発表者
猪又 敦子(東京大学農学部 獣医学専修 学部6年;当時)
加藤 健太郎(帯広畜産大学 原虫病研究センター 特任准教授、東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授(委嘱))

発表のポイント

◆硫酸化多糖の一種であるヘパリン(注1)がクリプトスポリジウム原虫の感染を抑制し、哺乳類細胞表面のヘパラン硫酸が本原虫の感染に関与することを明らかにしました。

◆硫酸化多糖(注2)による本原虫の感染阻害効果を初めて発見しました。

◆本原虫の感染機構の解明と薬剤開発の端緒となることが期待されます。

発表概要

クリプトスポリジウム原虫は広範な哺乳動物に感染し、水様性下痢を引き起こす人獣共通感染症の病原体です。(図1)塩素消毒へ強い耐性を有することから、水道水を介したヒトでの集団感染のおそれがあります。又、仔牛にも重篤な下痢症を引き起こすことから、畜産分野においても対策が必要な病原体であり、その感染機構の解明や治療薬開発が求められています。
 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の加藤健太郎准教授(帯広畜産大学 原虫病研究センター 特任准教授兼任)らの研究グループは、ヘパリンという硫酸化多糖の一種がクリプトスポリジウム原虫の感染を抑制することを発見しました。更に、哺乳類細胞表面の硫酸化多糖であるヘパラン硫酸(注3)がクリプトスポリジウム原虫の感染に関与していることを明らかにしました。
 ヘパリンやヘパラン硫酸と、クリプトスポリジウム原虫との相互作用をさらに解明することで、クリプトスポリジウムの感染機構の解明と新規薬剤の開発につながると期待されます。

発表内容

図1 人獣共通の感染病原体であるクリプトスポリジウム原虫の感染環(拡大画像↗)

図2 ヘパリンのクリプトスポリジウム原虫に対する濃度依存的な感染阻害効果(拡大画像↗)

◆研究の背景
 クリプトスポリジウム原虫は広範な哺乳動物の腸管上皮細胞に侵入、増殖する原虫であり、特にヒトとウシに激しい水溶性下痢を引き起こしますが有効な治療薬がないのが現状です。そこで、本原虫感染の分子生物学的機構の解明と薬剤開発が求められています。

一般的に病原体が宿主細胞に侵入する際には、病原体側の因子(感染リガンド)と宿主細胞表面の因子(感染レセプター)との相互作用が重要です。加藤准教授らの研究グループは、本原虫の宿主域が広いことと本原虫が感染する腸管上皮細胞膜には硫酸化多糖が多く存在することから、その硫酸化多糖と原虫の結合が感染に関与すると予想しました。そこで硫酸化多糖の感染阻害効果と、さらに糖鎖欠損細胞に対する原虫感染数の変化を調べました。一方で、硫酸化多糖による感染阻害に関与する感染リガンドの同定も試みました。

◆研究内容
 加藤准教授らの研究グループは、ヘパリン、コンドロイチン硫酸、デキストラン硫酸(高と低分子量)、フコイダンの5種の硫酸化多糖それぞれとクリプトスポリジウム原虫スポロゾイトを混合してHCT-8細胞(ヒト結腸上皮由来細胞)に接種しました。感染した原虫数を計測して感染阻害率を比較したところ、ヘパリンが最も高い阻害効果を持ち、阻害効果は濃度依存的でした。(図2)

更に細胞表面のヘパラン硫酸を欠くCHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣由来細胞)と野生型のCHO細胞のそれぞれに、クリプトスポリジウム原虫を接種して感染原虫数を比較したところ、ヘパラン硫酸の欠損細胞では感染原虫数が減少したことから、ヘパラン硫酸のクリプトスポリジウム感染への関与が示唆されました。

次に可溶化した原虫タンパク質からヘパリン結合性タンパク質を質量解析によって同定し、同定された原虫のelongation factor 1α(EF1α)について解析を行いました。大腸菌発現により原虫の組換えEF1αを作製し、ヘパリンへの結合性やHCT-8細胞への結合性を確認しました。

◆社会的意義
 加藤准教授らの研究グループは、硫酸化多糖によるクリプトスポリジウム原虫の感染阻害効果を初めて発見しました。ヘパリンやヘパラン硫酸と、原虫との相互作用をさらに解明することで、クリプトスポリジウムの感染の機構の解明と新規薬剤の開発につながると期待されます。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金 若手研究(A)、挑戦的萌芽研究、生物系特定産業技術研究支援センター(生研センター) イノベーション創出基礎的研究推進事業、厚生労働科学研究費補助金 地球規模保健課題推進研究事業、文部科学省 テニュアトラック普及・定着事業の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports (Nature Publishing Group)
論文タイトル
Heparin interacts with elongation factor 1α of Cryptosporidium parvum and inhibits invasion
著者
Atsuko Inomata, Fumi Murakoshi, Akiko Ishiwa, Ryo Takano, Hitoshi Takemae, Tatsuki Sugi, Frances Cagayat Recuenco, Taisuke Horimoto, and Kentaro Kato
DOI番号
10.1038/srep11599
論文URL
http://www.nature.com/srep/2015/150701/srep11599/full/srep11599.html

問い合わせ先

帯広畜産大学原虫病研究センター 地球規模感染症学分野 特任准教授
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授(委嘱)
加藤 健太郎
Tel:0155-49-5645
Fax:0155-49-5646
研究室URL:http://www.obihiro.ac.jp/~globalinfection/index.html

用語解説

注1 ヘパリン
小腸、筋肉、肺、脾や肥満細胞など体内で幅広く存在するヘパラン硫酸の一種です。高度に硫酸基が付加されたヘパラン硫酸をヘパリンと呼びます。分子中に多数の硫酸基を有するために、負に帯電しており、様々な生理活性を有することが知られています。
注2 硫酸化多糖
糖が長く連なった多糖に硫酸基が付加した分子を指す言葉です。ヘパリンやヘパラン硫酸も硫酸化多糖の一つです。
注3 ヘパラン硫酸
広く動物細胞表面や基底膜に存在している、プロテオグリカンの構成要素の一つです。β-D-グルクロン酸あるいはα-L-イズロン酸とD-グルコサミンが1,4結合により重合した多糖であり、さまざまなタンパク質と相互作用して,重要な生物機能に関与しています。