発表者
魏 魏(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程3年;当時)
磯部 一夫(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
西澤 智康(茨城大学農学部 資源生物科学科 准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任准教授;当時)
朱 淋(東北林業大学 Alkali Soil Natural Environmental Science Center 講師;当時)
白鳥 豊(新潟県農業総合研究所 基盤研究部 専門研究員)
大手 信人(京都大学大学院情報学研究科 社会情報学専攻 教授、 東京大学大学院農学生命科学研究科 森林科学専攻 准教授;当時)
木庭 啓介(東京農工大学大学院農学研究院 准教授)
大塚 重人(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
妹尾 啓史(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

◆窒素ガスを大気に放出する脱窒微生物が、陸域環境において従来検出されてきたより多様かつ2-6倍も豊富に存在していることを明らかにしました。

◆新たに検出された脱窒微生物の多くは、農耕地土壌において強力な温室効果ガスである一酸化二窒素を生成することを示しました。

◆今後、環境中での一酸化二窒素の生成や脱窒のより精確な推定が可能になることが期待されます。

発表概要

窒素は生物を構成する主要な元素であり、植物の成長にとって必須である一方で、窒素の過剰な蓄積は例えば河川の富栄養化を引き起こします。脱窒(だっちつ、注1)は、自然生態系や農耕地からの窒素の損失や排水処理系からの窒素除去をもたらす反応であり、多くの微生物によって担われています(図1)。そのため脱窒微生物の分布や生理・生態は農業や産業の分野においても多くの注目を集めています。しかし、近年のゲノム解析(注2)などの結果から、脱窒に必須な遺伝子である亜硝酸還元酵素遺伝子(注3)のうち、これまで解析対象とされてきたのは全体のごく一部であることが明らかになりつつあります。このことは多くの脱窒微生物が解析対象にされていなかったことを意味します。
 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の磯部一夫助教と妹尾啓史教授らのグループは、既に明らかになっている遺伝子の塩基配列情報を収集・利用して、亜硝酸還元酵素遺伝子を広く検出するための方法を開発しました(図2)。続いて本手法を用いて畑土壌、水田土壌、森林土壌、湖堆積物に含まれる亜硝酸還元酵素遺伝子を解析した結果、すべての環境においてこれまで検出されてきたより多様かつ2-6倍もの豊富な亜硝酸還元酵素遺伝子(脱窒微生物)が存在していることを明らかにしました(図2、3)。また、農耕地土壌から分離した多数の脱窒微生物の生理試験と遺伝子解析の結果と併せて、今回新たに検出した亜硝酸還元酵素遺伝子を有する微生物の多くは、農耕地土壌において強力な温室効果ガスである一酸化二窒素(以下、N2O;注4)を活発に生成している可能性が高いことを示しました。
 今後、環境中でのN2Oの生成や脱窒のより精確な推定が可能になることが期待されます。

発表内容


図1 畑地土壌における脱窒の模式図
脱窒とは硝酸イオン(NO3–)や亜硝酸イオン(NO2–)がガス態の窒素化合物(NO、N2O、N2)に還元される微生物反応である。本研究においてはNO2–をNOに還元する酵素をコードする亜硝酸還元酵素遺伝子を解析対象とした。点線矢印は微生物反応を示す。(拡大画像↗


図2 本研究の手法により新たに検出された亜硝酸還元酵素遺伝子(NirK遺伝子(左)とNirS遺伝子(右))と従来手法で検出される亜硝酸還元酵素遺伝子の系統とそれを保有する微生物分類群(拡大画像↗


図3 陸域環境中の本研究の手法により検出された亜硝酸還元酵素遺伝子と従来手法で検出された亜硝酸還元酵素遺伝子の数(エラーバーは標準偏差、n=3)(拡大画像↗

自然生態系や農耕地からの窒素の損失や排水処理系における窒素除去は、主に微生物による脱窒作用によるものです(図1)。そのため脱窒微生物の分布や生理・生態は自然科学だけでなく農業や産業の分野においても多くの注目を集めてきました。また脱窒の過程で生成するN2Oは強力な温室効果ガスであり、オゾン層破壊作用も大きいことから近年は環境の分野においても広く注目されています。

環境中での脱窒微生物の分布や挙動は、環境中から脱窒に必須な遺伝子である亜硝酸還元酵素遺伝子を検出し、遺伝子定量や塩基配列情報を得ることにより把握され、多くの研究者が同様の手法で研究しています。しかし、近年の脱窒微生物のゲノム解析の結果、従来の手法では一部の亜硝酸還元酵素遺伝子しか検出されないことがわかってきました。このことは、多くの脱窒微生物が解析対象にされていなかったことを意味します。それゆえに脱窒微生物の挙動から実際の脱窒やN2O生成の現象を十分に説明できないという事態がしばしば見られます。また近年、N2O生成を脱窒微生物の挙動を制御することで抑制する試みが行われていますが、このような試みが不完全になる事態も予想されます。

そこで東京大学大学院農学生命科学研究科の磯部一夫助教と妹尾啓史教授らのグループは、既に明らかになっている遺伝子の塩基配列情報を収集・利用して、亜硝酸還元酵素遺伝子をPCR法(注5)により広く検出するための方法を開発しました(図2)。続いて本手法を用いて環境中の脱窒微生物の分布、系統、存在量を調べるために、畑土壌、水田土壌、森林土壌、湖堆積物から微生物DNAを取得し、そこに含まれる亜硝酸還元酵素遺伝子を塩基配列解読ならびに定量PCR法により解析しました。その結果、すべての環境においてこれまで検出されてきたより多様かつ2-6倍もの豊富な亜硝酸還元酵素遺伝子(脱窒微生物)が存在していることを明らかにしました(図2、3)。さらに本研究において新たに検出された亜硝酸酵素還元遺伝子が、N2Oが活発に放出されている農耕地土壌において転写発現していることを確認しました。さらに農耕地土壌から分離した多数の脱窒微生物の生理試験と遺伝子解析の結果と併せて、今回新たに検出した亜硝酸還元酵素遺伝子を有する微生物の多くは、農耕地土壌において脱窒の最終生成物としてN2Oを生成している可能性が高いことを示しました。

本研究において開発された手法は今後多くの研究で利用され、環境中の脱窒に関する研究の進展に大きく貢献する可能性があります。また、環境中でのN2Oの生成や脱窒のより精確な推定ならびにN2O生成抑制技術の開発に大きく貢献することが期待されます。

本研究は公益財団法人発酵研究所、科学研究費助成事業、生研センター基礎研究推進事業、農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業、GRENE事業、土壌由来温室効果ガス・土壌炭素調査事業による支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
「The ISME Journal」
論文タイトル
Higher Diversity and Abundance of Denitrifying Microorganisms in Environments than Considered Previously
著者
Wei Wei, Kazuo Isobe, Tomoyasu Nishizawa, Zhu Lin, Yutaka Shiratori, Nobuhito Ohte, Keisuke Koba, Shigeto Otsuka, and Keishi Senoo
DOI番号
10.1038/ismej.2015.9
論文URL
http://www.nature.com/ismej/journal/vaop/ncurrent/abs/ismej20159a.html

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 土壌圏科学研究室
助教 磯部一夫 (いそべ かずお)
Tel:03-5841-5140
Fax: 03-5841-8042
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/soil-cosmology/Home.html

用語解説

注1 脱窒
脱窒は、酸素のない嫌気条件下で、硝酸イオン(NO3–)や亜硝酸イオン(NO2–)がガス態の窒素化合物(一酸化窒素(NO)、一酸化二窒素(N2O)および窒素ガス(N2))に還元される微生物の嫌気呼吸のひとつ。N2Oは脱窒反応の産物として発生する。
注2 ゲノム解析
ひとつの生物が保有するゲノムの全塩基配列情報を網羅的に解読し、解析する手法。近年は特定の環境に存在する全微生物の遺伝子情報を取得することを目的として、環境から取得した全微生物DNAを直接ランダムに解読・解析するメタゲノム解析が広く利用されつつある。
注3 亜硝酸還元酵素遺伝子
脱窒の反応過程においてNO2–をNOに還元する亜硝酸還元酵素をコードする遺伝子。脱窒はイオンであるNO3–やNO2–をガス態の窒素化合物へと還元する反応であり、その最初のステップが亜硝酸還元であるため、脱窒において鍵となるステップと考えられている。
注4 一酸化二窒素
二酸化炭素の約296倍の温室効果を持つN2Oの化学式をもつ気体で、亜酸化窒素とも呼ばれる。N2Oはオゾン層破壊物質でもあり、フロンガスの使用規制がなされている近年は、N2Oがオゾン層破壊の第一の原因であると報告されている。世界で毎年発生するN2O量の約60%は農業由来であると見積もられている。
注5 PCR法
DNAを増幅するための手法。様々な遺伝子を含むDNA群から特定の遺伝子を検出するためにも利用される。