発表者
Thomas A. Hopf(米国・ハーバード大学)
森永 敏史(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程)
伊原 さよ子(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教/JST ERATO東原化学感覚シグナルプロジェクト・グループリーダー)
東原 和成(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授/JST ERATO東原化学感覚シグナルプロジェクト 研究総括)
Debora S. Marks(米国・ハーバード大学)
Richard Benton(スイス・ローザンヌ大学)

発表概要

昆虫において、匂いやフェロモンを感知する嗅覚受容体は、7回膜貫通型のタンパク質のヘテロ複合体(注1)であり、リガンド作動性(注2)のイオンチャネル(注3)です。他のタンパク質と相同性がないため、どのような立体構造をしているか全く不明でした。本研究では、アミノ酸共進化理論に基づいて、昆虫嗅覚受容体チャネルの立体構造予測に初めて成功しました。得られたモデル構造は、以前に機能解析によって予測されていた匂い結合やチャネルポアの部位を支持するものでした。また、モデル構造をもとに、新規に機能をもつ部位の同定にも成功しました。嗅覚をターゲットとした昆虫の行動制御へ向けての新たな視点を提供する成果です。

発表内容

図1 昆虫嗅覚受容体の立体構造モデル(論文より転載)(拡大画像↗)

匂いやフェロモンは、嗅覚受容体によって感知されます。哺乳類の嗅覚受容体は7回膜貫通型のGタンパク質(注4)共役型受容体ファミリーに属します。一方、昆虫の嗅覚受容体は、同じ7回膜構造をとるにも関わらず、N末端が細胞質側に存在するというユニークな構造をとります。さらには、ヘテロ複合体を形成してリガンド作動性のイオンチャネルとして機能します(Sato et al. Nature 2008)。昆虫嗅覚受容体は、各々の昆虫種で約60-300個もの多重遺伝子として存在していることから、最大の受容体チャネルファミリーを形成すると考えられています。しかし、他のイオンチャネルとの相同性はまったくありません。そこで、立体構造に大変興味がもたれていますが、大量発現の困難さから結晶化が遅れています。

本研究では、空間的に相互作用するアミノ酸はお互いに制約しあって共進化するという最先端のタンパク質構造予測理論に基づき(Marks et al. Nature Biotech. 2012)、現在わかっている昆虫嗅覚受容体すべてのアラインメントから、進化的に制約しあっているアミノ酸の「contact map」を作成し、それをもとに立体構造モデルを構築しました。以前に当研究室で同定したチャネル活性に関わるアミノ酸は(Nakagawa et al. PLOS One 2012)、モデル構造上でタンパク質表面のお互いに隣接した空間に存在しており、ヘテロ複合体のチャネルポアの形成に関わっているということをうまく説明できます。また、細胞質側にでているN末端部分が高い共進化相互作用の可能性が示唆されたので、この部分の欠損体や部位特異的変異体を作製したところ、活性が失われることがわかりました。新しい理論のもとに構築した立体構造モデルの信憑性が支持されたのと同時に、新規の機能ドメインが同定され、本研究で使ったアミノ酸共進化相互作用理論が有効であることが証明されました。これらの知見は、嗅覚をターゲットにした昆虫の行動制御における新たな試薬のデザインのために、有益な情報となると期待されます。

本研究は、ローザンヌ大学の指揮のもと、ハーバード大学がコンピューターモデリングを担当、東京大学が機能解析を担当して共同でおこなったものです。また、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)東原化学感覚シグナルプロジェクト の研究の一環として行われました。

発表雑誌

雑誌名
「Nature Communications」
論文タイトル
Amino-acid coevolution reveals three-dimensional structure and functional domains of insect odorant receptors
著者
Thomas A. Hopf, Satoshi Morinaga, Sayoko Ihara, Kazushige Touhara, Debora S. Marks and Richard Benton
DOI番号
10.1038/ncomms7077
論文URL
http://www.nature.com/ncomms/2015/150113/ncomms7077/full/ncomms7077.html

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物化学研究室
教授 東原 和成(トウハラカズシゲ)
Tel:03-5841-5109
Fax:03-5841-8024
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biological-chemistry/

用語解説

注1 タンパク質のヘテロ複合体
異なるタンパク質がいくつか集まって複合体を形成すること。
注2 リガンド作動性
特定のリガンドが結合すると活性化して応答する性質
注3 イオンチャネル
イオンを受動的かつ選択的に膜透過させる機能を持つ細胞膜タンパク質の総称。イオンチャネルが活性化されると、イオンがチャネルを介して通過し、それに伴い細胞に電気信号が生じる。
注4 Gタンパク質
グアニンヌクレオチド(GTP)を結合するタンパク質の総称。なかでも三量体を形成するGタンパク質は、7回膜貫通型の受容体と共役して、シグナルを細胞内に伝える重要な役割をもつ。