発表者
吉田 彩子(東京大学生物生産工学研究センター 特任助教)
富田 武郎(東京大学生物生産工学研究センター 助教)
藤村 務(順天堂大学医学部 准教授)
西山 千春(東京理科大学基礎工学部 教授)
葛山 智久(東京大学生物生産工学研究センター 准教授)
西山 真(東京大学生物生産工学研究センター 教授)

発表のポイント

◆高度好熱菌(注1)における新規リジン生合成経路の酵素LysZとアミノ基結合キャリアタンパク質(注2)LysWの複合体の結晶構造を決定しました。

◆酸性タンパク質LysWを基質のアミノ基の保護基、また効率的な生合成を可能にするキャリアタンパク質として利用する新規なリジン生合成機構を構造生物学的に明らかにしました。

◆LysWを用いるリジンをはじめとするアミノ酸生合成機構や進化の理解につながる知見をもたらします。

発表概要

高度好熱菌Thermus thermophilusは他の一般的な細菌とは異なり、LysWという54アミノ酸からなるタンパク質を用いる新規な経路でリジンを生合成します。LysWは生合成中間体であるαアミノアジピン酸(AAA)のアミノ基の保護基として働くとともに、各生合成酵素と相互作用することでリジン生産を効率化するキャリアタンパク質としても働くことが示唆されてきました。今回、東京大学生物生産工学研究センターの西山真教授のグループは、順天堂大学医学部、東京理科大学基礎工学部との共同研究により、生合成中間体AAAとアミノ基保護タンパク質LysWが結合したLysW-AAAと、生合成酵素LysZとLysWの複合体の立体構造をX線結晶構造解析により決定することに成功しました。複合体構造では、LysZの正電荷を持つ表面で負に帯電したタンパク質LysWと相互作用しており、LysWがアミノ基の保護基としてだけでなく、基質の受け渡しをスムーズに行うためのキャリアタンパク質としても働いていることを、構造生物学的に証明しました。この研究成果は、LysWの他の生合成酵素による認識機構や、LysWシステムを用いるリジンをはじめとするアミノ酸生合成機構や進化を理解するうえで重要な構造基盤を与えます。

発表内容

図1 高度好熱菌T. thermophilusのリジン生合成経路(拡大画像↗)

図2 アミノ基保護キャリアタンパク質LysWとAAAの結合したLysW-AAAの結晶構造(拡大画像↗)

図3 リジン生合成酵素LysZとLysWの複合体結晶構造
赤色は負に帯電している領域、青色は正に帯電している領域(拡大画像↗)

リジンの生合成経路には一般にアスパラギン酸を初発物質としてジアミノピメリン酸を経由する経路と、2-オキソグルタル酸からαアミノアジピン酸(AAA)を経由する経路が知られており、バクテリアでは前者の経路が広く分布しています。当研究グループでは、これまでに高度好熱菌Thermus thermophilusがバクテリアでありながら、AAAを経由するこれまでに知られた経路とは異なる新規な経路でリジンを生合成することを明らかにしています。この新規リジン生合成経路では54アミノ酸からなるLysWというタンパク質が、生合成中間体の分子内環化を防ぐためのアミノ基の保護修飾基として働くことを示してきました(図1)(Nat. Chem. Biol. (2009))。また、LysWは負に帯電したタンパク質であり、各生合成酵素が塩基性領域を持つため、基質と結合したLysWが生合成酵素と静電的な相互作用をし、基質のキャリアタンパク質として働き各生合成酵素間での基質の受け渡しを容易にすることでリジン生合成を効率化していることが示唆されていました。

今回、リジン生合成経路におけるLysWのアミノ基の保護修飾基かつキャリアタンパク質としての働きを証明するため、AAAのアミノ基とLysWが結合したLysW-AAA及び、AAA以降二番目のリン酸化反応を触媒するLysZとLysWとの複合体の立体構造をX線結晶構造解析により決定しました。その結果LysW-AAAの結晶構造から、AAAのアミノ基が確かにLysWのC末端グルタミン酸残基の側鎖カルボキシル基とイソペプチド結合を形成し、LysWがAAAのアミノ基の保護タンパク質として働くことが構造生物学的に示されました(図2)。また、LysZとLysWの複合体の結晶構造から、LysZの正電荷を帯びた表面で、負電荷に覆われたLysWと静電的に相互作用していることが明らかになりました(図3)。このLysZとLysWの静電相互作用は、等温滴定カロリメトリー(注3)を用いた実験及びLysZにおける酸性アミノ酸残基の改変体の機能解析からも確認されました。以上より、LysWがT. thermophilusのリジン生合成において、AAAのアミノ基保護タンパク質としてだけでなく、各生合成酵素によって静電的に認識されることで効率的なリジン生合成を可能にする基質のキャリアタンパク質として働くことを構造生物学的に実証することができました。

近年、このLysWを用いた生合成システムが主に好熱性のバクテリア、古細菌を中心に広く存在することがゲノム情報より示唆されており、古細菌Sulfolobus acidocaldariusではリジンだけでなくアルギニンの生合成にもかかわることが当研究グループによって見いだされています(Nat. Chem. Biol. (2013))。本研究はLysWシステムを用いたリジンをはじめとしたアミノ酸生合成経路の発見や、その生合成機構や進化を理解する上での基盤となると考えられます。今後、他の生合成酵素とLysWを含む生合成中間体との相互作用様式を明らかにし、より詳細なLysWを介した生合成システムの理解が期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「Journal of Biological Chemistry」(Vol. 290, No. 1, pp. 435-447 2015年1月2日掲載)
論文タイトル
Structural Insight into Amino group-Carrier Protein-mediated Lysine Biosynthesis
著者
Ayako Yoshida, Takeo Tomita, Tsutomu Fujimura, Chiharu Nishiyama, Tomohisa Kuzuyama and Makoto Nishiyama
DOI番号
10.1074/jbc.M114.595983
論文URL
http://www.jbc.org/content/290/1/435.abstract

問い合わせ先

東京大学生物生産工学研究センター 細胞機能工学研究分野
教授 西山 真
Tel:03-5841-3074
Fax:03-5841-8030
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biotec-res-ctr/saiboukinou/

用語解説

注1 高度好熱菌
55℃以上で生育可能な微生物
注2 キャリアタンパク質
目的の化合物を効率よく運ぶための輸送タンパク質
注3 等温滴定カロリメトリー
物質同士が結合するときに生じる熱量変化を測定する手法。相互作用の結合定数やエンタルピー、エントロピー変化を観察することができる。