発表者
木内 隆史(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 助教)
古賀 光(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 修士課程2年)
川本 宗孝(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 学術支援専門職員)
庄司 佳祐(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程1年)
酒井 弘貴(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 博士課程1年)
新井 祐二(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 修士課程2年;当時)
石原 玄基(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程3年)
河岡 慎平(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 博士課程3年;当時)
菅野 純夫(東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカルゲノム専攻 教授)
嶋田 透(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)
鈴木 穣(東京大学大学院新領域創成科学研究科 情報生命科学専攻 教授)
鈴木 雅京(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 准教授)
勝間 進(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)

発表のポイント

◆約80年間謎であったカイコの性決定カスケードにおける最上流因子を発見しました。これはチョウ目昆虫で性決定の最上流因子が解明された初めての例です。

◆小分子RNA (piRNA)が性を決めるという新規の性決定様式を発見しました。また、チョウ目昆虫に遺伝子量補正が存在する証拠とそれに関与する分子を初めて明らかにしました。さらに、本研究で発見した性決定カスケードが共生細菌による宿主性操作のターゲットになっている可能性を見いだしました。

◆カイコをはじめとするチョウ目昆虫の性操作が可能となります。また、本研究で発見した性決定カスケードをターゲットとする新規害虫防除法の開発につながると考えられます。

発表概要

チョウ目昆虫のモデルであるカイコの性は、W染色体の有無によって決定されます。つまり、W染色体が存在すればZ染色体の本数に関わらず雌になります。このことから、W染色体上には雌を決定する遺伝子が存在していると考えられてきました。しかしながら、多くの遺伝学者の長きに渡る研究にもかかわらず、その分子実体は明らかになっていませんでした。
 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の勝間進准教授のグループは、カイコの雌性決定染色体であるW染色体から産生される29塩基の小分子RNAが、約80年間謎であった性決定カスケードの最上流因子であることを明らかにしました。小分子RNAが性を決めるという性決定様式はこれまでに報告のない驚くべき発見です。また、これまで混沌としていたチョウ目昆虫における遺伝子量補正の有無に関して、それが存在する証拠とその機構に関与する分子を発見することにも成功しました。
 さらに、本研究で明らかになった性決定カスケードが共生細菌による宿主性操作のターゲットになっている可能性を見いだしました。本研究成果を足がかりにして、チョウ目昆虫の性操作技術や新規害虫防除技術の開発が期待されます。

発表内容

図1 カイコの性決定カスケードモデル。(拡大画像↗)
Fem)が転写されます。Femからいくつかのステップを経てFem piRNAがつくられます。Fem piRNAはPIWIタンパク質であるSiwiと複合体を形成し、Z染色体から転写されるMasc mRNAを切断します。その結果、雌ではMascタンパク質の量が減少し、雌化すると考えられます。一方、雄ではMascタンパク質が十分量あるため、雄化されます。Mascタンパク質は雄における遺伝子量補正にも関与していることが分かっています。

図2 カイコの性決定カスケードにおけるピンポンサイクル。(拡大画像↗)
Fem piRNAはPIWIタンパク質であるSiwiと複合体を形成し、Z染色体から転写されるMasc mRNAを切断します。切断されたMasc mRNAの3’末端側はBmAgo3と結合し、いくつかのステップを経てMasc piRNAがつくられます。このMasc piRNAとBmAgo3の複合体はFemを切断しますが、切断されたFemの3’末端側はSiwiと結合し、いくつかのステップを経てFem piRNAが作られます。このように、FemMascの間で切断とpiRNA産生が繰り返されます。

図3 カイコの性決定カスケードのイメージ図。(拡大画像↗)
W染色体から作り出される29塩基の小分子RNAが性決定カスケードの最上流因子であることが明らかになりました。これはいままでに知られていない新規の性決定様式です。

カイコは日本の蚕糸業を支えてきた農業生物ですが、遺伝学の材料として重要な役割を果たしてきた側面もあります。実際、1906年に外山亀太郎博士によるカイコを用いた研究によって、動物において初めてメンデルの法則が成立することが示されました。また、1933年には、橋本春雄博士の研究によって、カイコが雌WZ、雄ZZという性染色体(注1)構成を持ち、 W染色体が雌を決定することが分かりました。ヒトを含む他の生物においてY染色体が性を決めることが明らかになったのは、それから20年以上後のことです。それから80年、ヒトや他の生物の性決定遺伝子は次々に明らかになりましたが、カイコのW染色体上にあると予想される仮想雌性決定遺伝子Feminizer (Fem)に関しては、これまでその実体を明らかにすることに成功していませんでした。カイコの性決定に関して現在までに分かっているのは、カイコのdoublesexホモログ遺伝子 (Bmdsx)が雌雄で異なるスプライシングを受け、雌雄で異なるタンパク質を作り出すこと、そしてそれが性決定カスケードの下流に位置していることでした。

カイコの雌性決定遺伝子Femの同定を困難にした原因は主に次にあげる3つであると言えます。
(1) カイコは雌では組換えが起こらない
そのために、通常、遺伝子同定に用いられるポジショナルクローニング法が利用できません。
(2) W染色体は反復配列の塊である
阿部広明博士らの研究により、Femが存在するW染色体はトランスポゾンをはじめとする反復配列が入れ子上に組合わさった構造を取っているため、W染色体全体の塩基配列を正確につなぎあわせることが非常に難しいことがわかりました。
(3) 性が決まる時期に雌雄を判別する方法がない
カイコの性は胚発生の初期に決定されると考えられていますが、その時期に雌雄を区別する方法が確立していません。

このような背景のもと、東京大学大学院農学生命科学研究科の勝間進准教授のグループは、2007年から「カイコの性決定遺伝子の解明」に取り組んできました。2011年には、W染色体由来の転写産物を初めて同定し、それらがトランスポゾンなどの利己的遺伝子から産生される小分子RNAであるPIWI-interacting RNA (piRNA) (注2)であることを明らかにしました。今回、カイコの性が決まる胚発生初期において雌雄で発現パターンが異なる転写物を同定することを試みました。まず、一つの卵からDNAとRNAを同時に調製し、そのDNAを用いてPCRによって雌雄を鑑定する方法を確立しました。次に、その雌雄鑑定済みのRNAを用いて、次世代シークエンサーによるRNAシークエンス解析を行いました。その結果、たった一つだけ常に雌でのみ発現している転写物を発見しました。その転写物は、カイコやカイコの祖先種とされるクワコのW染色体から産生され、タンパク質をコードするものではありませんでした。
 そこで、独自に構築したカイコpiRNAデータベースと照らし合わせたところ、この転写物は一つの雌特異的なpiRNAを作り出す前駆体であることがわかりました。このpiRNAが雌を決める因子であることを証明するために、このpiRNAの機能を阻害するRNAを設計しました。それをカイコの胚子に注射して、性決定カスケードの指標となるBmdsxのスプライシングパターンを調査したところ、雌において雄型のスプライシングパターンを示しました。この結果から、このpiRNAは雌性を決める最上流因子であると結論し、W染色体から作り出される前駆体RNAをFemと名付け、Femから作り出されるpiRNAをFem piRNAと呼ぶことにしました(図1参照)。

piRNAはハサミの役割をするPIWIタンパク質をトランスポゾンなどの利己的RNAに導くことで、自身の配列特異的にそれらの切断を引き起こします。そこでFem piRNAが切断する相手をバイオインフォマティクスを駆使して探しました。その結果、Z染色体上のタンパク質コード遺伝子から転写されるmRNAを切断することがわかりました。興味深いことに、切断されたmRNAからは新しいpiRNAが産生され、それがFem piRNAが結合しているPIWIタンパク質とは種類の異なるPIWIタンパク質と結合することで、Femを切断することがわかりました(図2参照)。これは、ピンポンサイクル(注3)と呼ばれるpiRNA増幅経路ですが、タンパク質を作るmRNAと作らないRNA間ではっきりとしたピンポンサイクルが存在することを実験的に証明したのは、本研究が初めての例となります。

雌の初期胚では、Fem piRNAとPIWIタンパク質の複合体によって、このZ染色体由来のmRNAが切断され、mRNA量が非常に低い状態になっていました。実際、RNA干渉法 (RNAi)により、人為的に雄でこの遺伝子の発現を低下させると、Bmdsxが雌型になることがわかりました。以上のことから、このZ染色体上の遺伝子は雄化遺伝子であり、Masculinizer (Masc)と呼ぶことにしました(図1参照)。この実験において私たちは2つの面白い現象を発見しています。1つは胚子でMascのmRNA量を低下させると、雄でのみ胚致死の表現型を示したことです。昆虫病理学では、昆虫の性が共生細菌によって操作されることが60年以上前から知られています。特にチョウ目昆虫においては、ヴォルバキア(注4)による「雄殺し」と呼ばれる現象が報告されています。雄の胚子におけるMascのmRNA量低下が類似した表現型をもたらすことから、これまで全くわからなかった共生細菌による性操作のターゲットがMascまたはその下流の因子ではないかと推測できました。現在、この可能性について検討しています。一方、MascのmRNA量を低下させた胚子を次世代シークエンサーで解析することで、Mascタンパク質が遺伝子量補正に関与する分子であることも明らかになりました(図1参照)。
 つまり、雄の胚子において、MascのmRNA量を低下させると致死になるのは、Z染色体における遺伝子量補正を実行できないことに原因があると考えられます。チョウ目昆虫における遺伝子量補正は、その存否が長きに渡り議論されてきました。本研究により、少なくとも初期胚において遺伝子量補正機構が存在し、それが性決定と密接に結びついていることが判明しました。

本研究成果を足がかりにして、カイコをはじめとするチョウ目昆虫の性操作技術の開発が期待されます。また、本研究で発見した性決定カスケードをターゲットとする新規害虫防除法の開発にもつながると考えられます。

本研究は、農林水産省のイノベーション創出基礎的研究推進事業「チョウ目昆虫における性操作技術の開発」(平成26年度より農林水産業・食品 産業科学技術研究推進事業に移管され引き続き研究を実施中)、および文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「非コードRNA作用マシナ リー」による支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「Nature」(オンライン版の場合:5月15日)
論文タイトル
A single female-specific piRNA is the primary determiner of sex in the silkworm(カイコの性はたった一つの雌特異的piRNAによって決定される)
著者
Takashi Kiuchi, Hikaru Koga, Munetaka Kawamoto, Keisuke Shoji, Hiroki Sakai, Yuji Arai, Genki Ishihara, Shinpei Kawaoka, Sumio Sugano, Toru Shimada, Yutaka Suzuki, Masataka G. Suzuki, and Susumu Katsuma
DOI番号
10.1038/nature13315
フルテキスト
http://www.nature.com/nature/journal/vaop/ncurrent/pdf/nature13315.pdf

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 昆虫遺伝研究室
准教授 勝間進
Tel:03-5841-8994
Fax:03-5841-8993
研究室URL:http://papilio.ab.a.u-tokyo.ac.jp/igb/

用語解説

注1 性染色体
性決定に関与する染色体のこと。例えば、ヒトは雄が異なる2つの性染色体(X染色体とY染色体)を持ち、雌が相同な性染色体の対を持つ(X染色体が2本)雄ヘテロ型である。一方、カイコのような雌ヘテロ型の性染色体構成を持つ場合、雌がWZ、雄がZZという表記をする。
注2 PIWI-interacting RNA (piRNA)
小分子RNAの一つであり、生殖組織(細胞)に多く存在する。 RNA切断活性を持つPIWIタンパク質と結合して、相補的な配列を持つ利己的遺伝子(トランスポゾンなど)由来のRNAを切断する。
注3 ピンポンサイクル
piRNA産生経路の一つ であり、2つの異なるPIWIタンパク質が関与する(カイコの場合はSiwiとBmAgo3)。カイコの場合、piRNAとSiwiの複合体がトランスポゾンmRNAを切断すると、切断された方は異なるPIWIタンパク質であるBmAgo3と結合する。その後、成熟型のpiRNAとなり、BmAgo3との複合体がもとのpiRNA前駆体となるトランスポゾンmRNAを切断する。このサイクルが繰り返されることで、トランスポゾンmRNAが分解され、それと同時にpiRNAの産生も行われる(図2参照)。
注4 ヴォルバキア
ヴォルバキアはα-proteobacteriaに属するリケッチアに近縁な細胞内共生微生物であり、昆虫で広く感染が認められている。ヴォルバキアの唯一の感染経路は卵細胞質を通じた母子感染であるため、宿主の生殖システムを様々な方法で操作することで次世代への感染拡大を図っている。そのうちの一つが「雄殺し」と呼ばれる現象であり、アズキノメイガにおける例が報告されている(http://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/2012/20120106-1.html)。
注5 遺伝子量補正
雌雄における性染色体数の不均等から生じる遺伝子の発現量の差を、雌雄で等しくなるように調節する機構のこと。例えば、ヒトでは雌で2本あるX染色体のうちの片方を不活化することでバランスを維持しているが、同じ雄XY/雌XXの性染色体構成を持つキイロショウジョウバエでは、遺伝子量補正の分子機構は大きく異なっている。