発表者
堀 千明(東京大学大学院農学生命科学研究科 ※現所属は理化学研究所)
石田 卓也(東京大学大学院農学生命科学研究科)
五十嵐 圭日子(東京大学大学院農学生命科学研究科)
鮫島 正浩(東京大学大学院農学生命科学研究科)

発表のポイント

◆木材腐朽菌の一種であるPhlebiopsis giganteaの全ゲノム配列を解読し、比較オミクス解析(注1)を行いました。

◆木材の主要成分を分解する酵素は、他の木材腐朽菌と大きな違いがありませんでしたが、抽出成分の一種である脂質の分解に関わる酵素遺伝子の発現が特に増加していました。

◆針葉樹主要成分の分解メカニズムの解析により、自然界における炭素循環の一部を理解できるだけでなく、針葉樹の利用に関わる住宅産業や製紙産業などの発展に貢献できると考えられます。

発表概要

木材腐朽菌は、自然界で最も効率良く木材成分を分解できる生物です。しかしながら、杉や檜(ひのき)、松などに代表される針葉樹には、テルペン(注2)や脂質などの抗菌性を持つ抽出成分が多く含まれているため、針葉樹を分解できる腐朽菌は多くありません。その中で、白色木材腐朽菌(注3)Phlebiopsis giganteaは、伐採されたばかりで抽出成分を多く含む針葉樹を分解できる珍しい菌ですが、本菌がどのように針葉樹を分解しているかに関しては、これまでほとんど研究がなされていませんでした。東京大学、米国農務省をはじめとする18の大学および研究機関からなる木材腐朽菌ゲノム解析コンソーシアムでは、本菌の全ゲノム配列を解読し、他の20種の木材腐朽菌と比較解析しました。その結果、P. giganteaが保有する木材主要成分の分解酵素の多くが、一般的な白色木材腐朽菌と似ているのに対して、脂質代謝の分解酵素群が特徴的であることを発見しました。さらに、テーダマツ(注4)のおがくずを炭素源とした培地で本菌を培養した時の転写産物、および分泌タンパク質の種類を網羅的に解析しました。その結果、発現量が増加している遺伝子の中に抽出成分への耐性や解毒に関わる酵素を同定しました。これらの情報は、自然界において木材腐朽菌がどのように炭素循環に関わっているのかを明らかにするだけでなく、住宅産業や製紙産業などに活用されることが期待されます。

発表内容

図1 21種の腐朽菌がゲノム上に保有する木材成分の分解酵素遺伝子数の主成分分析(A)多糖類およびリグニン分解に関わる酵素群(B)脂質代謝に関わる酵素群(拡大画像↗)

図2 針葉樹木粉の分解過程で発現量が増加する代謝経路
図中のボックスは、それぞれ左列が木粉、真中列がグルコースを炭素源として含む培地での相対的な発現量を表しており、右列はグルコースを炭素源とした培地に対する木粉培地での発現量の比を表している。それぞれの発現量および比は左上のカラーバーの通りである。(拡大画像↗)

図3 本研究に関する写真がPLOS Genetics 2104年12月号の表紙に採用されました。(拡大画像↗)

樹木は、古くから木材やパルプとして利用されてきましたが、近年の化石資源を代替する流れから、バイオエタノールやナノファイバー、バイオプラスチックなどを生産する高度利用など、木質バイオマスとしての利用が期待されています。木材腐朽菌が自然界で効率良く木材を分解していることを考えると、その分解メカニズムを解明することは、地球規模での炭素循環プロセスを理解することにつながり、将来のバイオマス産業へ応用できる可能性を広げることにつながります。

木材は、セルロースやヘミセルロースなどの多糖類と芳香族の多量体であるリグニンから成っており、極めて分解しにくい材料であることが知られていますが、中でも針葉樹はテルペンや脂質といった抗菌性の抽出成分を多く含んでおり、限られた種類の腐朽菌しか分解することができません。その中で、白色木材腐朽菌Phlebiopsis giganteaは、伐採されたばかりで抽出成分を多く含む針葉樹を分解できる珍しい菌であり、しかも本菌がひとたび分解をはじめると他の病原菌を寄せ付けないことも知られています。そこで、本菌による針葉樹および針葉樹に含まれる抽出成分の分解機構を解明するために、全転写産物(トランスクリプトーム)解析と全タンパク質(プロテオーム)解析を用いた比較オミクス解析での研究を始めました。

まず本菌の全ゲノム配列を解読したところ、ゲノムサイズは約3,000万塩基対であり、遺伝子は11,891個あることが予測され、どちらも他の腐朽菌とほぼ同じ規模でした。本菌および他の腐朽菌20種が保有する糖質関連酵素遺伝子やリグニン分解酵素遺伝子の数に関して主成分解析(注5)を行ったところ、一般的な白色木材腐朽菌グループと同様のカテゴリー(青い円で囲まれた部分)に本菌は分類されました(図1A)。

一方で、脂質代謝の分解酵素についても同様の解析を行ったところ、本菌は針葉樹を分解することが知られているPhanerochaete carnosaBjerkandera adustaと同じカテゴリー(黄色い円で囲まれた部分)に分類されました(図1B)。これらの結果は、針葉樹の分解には、脂質代謝が重要である可能性を示しています。

そこで、テーダマツのおがくず、または抽出成分を除いたおがくずの分解過程で分泌されるタンパク質を網羅的に同定しました。その結果、抽出成分によって脂質(トリグリセリド)の分解に必要なリパーゼが最も強く誘導されることを明らかにしました。他にも、グルタチオンS-トランスフェラーゼなど抽出成分の解毒や耐性に関わる酵素が同定されました。さらに、この培養系のトランスクリプトームを大規模シーケンサーで解析することにより、本菌による木材成分の分解に関わる酵素系を明らかにしたところ、脂質代謝のβ酸化(注6)およびそれに続くグリオキサル酸経路、シュウ酸生成に関わる遺伝子の発現量が増加することを見出しました(図2)。したがって、脂質分解からシュウ酸蓄積までの代謝経路が活性化されることによって、本菌が抽出成分を多く含む針葉樹に素早くコロニーを形成するのを可能にしていると考えられました。

我が国では、木造住宅の多くに針葉樹が使われており、国産材から生産されるパルプの多くも針葉樹から作られております。本研究によって得られた針葉樹が自然界でどのように分解されているかという知見は、地球規模での炭素循環を理解するためだけでなく、木質バイオマスを利用する様々な産業での活用が期待されます。

本研究の一部は、日本学術振興会特別研究員奨励費(堀 千明)および日本学術振興会の科学研究費補助金新学術領域研究「植物細胞壁の情報処理システム」(領域代表:東北大学 西谷和彦 教授、計画研究代表者:五十嵐圭日子)の補助を受けたものです。

また、本論文はPLOS Genetics 2014年12月号の表紙(図3)に採用されました。

発表雑誌

雑誌名
PLOS Genetics(オンライン版 12月4日)
論文タイトル
Analysis of the Phlebiopsis gigantea Genome, Transcriptome and Secretome Provides Insight into its Pioneer Colonization Strategies of Wood.
著者
Chiaki Hori(堀 千明)a, Takuya Ishida(石田卓也)a, Kiyohiko Igarashi(五十嵐圭日子)a, Masahiro Samejima(鮫島正浩)a, Hitoshi Suzuki(鈴木一史)b, Emma Masterb, Patricia Ferreirac, Francisco J Ruiz-Dueñasd, Benjamin Helde, Paulo Canessaf, Luis F. Larrondof, Monika Schmollg, Irina S. Druzhininah, Christian P. Kubicekh, Jill Gaskelli, Phil Kersteni, Franz St. Johni, Jeremy Glasnerj, Grzegorz Sabatj, Sandra Splinter BonDurantj, Syed Khajamohiddink, Jagjit Yadavk, Anthony C. Mgbeahuruikel, Andriy Kovalchukl, Fred O. Asiegbul, Gerald Lacknerm, Dirk Hoffmeisterm, Hui Sunn, Erika Lindquistn, Kerrie Barryn, Robert Rileyn, Igor V. Grigorievn, Bernard Henrissato, Ursula Küesp, Randy M. Berkaq, Angel T. Martínezd, Sarah F. Covertr, Robert A. Blanchettee, Dan Culleni,*
aDepartment of Biomaterials Sciences, University of Tokyo
bDepartment of Chemical Engineering, University of Toronto, カナダ
cDepartment of Biochemistry and Molecular and Cellular Biology and Institute of Biocomputation and Physics of Complex Systems, University of Zaragoza, スペイン
dCentro de Investigaciones Biológicas, Consejo Superior de Investigaciones Cientificas, スペイン
eDepartment of Plant Pathology, University of Minnesota, 米国
fDepartamento de Genética Molecular y Microbiología, Facultad de Ciencias Biológicas, Pontificia Universidad Católica de Chile, チリ
gHealth and Environment Department, Austrian Institute of Technology GmbH, オーストリア
hAustrian Center of Industrial Biotechnology and Institute of Chemical Engineering, Vienna University of Technology, オーストリア
iUSDA, Forest Products Laboratory, 米国
jUniversity of Wisconsin Biotechnology Center, 米国
kDepartment of Environmental Health, University of Cincinnati, 米国
lDepartment of Forest Sciences, University of Helsinki, フィンランド
mDepartment of Pharmaceutical Biology at the Hans-Knöll-Institute, Friedrich-Schiller-University, ドイツ
nUS Department of Energy Joint Genome Institute, 米国
oArchitecture et Fonction des Macromolécules Biologiques, Unité Mixte de Recherche 7257, Aix-Marseille Université, Centre National de la Recherche Scientifique, フランス
pMolecular Wood Biotechnology and Technical Mycology, Büsgen-Institute, Georg-August University Göttingen, ドイツ
qNovozymes, Inc., 米国
rWarnell School of Forestry and Natural Resources, University of Georgia, 米国
DOI番号
10.1371/journal.pgen.1004759
論文URL
http://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1004759

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生物材料科学専攻 森林化学研究室
准教授 五十嵐 圭日子 (いがらし きよひこ)
Tel:03-5841-5258
Fax:03-5841-5273
E-mail:aquarius@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 オミクス解析
ゲノム解析、トランスクリプトーム解析、プロテオーム解析等の網羅的な解析結果を統合して生命現象を包括的に解明するための方法。
注2 テルペン
イソプレン(C5H8)を基本単位とする化合物が2個以上鎖状や環状に結合してできた化合物の総称。植物の精油の主成分でもある。
注3 木材腐朽菌
腐朽木材の色によって白色腐朽菌と褐色腐朽菌に大別できます。白色腐朽菌はセルロースやヘミセルロースと共にリグニンを分解し、腐朽後の木材が白色になることが知られています。
注4 テーダマツ(学名 Pinus taeda
アメリカを代表する有用な林業樹種の一つであり、木材やパルプの原料として利用されている。香りが良く、抽出成分が多いことでも知られている。
注5 主成分分析
複数の結果変数からなる多変量データを統計的に扱う手法の一つ。この手法によりゲノム情報などの大量のデータを2つの変数で要約し、その値をプロットすることで相関関係を可視化できる。
注6 β酸化
脂肪酸からアセチルCoAを生成する代謝経路のこと。生成されたアセチルCoAは様々な代謝経路へと組み込まれるが、本解析ではグリオキサル酸経路を介したシュウ酸を生産する経路に使われていることが予想された。