発表者
五十嵐 圭日子(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 准教授)
内橋 貴之(金沢大学理工研究域 数物科学系/バイオAFM先端研究センター 准教授)
内山 拓(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 特任研究員)
杉本 華幸(新潟大学農学部応用生物化学科 助教)
和田 昌久(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 准教授)
       (現:京都大学大学院農学研究科 森林科学専攻 准教授)
鈴木 一史(新潟大学農学部応用生物化学科 准教授)
作田 庄平(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
安藤 敏夫(金沢大学理工研究域 数物科学系/バイオAFM先端研究センター 教授)
渡邉 剛志(新潟大学農学部応用生物化学科 教授)
鮫島 正浩(東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 教授)

発表のポイント

◆エビやカニの殻に含まれる「キチン(注1)」を分解する酵素が、結晶性キチンの表面を分解しながら動く様子を観察することに、世界で初めて成功しました。

◆2種類のキチン分解酵素が、それぞれ反対方向に進みながら非常に長い分子であるキチンを分解することで、分解の効率を高めていることがわかりました。

◆キチンは自然界において大量に作られますが、現在ほとんど利用されていないため、本成果はキチンを分解して利用するための技術を開発する上で重要な情報です。

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の五十嵐圭日子(きよひこ)准教授と鮫島正浩教授、新潟大学の渡邉剛志教授と鈴木一史准教授、杉本華幸助教、金沢大学の安藤敏夫教授および内橋貴之准教授の研究グループは、高速原子間力顕微鏡(HS-AFM、注2)を用いて、キチンを分解する酵素(キチナーゼ)がキチンを分解する様子を世界で初めて可視化しました。また、今回観察した2種類のキチナーゼ(キチナーゼAとキチナーゼB)は、それぞれキチンの表面を逆走しながら分解していることがわかりました。
 キチナーゼAとキチナーゼBがキチンの表面を移動する速度は、キチナーゼAが秒速71nm(ナノメートル、100万分の1ミリ)、キチナーゼBが秒速47nmでした。キチンを構成しているジアセチルキトビオースの長さが約1nmであることを踏まえると、キチナーゼAは1秒間に71回、キチナーゼBは1秒間に47回も反応している計算となります。これまでに同研究グループが調べてきた多くのセルロース分解酵素(セルラーゼ)の速度が、1秒間に10回程度であった結果と比較すると、キチナーゼの分解速度はきわめて速いことがわかります。
 キチンは、エビやカニなどの甲殻類の殻に含まれる物質として一般的によく知られており、その他にも、昆虫や軟体動物、菌類などに広く存在します。キチンは植物の細胞壁を構成するセルロース(注3)に次いで地球上に豊富に存在する生物資源ですが、これまでほとんど利用されてきませんでした。キチナーゼが働く様子を視覚的に捉えたことによって、キチナーゼの理解が深まり、このような知見を基にキチンの分解酵素を上手に利用できる技術を開発できれば、キチンを新たな生物資源として利用できる可能性が高まります。

発表内容

図1 キチナーゼA(ChiA)とキチナーゼB(ChiB)の三次元構造を比較すると、ChiA、ChiBともにキチンを分解するタンパク質部分(GH18ドメイン)は同じ方向で付いているが、図中でとがった部分(ChiAではFn3ドメイン、ChiBではCBM5ドメイン)がGH18ドメインの逆側に付いているために、動きが反対になると考えられてきた。今回の実験では高速原子間力顕微鏡によって二つの酵素がキチンの表面を逆方向に進みながら分解していることが観察され、その仮説が証明された。(拡大画像↗

図2 キチナーゼA、キチナーゼBおよびセルラーゼ(TrCel7A)の移動速度の分布を比較するとキチナーゼがセルラーゼより速いことがわかる。キチンは「高速」で「双方向」から分解が行われることが、今回の実験で明らかとなった。(拡大画像↗

キチンは、エビやカニなどの殻として普段の生活でも比較的身近な物質ですが、その他にも昆虫の外皮、カビやキノコ、珪藻の細胞壁として、地球上のさまざまな生物に含まれている多糖です。アセチルグルコサミンが数千から数万個つながってキチン分子を作り、さらにそれらが束になって、キチン繊維を作ります。植物が自分の体を支えるためにセルロースの繊維を使っているのに対して、エビやカニ、昆虫などの節足動物では体のまわりをキチンの繊維からできた殻(外骨格とよばれています)で覆うことで体を硬くしています。セルロースとキチンは、生物資源(バイオマス)として莫大な量が地球上に存在しますが、どちらも「化学的に安定で硬い」という共通の性質を持っているため、溶かして成分を取り出すことを難しくしています。私たちがキチンやセルロースを溶かして利用しようとすると、高温で化学処理をしたり、強酸で煮たりしないといけないため、科学が進展した現代でも、キチンやセルロースを他の物質に変換して利用する技術はほとんど実用化されていません。ところが自然界に目を向けてみると、たとえばエビやカニの殻で海があふれることはありませんし、森で倒れた木もいつの間にか朽ちて無くなってしまいます。これはキチンやセルロースを分解できる酵素を持った微生物が、キチンやセルロースを溶かして栄養源としているからです。このような分解酵素をうまく利用できれば、キチンやセルロースなどの「未利用バイオマス」を人間社会で使える可能性が高まります。

今回、キチンを栄養源とすることができるSerratia marcescensというバクテリアが、キチンを分解するときに使う2種類の酵素(キチナーゼAとキチナーゼB、図1)を使いました。このバクテリアと酵素は、新潟大学が長年にわたって研究してきたものです。また、2種類の酵素が結晶性のキチンを分解する様子は、金沢大学で開発された高速原子間力顕微鏡(High Speed Atomic Force Microscopy, HS-AFM)と呼ばれる特殊な顕微鏡によって観察しました。この顕微鏡は、さまざまな分子を直接観察できる上に、一枚の画像を1/100秒もの速さで撮影できるところが特徴です。キチンのサンプルとしては、深海に生息するサツマハオリムシの体の周りの棲管(注4)から調製した結晶性のβ(ベータ)キチンを用いました。

東京大学と金沢大学は、すでに高速原子間力顕微鏡を使って結晶性セルロースを分解する酵素(セルラーゼ)を観察することに成功していましたが、今回の観察ではキチナーゼがセルラーゼと比較してとても速く動いていたため、セルラーゼの実験に使った解析法を使うことができませんでした。そこで、キチナーゼの動きを追うための新たな画像解析手法を開発し、キチナーゼの動きを解析しました。その結果、キチナーゼAが1秒間に71nm、キチナーゼBが47nmと、セルラーゼがセルロースを分解する速度(1秒間に10nm程度)と比較して、非常に速いことがわかりました(図2)。キチナーゼやセルラーゼの分子の長さは約10nm程度なので、これを車長が5mの自動車と考えると、スケール速度はキチナーゼAが130km/h、キチナーゼBが85km/hなのに対して、セルラーゼは18km/hということになります。また、セルラーゼ分子はセルロース表面で「渋滞」を起こしてしまうことが知られていましたが、キチナーゼではそのような現象は観察されませんでした。

過去に行った2種類のセルラーゼ(TrCel6ATrCel7A)を混ぜた実験では、セルロース分解は一方向であったのに対して、キチナーゼAとキチナーゼBを混ぜると双方向に進む分子の様子が観察されました。これまでもキチナーゼAではFn3ドメイン、キチナーゼBではCBM5ドメインが、キチンを分解するGH18ドメインに対して逆向きに付いている(図1)ことから、二つの酵素は逆方向に分解するのではないかと考えられてきましたが、実際に逆方向に反応している分子の動きを捉えることができたのは、今回が初めてです。

これらの結果から、キチナーゼAとキチナーゼBはキチンの表面を「高速」で「双方向」に動きながら分解していることが明らかとなりました。これまでの研究結果から、セルラーゼが渋滞等の影響で都内の一般道を走る車のように遅いことがわかっていましたが、キチナーゼがまるで高速道路を移動する車のようにスムーズに移動できるために分解活性が高いということが、今回の実験でわかりました。

キチンやセルロースは自然界に最も豊富に存在するバイオマスですが、未だに資源として利用できていません。これらのバイオマスをさまざまな物質に変換する技術開発は、資源の乏しい日本では非常に重要です。化石資源に頼らない循環型社会の構築のためにも、キチンやセルロースを原料として医薬品や食料、各種素材や燃料などを作る研究を今後も推し進めます。 なお、本研究で使用されたサツマハオリムシ(Lamellibrachia satsuma)は、(独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)の無人探査機「ハイパードルフィン」によって採取されたものです。

また、本研究の一部は、日本学術振興会の科学研究費補助金新学術領域研究「植物細胞壁の情報処理システム」(領域代表:東北大学 西谷和彦 教授)、「少数性生物学:個と多数の狭間が織りなす生命現象の探求」(領域代表:大阪大学 永井健治 教授)、「生命分子システムにおける動的秩序形成と高次機能発現」(領域代表:自然科学研究機構 加藤晃一 教授)「理論と実験の協奏による柔らかな分子系の機能の科学」(領域代表:理化学研究所 田原太平 主任研究員)、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)(研究代表者:五十嵐圭日子)、基盤研究(A)(研究代表者:内橋貴之)、科学技術振興機構 先端的低炭素化技術開発(ALCA)(研究代表者:五十嵐圭日子)の補助を受けたものです。深く感謝いたします。

発表雑誌

雑誌名
「Nature Communications」(オンライン版:6月4日)
論文タイトル
Two-way Traffic of Glycoside Hydrolase Family 18 Processive Chitinases on Crystalline Chitin
著者
*†Kiyohiko Igarashi(五十嵐圭日子)、*Takayuki Uchihashi(内橋貴之)、Taku Uchiyama(内山 拓)、Hayuki Sugimoto(杉本華幸)、Masahisa Wada(和田昌久)、Shohei Sakuda(作田庄平)、Kazushi Suzuki(鈴木一史)、Toshio Ando(安藤敏夫)、†Takeshi Watanabe(渡邉剛志)、Masahiro Samejima(鮫島正浩)
*共同筆頭著者、†責任著者
DOI番号
10.1038/ncomms4975
アブストラクト
http://www.nature.com/ncomms/2014/140604/ncomms4975/abs/ncomms4975.html#abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 森林化学研究室
准教授 五十嵐 圭日子 (いがらし きよひこ)
Tel:03-5841-5258
Fax:03-5841-5273
E-mail:aquarius@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 キチン
N-アセチルグルコサミン(ぶどう糖の水酸基の一つがアセトアミド基に変化した糖)が直鎖状につながった多糖で、エビやカニなどの甲殻類の「殻」に含まれる物質として一般的によく知られています。その他にも、昆虫や軟体動物、菌類など広く存在することが知られており、セルロースに次いで地球上に豊富に存在する生物資源(バイオマス)です。しかし、セルロースと同じように分解性が低いため、これまで未利用バイオマスとして位置づけられてきました。近年キチンから得られるオリゴ糖やグルコサミンの機能性が報告されてきており、キチンを分解してさまざまな物質に変換する技術開発が望まれてきています。
注2 高速原子間力顕微鏡
原子間力顕微鏡は探針(プローブ)を観察対象の表面に沿って走査することで観察対象の形の情報(画像)を得る顕微鏡です。しかしながら従来の原子間力顕微鏡は1画像取得するのに数分を要していたため、対象物の変化をリアルタイムで追うことは困難でした。金沢大学の安藤敏夫教授らのグループは、さまざまな改良を行うことで走査の高速化に成功し、リアルタイムで画像が撮れる高速原子間力顕微鏡を世界で初めて開発しました。
注3 セルロース
グルコース(ブドウ糖)が直鎖状につながった多糖で、植物細胞壁の約半分を占める物質です。地球上で、最も豊富に存在する有機物であり、植物によって二酸化炭素と水から光合成によって作り出されるため、再生可能なバイオマスとしての利用が望まれています。
注4 棲管
主に海洋生物が身体の周囲に作る管状の巣。サツマハオリムシがつくる棲管は、非常に結晶性の高いキチンでできていることが知られています。