、微生物のゲノムDNAを増幅しました。上記の生合成遺伝子情報を基に遺伝子の有無を確認したところ、48細胞のうち16細胞からオンナミド生合成遺伝子、ポリセオナミド生合成遺伝子、および Entotheonella 特有の16S rRNA(注6)が検出できました。この結果から、共生微生物 Entotheonella がオンナミドおよびポリセオナミドの生産者であることが示唆されました。
続いて、Entotheonella を含む画分からゲノムDNAを調整し、次世代シーケンサー(注7)によりDNA配列を解析した結果、この画分には2種類の Entotheonella が存在し、いずれも9Mbを超える原核生物で最大のゲノムを持っていることがわかりました。また、ゲノム中には前述のオンナミドおよびポリセオナミドの生合成遺伝子だけでなく、31化合物の生合成遺伝子クラスターが存在していました。驚くべきことは、T. swinhoei から過去に単離されたペプチドおよびポリケチド化合物のうち、1種の化合物を除く全てが Entotheonella によって生産されていたことであり、さらには未だに発見されていないペプチドの生合成遺伝子が数多く存在していることです。また、今回ゲノム解読された2種の Entotheonella が生産している化合物に重複がないことから、Entotheonella が生産する化合物の多様性とその化合物生産能の高さが伺えます。
共生微生物 Entotheonella はこれまでの研究で、Theonella 属カイメンおよび Discodermia 属カイメンに存在することがわかっています。今回の研究では、日本を含む世界各地に生息するカイメンについても内在する微生物の16S rRNA遺伝子を調べ、Entotheonella が数多くのカイメン中に広く存在することを明らかにしました。それぞれの Entotheonella がどのような化合物を生産しているか、その詳細は未だにわかっていませんが、その化合物生産能力の高さから Entotheonella ひいてはカイメン共生微生物が新たな生物資源として、創薬研究などに有効活用できる可能性があります。
東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 水圏天然物化学研究室
教授 松永 茂樹
Tel: 03-5841-5301
研究室URL: http://anpc.fs.a.u-tokyo.ac.jp/