発表者
岩間 亮(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士課程2年、日本学術振興会特別研究員 DC-1)
小林 哲(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士研究員、当時)
太田 明徳(中部大学応用生物学部応用生物化学科 教授)
堀内 裕之(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 准教授)
福田 良一(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 助教)

発表のポイント

◆酵母Yarrowia lipolyticaにおいて石油成分のn-アルカン資化に関わる4種類のアルデヒド脱水素酵素(FALDH)を発見しました。

◆FALDHは菌類から哺乳類まで保存されていますが、今回の結果によりFALDHの新たな生理的役割が明らかになりました。

Y. lipolyticaの脂質代謝経路の解明により、本酵母を用いた新たな有用脂質生産系の構築への応用が期待されます。

発表概要

Yarrowia lipolytica(注1)は、アルコール醸造やパン作りに利用される酵母Saccharomyces cerevisiaeなどと異なり、石油成分であるn-アルカン(注2)や油脂などの脂質を炭素源およびエネルギー源として利用するユニークな能力を持つ酵母です。東京大学大学院農学生命科学研究科の堀内裕之准教授、福田良一助教らの研究グループは、Y. lipolytican-アルカンを代謝する過程で脂肪族アルデヒドを酸化して脂肪酸に変換する反応に、4種の脂肪族アルデヒド脱水素酵素(FALDH)、Hfd1p〜Hfd4pが関わることを発見しました。FALDHは菌類から動物まで広く保存された酵素で、これまで膜脂質の合成やシグナル伝達に利用されるスフィンゴシン1-リン酸(S1P)の代謝やクロロフィル由来のフィトールの代謝に関わることが知られていましたが、今回の発見でFALDHの新たな生理的役割が明らかになりました。Y. lipolyticaは、脂質を資化(注3)するだけでなく、脂質を合成、蓄積する高い能力も持っており、実際に米国では本酵母を用いた多価不飽和脂肪酸生産が実用化されています。Y. lipolyticaの脂質代謝経路が解明されることにより、石油や油脂の新たな生物変換系や有用脂質生産系が開発されることが期待されます。

発表内容

図1 Y. lipolyticaにおけるn-アルカンの代謝経路
細胞内に取り込まれたn-アルカンは小胞体でシトクロムP450ALKによって水酸化された後、小胞体またはペルオキシソームで脂肪族アルデヒドに酸化されます。脂肪族アルデヒドはFALDHにより脂肪酸に酸化された後、アシルCoA合成酵素(ACS)によって活性化され、脂質合成に利用されるか、β酸化経路で資化されます。 (拡大画像↗)

図2 酵母の脂肪族アルデヒド脱水素酵素の系統樹
酵母の脂肪族アルデヒド脱水素酵素のアミノ酸配列を基に作成した系統樹。n-アルカンを資化できないS. cerevisiae、Kluyveromyces lactis、Komagataella pastoris、Ogataea parapolymorphaのアルデヒド脱水素酵素を黒色で、Y. lipolyticaの脂肪族アルデヒド脱水素酵素を赤色で、n-アルカンの資化能を持つCandida tropicalis、Debaryomyces hanseniiの脂肪族アルデヒド脱水素酵素を青色で示しています。n-アルカンを資化する能力を持つ一部の酵母では進化の過程で脂肪族アルデヒド脱水素酵素遺伝子が多重化したと考えられます。スケールバーは、1アミノ酸残基あたり0.05回のアミノ酸置換が起こったと推定される進化的距離を表します。 (拡大画像↗)

出芽酵母S. cerevisiaeとその近縁の酵母は古くからアルコール醸造やパン作りを介して人類の役に立ってきました。またS. cerevisiaeと分裂酵母Schizosaccharomyces pombeは真核生物のモデル生物として生命科学研究の発展に大きく貢献してきました。一方で、酵母には100以上の属、1,000を超える種が発見されており、S. cerevisiaeS. pombeには見られない有用な形質や生物学的に興味深いユニークな性質を持つ酵母も存在します。炭素数が10〜14のn-アルカンは、S. cerevisiaeには強い毒性を示しますが、本研究の対象であるY. lipolyticaはそれを炭素源およびエネルギー源として利用して生育することができます。またこの酵母は、その他にも油脂や長鎖アルコール、長鎖アルデヒドなどの疎水性化合物も資化する能力も持っています。これらの性質からY. lipolyticaは、疎水性化合物を材料とした有機酸や香料の生産への利用に向け研究されています。また、脂質を生産し蓄積する高い能力も持つことから、有用脂質生産への応用も期待されており、実際に米国では、Y. lipolyticaを用いたエイコサペンタエン酸の生産系が開発され、実用化されています。

今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の堀内裕之准教授、福田良一助教らの研究グループは、Y. lipolytican-アルカンを代謝する過程で生じる脂肪族アルデヒドを酸化して脂肪酸に変換する酵素としてHfd1p〜Hfd4p と名づけた4種類のFALDHを発見しました(図1)。これらをコードする遺伝子を全て破壊した変異株はn-アルカンを代謝できなくなりました。また、Hfd1p〜Hfd4pの組換えタンパク質を用いて試験管内で反応を行ったところ、実際にこれらのタンパク質が脂肪族アルデヒドを酸化する活性を持つことが明らかになりました。さらにこれらのタンパク質が酵母細胞内のどこに局在するかを緑色蛍光タンパク質との融合タンパク質を作製して調べ、Hfd3pはペルオキシソーム(注4)に局在するのに対して、Hfd1pは小胞体(注4)とペルオキシソームの両方に局在すること、またHfd2pには小胞体とペルオキシソームの両方に局在するHfd2Apとペルオキシソームに局在するHfd2Bpの2種類が存在し、これらは1つの遺伝子からRNAスプライシング(注5)の違いによって合成されることを明らかにしました。

FALDHは菌類から動物まで保存されている酵素で、その生理的役割としては、S. cerevisiaeと哺乳類では膜脂質の合成やシグナル伝達に利用されるS1Pの分解過程で生成するアルデヒドの酸化に関わることが明らかにされていました。また哺乳類では、食餌中のフィトールの代謝や脂質の過酸化に伴う酸化ストレスからの保護などに関わることも知られていました。これらの生理的な役割に加えて、本研究の結果からY. lipolyticaはFALDHをn-アルカンの代謝に利用していることが明らかになりました。

n-アルカンを代謝できないS. cerevisiaeはFALDHを1種類持ち、それをS1Pの代謝に利用していますが、n-アルカンの資化能を持つ他の酵母の多くもY. lipolyticaと同様に複数のFALDHを持っています(図2)。また、Y. lipolyticaを含めn-アルカン資化能を持つ酵母では、n-アルカンは初めにシトクロムP450ALKによってアルコールに変換されますが、シトクロムP450ALK遺伝子も多重化していることが明らかになっています。酵母がその共通祖先からどのように進化して多様化したかは大変興味深い問題ですが、一部の酵母はn-アルカンの資化能を獲得する過程で毒性のあるn-アルカンや脂肪族アルデヒドを効率よく処理するためにその代謝に関わる遺伝子を多重化させ進化してきた可能性が考えられます。

上で述べたとおり、Y. lipolyticaは産業微生物として優れた特性を持っています。本酵母の脂質代謝経路の解明は、脂質の微生物変換や有用脂質の合成に貢献すると期待されます。また、石油により汚染された土壌等の効率的な浄化法の開発につながることも期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「The Journal of Biological Chemistry」(289巻、(2014年)、33275ページ)
論文タイトル
Fatty Aldehyde Dehydrogenase Multigene Family Involved in the Assimilation of n-Alkanes in Yarrowia lipolytica
著者
Ryo Iwama1, Satoshi Kobayashi1, Akinori Ohta2, Hiroyuki Horiuchi1, and Ryouichi Fukuda1
1 東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻
2 中部大学応用生物学部応用生物化学科
DOI番号
10.1074/jbc.M114.596890
論文URL
http://www.jbc.org/content/289/48/33275.abstract

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 細胞遺伝学研究室
准教授 堀内 裕之(ホリウチ ヒロユキ)
Tel:03-5841-5170
Fax:03-5841-8015
助教 福田 良一(フクダ リョウイチ)
Tel:03-5841-5178
Fax:03-5841-8015
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/cell-gene/index.html

用語解説

注1 Yarrowia lipolytica
子嚢菌類に属するn-アルカンを資化する能力を持つ酵母。チーズやソーセージなど脂質やタンパク質に富む環境からよく単離される。
注2 n-アルカン
CnH2n+2で表される直鎖状の飽和炭化水素であり、主に石油に含まれる。一部の酵母は炭素鎖長10〜18のn-アルカンを資化できる。
注3 資化
微生物がその物質を栄養として生育に利用すること。
注4 ペルオキシソーム、小胞体
真核細胞の一重の膜で囲まれた細胞小器官。ペルオキシソームでは、脂肪酸の酸化などの酸化反応やそれに伴って生成する過酸化水素の処理が行われる。小胞体では分泌タンパク質や膜タンパク質の合成と糖鎖修飾、脂質の合成、シトクロムP450による代謝反応などが行われる。
注5 RNAスプライシング
真核生物において、転写により合成されたRNAからアミノ酸配列情報を持たない領域が除かれ、アミノ酸配列情報を持つ領域が結合する過程をスプライシングという。