発表者
潮 秀樹(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 教授)
北澤 大輔(東京大学生産技術研究所 准教授)
金平 誠(東京大学生産技術研究所 特任研究員)
水上 洋一(東京大学生産技術研究所 シニア協力員)
金子 豊二(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 教授)
渡邊 壮一(東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 助教)
宇田川 純一(ニチモウ株式会社 取締役 執行役員 資材事業本部長)
木下 弘実(ニチモウ株式会社 研究開発室 室長 西日本ニチモウ株式会社 社長)
伊藤 翔(ニチモウ株式会社 研究開発室)
武内 要人(ニチモウ株式会社 海洋営業部)
戸川 富喜(株式会社ニチモウマリカルチャー)
北出 武徳(株式会社ニチモウマリカルチャー)
小野 秀悦(宮城県漁業協同組合 理事)
鈴木 正文(宮城県漁業協同組合女川支所)

発表のポイント

◆海水温上昇のため出荷時期が7月中に限られていた養殖ギンザケを、生簀(いけす)を低水温域に沈下させることで8月中旬に出荷することに成功した。

◆市場におけるサケ類の出荷がない閑散期の8月中旬に、国産の生鮮サケ類を消費者に提供する技術として期待される。

◆ギンザケと同様に、温暖化による海水温上昇が問題となっている養殖魚種においても、同様なシステムの適用が期待される。

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の潮秀樹 教授らの研究グループは、海水温上昇のために出荷時期が7月中に限られていた養殖ギンザケを、生簀(いけす)を低水温域に沈下させるシステムを新たに開発して、市場におけるサケ類の出荷がない閑散期の8月中旬に出荷することに成功しました。
 本成果は市場における生鮮サケの出荷閑散期に安心・安全な国産の生鮮サケ類を消費者に届けるシステムとして期待されるほか、温暖化による海水温上昇が問題となっているギンザケ以外の魚類養殖においても本システムの適用が期待されます。
 なお、本成果は文部科学省海洋生態系研究開発拠点機能形成事業東北マリンサイエンス拠点形成事業(新たな産業の創成につながる技術開発)「東北サケマス類養殖事業イノベーション」共同研究グループによるものです。

発表内容

図1 今回開発した、ギンザケ用浮沈式生簀システム。上、浮上時;下、沈下後。(上部拡大画像↗(下部拡大画像↗

図2 試験海域における水温の鉛直分布(2014年5月25日~9月3日)。生簀を沈下させると8月中旬以降まで生簀内の水温をギンザケの生息限界温度(21℃)以下に保つことができる。(拡大画像↗)

図3 今回開発した浮沈式生簀の模式図。(拡大画像↗)

養殖ギンザケの出荷時期は4月から7月中に限られています。これは、夏季から海水温が上昇し、8月にはギンザケが生息可能な水温を超えるためでした。さらに、昨今の地球温暖化のために海水温は上昇を続けており、ギンザケの養殖環境は一層厳しくなっています。このため、国産の生鮮サケ類市場では、シロサケ(秋サケ)の出荷が始まる8月下旬までの約1か月は閑散期となります。

東京大学大学院農学生命科学研究科の潮秀樹 教授らの研究グループは、東北地方の産業復興の一助とするため、海洋の成層(注1)構造を利用し、8月上旬から下旬までの閑散期におけるギンザケ出荷を可能とする技術およびシステムの開発に取り組んできました。養殖魚を飼育したまま生簀を沈下させたり、浮上させたりすることのできる浮沈式生簀(注2)はこれまでも多くの形式のものが開発されてきましたが、施設費や運用費が非常に高価であるため、クロマグロのような高価な魚種のみに使用可能であり、ギンザケのような比較的安価な魚種には使用できませんでした。今回本研究グループは、ギンザケ用浮沈式生簀システム(図1)を新たに開発し、ギンザケの8月中旬出荷を可能としました。

通常の生簀が存在する水深では、海水温が、ギンザケが正常に生息できる上限温度の21℃を8月上旬には超過します(図2)。このため、ギンザケの出荷がこの時期までに集中し、市場における魚価の低下にもつながっていました。今回開発した浮沈式生簀システムを用いて海面から生簀上部まで約10m程度の深さに生簀を沈下させると、生簀内の水温が、ギンザケが正常な生息が可能な温度まで低下して養殖期間を延長することができました。

市場における閑散期に安心・安全な国産の生鮮サケ類を消費者に届けるシステムとして期待されるほか、温暖化による海水温上昇のために養殖場所や養殖期間が制限されるギンザケ以外の魚類養殖においても本システムの適用が期待されます。

本成果は、文部科学省海洋生態系研究開発拠点機能形成事業東北マリンサイエンス拠点形成事業(新たな産業の創成につながる技術開発)「東北サケマス類養殖事業イノベーション」の共同研究グループ(研究代表:東京大学大学院農学生命科学研究科 潮秀樹 教授;共同研究者:東京大学生産技術研究所 北澤大輔 准教授、金平誠 特任研究員および水上洋一 シニア協力員;東京大学大学院農学生命科学研究科 金子豊二 教授および渡邊壮一 助教;ニチモウ株式会社 宇田川純一、木下弘実、伊藤 翔および武内要人;株式会社ニチモウマリカルチャー 戸川富喜および北出武徳;宮城県漁業協同組合 小野秀悦 理事;宮城県漁業協同組合女川支所 鈴木正文)によるものです。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 水圏生物科学専攻 水産化学研究室
教授 潮 秀樹 (うしお ひでき)
Tel:03-5841-7520
Fax:03-5841-8166
研究室URL:http://mbl.fs.a.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

注1 成層
海洋では、重力の影響を受けて、密度の小さい海水が密度の大きい海水の上にある状態が保たれます。春季から秋季にかけて、表面の海水温度が上昇すると、表層水の密度が小さくなりますが、底層水の温度上昇は遅れるため、その密度は相対的に高くなります。その結果、異なる温度の海水が深さ方向に層状に分かれる成層が形成されます。成層は、一時的に、風による流れや気温の低下に伴う混合によって弱まることもありますが、強い日射と高い気温が続くと再び安定化します。今後は、温暖化に伴って成層が強くなる可能性があります。
注2 浮沈式生簀
生簀は、通常海水面に設置されます。海水面では波からの力を受けて破損しやすいため、生簀は内湾の穏やかな海域に設置されています。日本国外では、より開放的で、波浪の高い海域で養殖を行うために、浮沈式生簀の開発が行われています。生簀を沈下させることによって、波からの力を大幅に軽減できることを利用したものです。生簀の浮沈は、通常、生簀に取り付けられているポリエチレンパイプやタンク内の水と空気を置換することによって行われます。長さが10m規模の生簀であれば比較的容易に浮沈できますが、生簀が大型化すると、水と空気の置換が不十分となり、円滑に浮沈させることが難しくなります。米国では、スパー(鉄製のパイプ)を用いて、水と空気の置換により安定的に浮沈させる技術が開発されましたが、高価であり、あまり普及していません。本研究では、ポリエチレンパイプ内部に可撓性ホースを配し、ホース内部の給排気によって、生簀を円滑に浮沈できる技術を開発しました(図3)。浮沈式生簀は、本研究では水温調節として利用しましたが、台風通過による荒天、高濁度水の流入、有害藻類の大量発生などの一次的な脅威からの回避にも有効である可能性があります。