発表者
塩崎 拓平(東京大学大気海洋研究所 日本学術振興会特別研究員PD、東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 特任研究員;当時)
古谷 研(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 教授)

発表のポイント

◆生物の乏しい亜熱帯海域では島周辺で生物生産が高くなるが、そのメカニズムとして、これまでの定説とは異なり新たに窒素固定(注1)により起こることを発見した。

◆この窒素固定による「島効果」は、島から海への物質流入がきっかけであり、その影響は、広汎な海域に及ぶことを見いだした。

◆本成果で明らかにした窒素固定による「島効果」は、島での土地利用などの人間活動が広大な海域の生産性に影響する可能性を示唆する。

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物環境学研究室の研究グループは、ニューカレドニア島やフィジー島などの島が、栄養の乏しい「海の砂漠」と例えられる海域に位置しているにもかかわらず、それらの島周辺において活発な生物生産(島効果)が見られるのは、シアノバクテリアの窒素固定によるものであることを発見し、そのメカニズムを明らかにした。
 栄養の乏しい海域の中でも島付近では基礎生産(注2)が活発になり、また魚類生産も高まることが古くから知られていた。この現象は「島効果」と呼ばれ、島に定常流がぶつかることによって下層からの栄養塩が供給され、植物プランクトンの中でも特に珪藻類(注3)が増加することによるものと考えられてきた。
 今回研究グループは、ニューカレドニア島やフィジー島などでの島効果はシアノバクテリア(ラン藻類)のTrichodesmium属(注4)による窒素固定が重要な役割を果たし、島付近で雨期に鉄の供給量が増すことをきっかけにTrichodesmium属が増殖することを示唆した。そして、Trichodesmium属は窒素固定を行いながら島から外洋域に広がり、結果として広範な海域に窒素が供給され、基礎生産が上昇すると結論付けた。調査海域の島の面積は四国と九州を足したほどであったが、島効果の影響を受ける周辺海域は控えめに見積もっても日本国土の約6倍に相当した。
 この現象は、調査海域だけではなく、他の栄養の乏しい海域に存在する島周辺でも起こっている可能性がある。島自体の面積は小さくとも、そこでの土地利用などの人間活動が広大な亜熱帯貧栄養域における生物生産力に影響を及ぼしうることを示唆する成果である。

発表内容

図1 島効果のメカニズム。(拡大画像↗)
(a)湧昇に伴う珪藻ブルーム(緑)。(b)窒素固定によって駆動される島効果。雨期の河川流出の増加(矢印)によってTrichodesmium(赤)が増殖し、それらが窒素固定をしながら島から広がっていくことで、無機態窒素が広い範囲で供給され、他の植物プランクトン(黄)も増殖する。

図2 西部南太平洋における衛星で得られた夏季のクロロフィルの平均場。(拡大画像↗)
島の周辺でクロロフィル濃度が高くなっていることがわかる。黒線はクロロフィルが0.07 mg m-3(貧栄養海域の平均濃度の倍以上)となる等値線を示す。

熱帯・亜熱帯の栄養の乏しい海域(貧栄養海域)においては、生物生産は主に窒素によって制限されていることが知られている。この海域は表層における栄養塩供給が極めて乏しく、生産の低い不毛な地域というイメージから「海の砂漠」と比喩されている。この海域の中でも島付近では基礎生産が活発になり、また魚類生産も高まることが古くから知られていた。この現象は「島効果」と呼ばれ、この要因は島に定常流がぶつかることによって島影に下層から硝酸塩(注5)などの栄養塩が供給される(湧昇)ためであるとされてきた(図1a)。この島効果では植物プランクトンの中でも特に珪藻類が優占する。これは十分な栄養塩の供給と好適な光条件によって成長速度の速い珪藻類が爆発的に増加し、それ以外の成長速度の遅い植物プランクトンに対し、現存量で優る結果となるためである。一方、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物環境学研究室の古谷研教授らの研究グループは、これまで島によっては珪藻類ではなく、シアノバクテリアのTrichodesmium属のような大型の窒素固定生物の現存量が外洋域に比べて顕著に多くなり、また窒素固定活性も高くなることを突き止めていた。窒素固定生物は窒素ガスを窒素源とするために、他の植物プランクトンとは異なり、窒素の乏しい環境でも増殖が制限されない。しかし、Trichodesmium属は窒素固定のために過剰な鉄を必要とし、そのため鉄の供給量が多いと考えられる島付近で活発に増殖すると考えられたのである。またこれまで島効果で生じる特異な植物プランクトン群集は湧昇が起こるところのみで生じるため、島付近に限定されるとされてきた。しかし近年同研究グループは、島付近で生じた窒素固定生物群集はその付近だけで繁茂するのではなく、海流によって運ばれて、遠方の基礎生産場に影響を及ぼす可能性も指摘していた。

今回、東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 塩崎拓平 特任研究員(当時)らは、南アメリカ大陸からオーストラリア大陸までの横断観測から、オーストラリア大陸近辺に位置するニューカレドニア島やフィジー島などで見られる島効果は、Trichodesmium属の窒素固定によるものであること、また、窒素固定を起点とした生産が島を中心に日本国土の約6倍の周辺海域に広がっていることを明らかにした。この海域は島の存在によって基礎生産が上昇することが古くから知られており、また上述のようにこれらの島付近では窒素固定活性が高くなることを本研究グループは近年明らかにしていた。

研究グループは、ニューカレドニア島やフィジー島などでの湧昇と窒素固定の有無を粒状有機態窒素の安定同位体比(δ15N)の分布を手がかりに探った。観測の結果、島嶼域を中心に全長3500kmにわたる範囲でクロロフィル濃度(注6)の上昇が見られたが、島付近を含め全海域で表面の硝酸塩濃度は枯渇しており、かつ顕著な定常流が見られなかったことから湧昇が起こっていないことが示された。またこれまでの結果と同様に島付近では窒素固定活性が顕著に高くなり、かつ珪藻類ではなくTrichodesmium属が大きな現存量を占めていた。そしてそのクロロフィル濃度の上昇が見られた広範囲で粒状有機態窒素のδ15Nが一様に低く(平均δ15N =-0.8±1.4)、窒素固定が島効果を起こしていたことを示していた。

さらに本研究グループは衛星データを用いた解析により、島効果が生じるきっかけを明らかにした。観測対象の海域ではTrichodesmium属の現存量は季節的に変動することが知られており、島効果が生じる何らかのきっかけが存在することが示唆されていた。解析の結果、島付近では南半球の夏に窒素固定が要因と考えられるクロロフィル濃度のピークが見られた。そしてそのピークはほぼ降雨量のピーク時期と一致していた。つまりこの結果から次のようなメカニズム(図1b)が存在することが示唆された。この海域の島々では雨期に河川の流入が増加し、それに伴って島から海への鉄の供給量が増す。これによってTrichodesmium属を中心とした窒素固定生物が島付近で増殖する。そして窒素固定生物が拡散して窒素固定を行うことによって、窒素が供給され他の植物プランクトンも増殖が可能になり、広範囲でのクロロフィル濃度の上昇が観測されることが説明される。この窒素固定による島効果は、島からの直接的な栄養塩の供給がきっかけになる点で従来の島影の湧昇による島効果と大きく異なる。すなわち窒素固定による島効果は人間活動の影響に左右されうるのである。島自体の面積は島まわりのクロロフィル濃度の上昇海域の面積に比べると非常に小さい(<1/40)(図2)。しかし、その土地利用の変化が大規模な海洋生産にも影響を与えうることが示唆された。本成果は、貧栄養海域の生態系における窒素固定の新たな役割を示しただけではなく、陸上と海洋生産との関係を結びつけるプロセスとして海洋環境保全を考える上でも重要であることも示した。

発表雑誌

雑誌名
「Geophysical Research Letters」(vol.41,2014)
論文タイトル
Large-scale impact of the island mass effect through nitrogen fixation in the western South Pacific Ocean
著者
Takuhei Shiozaki*, Taketoshi Kodama, Ken Furuya
DOI番号
10.1002/2014GL059835
アブストラクト
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2014GL059835/abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 水圏生物環境学研究室
日本学術振興会特別研究員PD 塩崎拓平
Tel:04-7136-6174, 03-5841-5291
研究室URL:http://fol.fs.a.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

注1 窒素固定
窒素ガスを還元してアンモニアを生成する過程。窒素ガスは化学的に非常に安定しているため、通常の植物は養分として利用できないが、一部の原核生物は窒素固定能をもつため、硝酸塩やアンモニウム塩などの窒素養分が枯渇した海域でも生育できる。
注2 基礎生産
植物プランクトンの光合成によって、無機物から有機物が生産されること。この有機物が生態系内の全ての生物活動を支えることから基礎生産と呼ばれる。
注3 珪藻類
ケイ酸質の殻を持った植物プランクトン。海域を問わず広く分布し、海洋における魚類生産を支える主要な基礎生産者。
注4 Trichodesmium
熱帯、亜熱帯貧栄養海域に生息するラン藻類であり、細胞が直線上に連なった藻糸として存在する。藻糸が多数絡まって目視できるサイズの大きさの群体を形成し、しばしば大増殖し赤潮を形成する。
注5 硝酸塩
植物プランクトンが利用する主要な窒素源。海洋には莫大な量の硝酸塩が存在するが、表層付近は植物プランクトンに利用されるので、枯渇しやすい。このため、下層から表層付近に供給される硝酸塩の多寡が海洋基礎生産を左右する。
注6 クロロフィル濃度
植物色素の一つ。すべての海洋植物プランクトンが共通してもつため、植物プランクトン現存量の指標として使われる。