発表者
福嶋 俊明(広島大学大学院医歯薬保健学研究院 医化学研究室 助教;当時)
吉原 英人(東京都臨床医学総合研究所 生体分子先端研究分野 研究員)
古田 遥佳(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程1年)
亀井 宏泰(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学・応用生命化学専攻 研究員)
伯野 史彦(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学・応用生命化学専攻 助教)
Jing Luan(中国海洋大学海洋薬物教育部 重点研究室 研究員;当時)
Cunming Duan(ミシガン大学 分子細胞発生生物学専攻 教授)
佐伯 泰(東京都臨床医学総合研究所 生体分子先端研究分野 副参事研究員)
田中 啓二(東京都臨床医学総合研究所 生体分子先端研究分野 所長)
家村 俊一郎(福島県立医科大学 医療-産業TRセンター 教授)
夏目 徹(産業技術総合研究所 創薬分子プロファイリング研究センター センター長)
千田 和広(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学・応用生命化学専攻 教授)
中津 祐介(広島大学大学院医歯薬保健学研究院 医化学研究室 助教)
鎌田 英明(広島大学大学院医歯薬保健学研究院 医化学研究室 准教授)
浅野 知一郎(広島大学大学院医歯薬保健学研究院 医化学研究室 教授)
高橋 伸一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学・応用生命化学専攻 准教授)

発表のポイント

◆動物の成長を司るホルモン「インスリン様成長因子(IGF)」の新しい活性調節機構を解明した。

◆インスリン受容体基質(IRS)(注1)のモノユビキチン化(注2)を引き金とするこれまで知られていない分子機構を介して、IGFシグナル・活性が増強されることを見出した。

◆IGF活性の異常によって引き起こされる成長異常や、がんなど高齢化社会で問題となっている疾病の新しい治療薬開発に役立つことが期待される。

発表概要

インスリン様成長因子(IGF)はインスリンと類似した構造を持つホルモンで、多くの細胞の増殖を誘導し、この活性は動物の成長に必須です。このようなIGFの活性は他の様々なホルモンにより増強されることが知られており、この増強によって、生体では時期特異的・組織特異的な細胞の増殖が起こり、その結果、正常な成長が可能になっています。今回、広島大学大学院医歯薬保健学研究院の福嶋俊明助教、東京大学大学院農学生命科学研究科の高橋伸一郎准教授らの共同研究チームは、IGFの細胞内シグナルを仲介するインスリン受容体基質(IRS)のモノユビキチン化が引き金となって、IGFシグナルが増強されるという新しい仕組みを発見しました。さらに、この仕組みを使って、細胞の増殖や動物の成長が起こることが明らかとなりました。一方、ある種のがん細胞では、この仕組みよるIGFシグナルの増強が過剰に起こり、その結果、過増殖が引き起こされていることも分かりました。今回の研究成果は、IGF活性の異常によって引き起こされる成長異常や、がんなど高齢化社会で問題となっている疾病の新しい治療薬開発に役立つことが期待されます。

発表内容

図1 今回の研究によって明らかとなったIGFシグナル増強機構
ユビキチンリガーゼNedd4がIRS(特にIRS-2というアイソフォーム)をモノユビキチン化すると、モノユビキチン化したIRS-2は細胞膜に局在するEpsin1に捕獲される。これによりIRS-2が細胞膜にリクルートされ、IGF-I受容体によってチロシンリン酸化されやすくなり、IGFシグナルが増強する。正常細胞では他のホルモンの刺激に応じてNedd4-IRS-2複合体の形成量が調節され、細胞増殖が制御されている。一方、一部のがん細胞ではNedd4-IRS-2複合体が過剰に形成され、IGFシグナルが過剰に活性化し、これががん細胞の過増殖の一因になっている。(拡大画像↗)

インスリン様成長因子(IGF)はインスリンと類似した構造を持つペプチドホルモンで、多種多様な細胞に対して、増殖誘導活性のほか、分化・生存・遊走などの促進活性も発揮します。これらの活性を介して、個体レベルでは、胎仔期や生後の発達・成長に重要な役割を果すだけでなく、動物の成熟、代謝制御、抗老化にも重要であることが明らかにされつつあります。これらの結果から、最近になり、このホルモンの活性が一生にわたってきちんと調節されることが、健康寿命を延ばすためには必須と考えられるようになりました。

IGFは肝臓をはじめ様々な組織・細胞で産生・分泌されますが、インスリンの分泌が摂食に応答して一過的に起こるのに対し、IGFの分泌は比較的構成的で成長期に盛んです。更に、IGFの特徴の一つとして、単独では弱い活性しか示しませんが、他の増殖因子やホルモンの共存下で活性が増強されることが挙げられます。これらのことから、体内では様々な増殖因子やホルモンとIGFが協調的に働き、時期特異的・組織特異的にIGF活性が発現し、正常な成長や発達が可能になっていると考えられます。また、がん細胞では、IGFシグナルが過剰に増強され、がん細胞の過増殖の一因になっている可能性も指摘されています。

IGFの生理活性は、次のような仕組みで発現すると一般に考えられています。すなわち、IGFが標的細胞の細胞膜上に存在するIGF-I受容体に結合すると、IGF-I受容体の細胞内ドメインに内蔵されたチロシンリン酸化酵素(注3)が活性化し、細胞内の様々な基質がチロシンリン酸化されます。代表的な基質がインスリン受容体基質(IRS)というタンパク質で、IRSがチロシンリン酸化されると、このチロシンリン酸化を認識していくつかのシグナル伝達タンパク質がIRSに結合して活性化し、これに応答して複数の下流シグナル伝達経路が活性化、これらを介してIGFの広範な生理活性が誘導されます。

広島大学大学院医歯薬保健学研究院の福嶋俊明助教、東京大学大学院農学生命科学研究科の高橋伸一郎准教授らの共同研究チームは、これまでに、IRSが巨大な分子複合体を形成していることを見出し、この複合体を形成している何らかのタンパク質の作用でIRSがIGF-I受容体によりチロシンリン酸化されやすくなる可能性を明らかにしていました。今回、この研究チームは、IRS(特にIRS-2というアイソフォーム)と複合体を形成しているタンパク質としてユビキチンリガーゼNedd4(注4)を同定し、Nedd4がIRSをモノユビキチン化するとIGFシグナルが増強されるというこれまでに全く知られていなかった分子機構の存在を証明しました。詳細な解析から、モノユビキチン化されたIRSは細胞膜に存在するEpsin1というタンパク質というタンパク質に認識されて細胞膜へと移行する、このIRSは細胞膜に存在するIGF-I受容体によって効率的にチロシンリン酸化されるようになり、下流シグナル系が増強することが分かりました。この機構によるIGFシグナル・活性の増強は、実際に生体内で起こっているのでしょうか?まず、甲状腺正常細胞をIGFの働きを強めるホルモンTSH(甲状腺刺激ホルモン)で刺激すると、Nedd4とIRSの複合体形成が促進し、IRSのモノユビキチン化が引き起こされ、今回発見した仕組みを介して細胞増殖が促進されました。また、前立腺がんを含む種々のがんでNedd4の高発現が報告されていましたが、今回、前立腺がん細胞ではNedd4-IRS複合体が多く形成されることによってIGFシグナルが増強し、細胞の過増殖の一因になっていることが明らかとなりました。更に、ゼブラフィシュ(注5)を用いた個体レベルの解析も行い、Nedd4を過剰発現したゼブラフィシュは胚成長が促進されるのですが、Nedd4を過剰発現すると同時にIRSを発現抑制したゼブラフィシュの胚では成長促進が観察されない、すなわち、Nedd4-IRS複合体は個体レベルの胚成長の促進にも重要な役割を果たしていることを証明しました。

このように、今回の研究によって以下のことが明らかになりました。
・ユビキチンリガーゼNedd4によるIRSのモノユビキチン化が引き金となり、これまで知られていなかった新しい分子機構を介してIGFシグナルが増強される
・IGF活性を強めるホルモンの刺激を受けた正常細胞や一部のがん細胞ではNedd4-IRS複合体の形成が促進し、今回明らかとなった新しい分子機構を介してIGFのシグナル・細胞増殖活性が増強される
・Nedd4-IRS複合体は個体レベルの胚成長の促進にも重要な役割を果たす

今回の研究から新しいIGF活性調節機構が解明され、これを介して正常細胞やがん細胞の細胞増殖、個体の胚成長が制御されていることが明らかになりました。これは分子内分泌学の重要な発見であるだけでなく、IGF活性の異常によって引き起こされる成長異常や、がんをはじめとした高齢化社会で問題となっている疾病の新しい治療薬開発に役立つことが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「Nature Communications」
論文タイトル
Nedd4-induced monoubiquitination of IRS-2 enhances IGF signalling and mitogenic activity
著者
福嶋俊明、吉原英人、古田遥佳、亀井宏泰、伯野史彦、Jing Luan、Cunming Duan、佐伯泰、田中啓二、家村俊一郎、夏目徹、千田和広、中津祐介、鎌田英明、浅野知一郎、高橋伸一郎
DOI番号
10.1038/ncomms7780 (2015)
論文URL
http://www.nature.com/ncomms/2015/150416/ncomms7780/full/ncomms7780.html

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学・応用生命化学専攻 動物細胞制御学研究室
准教授 高橋 伸一郎
Tel:03-5841-1310
Fax:03-5841-1311
研究室URL:http://endo.ar.a.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

注1 インスリン受容体基質(IRS)
インスリン受容体やIGF-I受容体に内蔵されているチロシンリン酸化酵素(後述)によってリン酸化されるタンパク質。IRS-1, 2, 3, 4のアイソフォームが知られているが、いずれも、リン酸化される多数のチロシン残基をもっている。細胞がIGFの刺激を受けると、IGF-I受容体に内蔵されたチロシンリン酸化酵素が活性化し、IRSの多数のチロシン残基がリン酸化される。IRSのリン酸化チロシン残基を含むアミノ酸配列は他のシグナルタンパク質の結合・活性化配列として機能し、これによりIGF刺激に応じてIRSに結合したいくつかのシグナルタンパク質が活性化する。これを引き金にして下流のシグナル伝達経路が活性化し、細胞増殖誘導などIGFの生理活性が発現すると考えられている。
注2 モノユビキチン化
ユビキチンは76アミノ酸からなるタンパク質である。標的タンパク質のリジン残基のアミノ基とユビキチンの末端のカルボキシル基がアミド結合することによって、単量体のユビキチンが標的タンパク質に付加する反応をモノユビキチン化という。一般に、モノユビキチン化されたタンパク質では、付加されたユビキチンの中のリジン残基に次のユビキチンが付加される反応が繰り返され、複数のユビキチンが数珠つなぎに結合した状態(ポリユビキチン)が形成される場合が多い。モノユビキチン化の段階で反応が止まるかポリユビキチンが形成されるかを決定する分子機構はほとんど解明されていない。ユビキチンの中にはリジン残基が7つあり、どのリジン残基を介して結合するかによってポリユビキチンの種類を分けることができる。48番目のリジン残基を介したポリユビキチンが形成されると標的タンパク質がプロテオソームによって分解されるようになることはよく知られている。他の種類のポリユビキチンやモノユビキチンの機能については、個別の標的タンパク質に関する知見が集積しつつあるという研究段階である。
注3 チロシンリン酸化酵素
標的タンパク質のチロシン残基にリン酸基を付加する酵素
注4 ユビキチンリガーゼNedd4
標的タンパク質へのユビキチンの付加は、ユビキチン活性化酵素(E1)、ユビキチン結合酵素(E2)、ユビキチンリガーゼ(E3、ユビキチン転移酵素とも呼ばれる)という3種類の酵素群の連鎖反応によって行われる。ユビキチンリガーゼは標的タンパク質にユビキチンを付加する最終段階の反応を触媒する酵素である。ユビキチンリガーゼは数百種類存在し、Nedd4はその中の一つである。Nedd4の機能として、これまでに、ノックアウトマウスを用いた解析から胎仔成長に重要であること、様々ながん組織で高発現していてがん促進タンパク質として働くことなどが報告されている。
注5 ゼブラフィシュ
生物学実験に用いられる小型魚類。卵から孵化までの過程で胚が透明で、観察・操作が容易である。遺伝子導入技術も確立されており、発生過程における遺伝子の機能解析に有用なモデル生物である。