発表者
宮下 直(東京大学大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 教授)
跡部 峻史(東京大学大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 修士課程2年;当時)
長田 穣(東京大学大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 特任研究員)
武田 勇人(筑波大学医学部医学類6年)
黒江 美紗子(九州大学 持続可能な社会を拓く決断科学センター 助教)

発表のポイント

◆外来種のウシガエル(注1)は、ため池伝いに生息地を拡大し、在来種のツチガエルを激減させていたが、ため池に外来種のコイ(注2)が生息する場合にはその影響が軽減していた。

◆コイの有無によるツチガエルの数の差異は、ウシガエルとツチガエルの2種類のオタマジャクシでコイに対する食べられやすさが異なることが原因と推測された。

◆生息地のつながりは生物多様性の保全上マイナスにもなりうること、ある外来種の駆除は、別の外来種の生息地拡大を助長し、在来種への影響を拡大させる恐れがあることを提示した。

発表概要

生物の生息地のつながり、すなわち「生息地ネットワーク」は、希少種や生物多様性を保全するうえで金科玉条のごとく重要視されてきました。しかし、外来生物が侵入した生態系では、生息地ネットワークが在来生物を減少させるという逆効果も考えられます。ところが、この負の側面を実証した研究はこれまでほとんどありませんでした。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の宮下直教授らの研究グループは、岩手県一関市にある約150個のため池の調査から、外来種のウシガエルがため池伝いに生息地を拡げ、在来種のツチガエルを減少させていることを明らかにしました。ところが、ため池にユーラシア大陸由来の外来種であるコイが生息していると、ウシガエルの定着率や個体数が減り、結果的に在来種であるツチガエルの数がそれほど減らないことがわかりました(図1)。その理由は、ツチガエルのオタマジャクシは水草などの隠れ家を好む習性があるのに対し、ウシガエルにはその習性がないため、結果的にウシガエルがコイに食べられやすいためであると推測されました。つまり、ツチガエルはコイによって、ウシガエルの被害というネットワークの悪影響から間接的に守られていました。
 いまや、複数の外来種が生息する生態系はごくありふれています。そうした生態系では、良かれと思って行った外来種の駆除が、思わぬ結果をもたらすことがあります。この成果は、外来種を含む生態系を管理する際、生息地のつながりと生物同士の関係を同時に考慮することがいかに重要であるかを示す好例といえます。

発表内容

図1 ため池におけるウシガエル、ツチガエル、コイをめぐる種間の関係。(拡大画像↗)
赤の実線は捕食、青の実線は幼体から成体への変態、赤の点線は間接的な影響を示す。

人間の土地改変に伴う生息地の分断化は、生物多様性を減少させる主要因となっています。生息地のつながり、すなわちネットワークを維持することは、さまざまな生物を存続させるうえで重要と考えられてきました。その反面、生息地のネットワークは、病原菌や外来種などの生息地の拡大を助長し、在来生態系に悪影響をもたらす可能性が以前から指摘されていました。しかし、そうした負の側面についてこれまで実証研究はほとんどありませんでした。

東京大学大学院農学生命科学研究科の宮下直教授らの研究グループは、岩手間一関市にあるため池群で、侵略的外来種(注3)であるウシガエルが、ため池のネットワークにより生息地を拡げ、その影響でため池の在来種ツチガエルが数を減らしていることを明らかにしました。

まず、外来種対策のために駆除されたウシガエルの胃の内容物を調べたところ、約3分の1の個体の胃の中からカエル類の成体が見つかりました。他にはアメンボやコガネムシも見つかりましたが、カエル類を最も頻繁に食べていることがわかりました。つぎに、145個のため池において、ウシガエルやツチガエルの個体数と、種々の環境要因を調べました。また、地理情報システム(Geographic Information System, GIS:注4)を利用して測定したため池間の距離と周辺に存在するため池の総数をから算出した値を生息地の連結性の指標としました。データを解析した結果、あるため池にウシガエルが生息している密度は、周辺に多くのため池があるほど高いことがわかりました。一方でツチガエルは、ウシガエルのいるため池では数が著しく少なく、ため池の連結性によって間接的に数が減っていることが示されました。

一方、外来種のコイが生息しているため池では、ウシガエルが少なく、ツチガエルの減少が軽減されるという想定外の結果も得られました。これは、コイがウシガエルを好んで捕食していることを示唆しています。その仕組みを明らかにするために、室内で大きな水槽内にオタマジャクシとオタマジャクシの隠れ家となる人工水草、そしてコイを入れ、コイによるオタマジャクシの捕食されやすさを調べました。その結果、ウシガエルのオタマジャクシは、ツチガエルのオタマジャクシよりもコイによってよく捕食されることがわかりました。これは、オタマジャクシの種によって環境の好みが異なっていることが原因と推測されました。行動観察から、ツチガエルのオタマジャクシは隠れ家がある場所を好むのに対し、ウシガエルにはそうした傾向がないことがわかったからです。以上のことから、ツチガエルはコイの存在によって、ウシガエルの被害というネットワークの悪影響から間接的に守られていことが示唆されました。

複数の外来種が生息する生態系は、今やごくありふれています。そうした生態系では、外来種と在来種の間だけでなく、外来種同士も関係し合っています。こうした状況では、ある外来種を駆除しても、予期せぬ副作用が生じることがあります。本成果によれば、水草を激減させることで知られているコイをため池から除去すれば、ウシガエルが増えてその生息範囲を拡げ、在来種のカエルや水生昆虫に大きな影響を及ぼす可能性があります。「生息地のネットワーク」と「生物同士の関係」を同時に考慮することが外来種の管理を実践するうえで重要であることを実証したインパクトの大きい研究であるといえます。

発表雑誌

雑誌名
Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences (5月14日)
論文タイトル
Habitat connectivity and resident shared predators determine the impact of invasive bullfrogs in farm ponds
著者
Takashi Atobe, Yutaka Osada, Hayato Takeda, Misako Kuroe, Tadashi Miyashita
DOI番号
10.1098/rspb.2013.2621
アブストラクト
http://rspb.royalsocietypublishing.org/content/281/1786/20132621.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生圏システム学専攻 生物多様性科学研究室
教授 宮下 直
Tel:03-5841-7544
Fax:03-5841-8192
研究室URL:http://www.biodiversity.es.a.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

注1 ウシガエル
北米原産の大型のカエルで、日本には1918年に東京帝国大学の渡瀬教授により初めて食用として導入されたと言われている。日本では、オオクチバスやブルーギル、アメリカザリガニとならんで、池沼の在来生物を食い荒らすことで悪名が高い。2006年には特定外来生物に指定され、飼育や運搬、野外への放逐が法律で禁止されている。現在では、日本各地の池沼に生息しているが、東北地方では今なお生息地を拡大している途中である。
注2 コイ
日本に生息しているコイには、日本固有の在来種と中国大陸から導入された外来種がいる。養殖のコイの多くは、ユーラシア大陸由来の遺伝子をもっているため、外来種とみなされる。私たちが身近な池で目にするものは、基本的に外来種のコイと考えてよい。
注3 侵略的外来種
移入先で生態系や人間生活に大きな影響を及ぼす外来種。在来種を激減させ、絶滅の危機に追い込んでいるものが少なくない。
注4 地理情報システム(GIS)
地理的な位置に関する情報をもったデータを管理、加工し、コンピュータ上で視覚化や高度な分析を可能にするシステム。