発表者
Juan Li(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 博士課程3年生;当時)
井上 順(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)
Jung-Min Choi(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 修士課程2年生;当時)
中村 周吾(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 准教授)
Zhen Yan(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士課程3年生;当時)
伏信 進矢(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 教授)
鎌田 春彦(医薬基盤・健康・栄養研究所 バイオ創薬プロジェクト サブプロジェクトリーダー)
加藤 久典(東京大学総括プロジェクト機構 総括寄付講座「食と生命」 特任教授)
橋詰 力(東京大学高齢社会総合研究機構 特任助教)
清水 誠(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
佐藤 隆一郎(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

◆フラボノイド「ルテオリン」が核内受容体HNF4α(注1)活性を抑制し、血中コレステロールレベルを低下させることを明らかにしました。

◆フラボノイドがHNF4αに結合することで活性を抑制することを初めて解明しました(図1)。

◆ルテオリンが動脈硬化予防効果を持つ機能性食品として応用されることが期待されます。

発表概要

血中コレステロールレベル(悪玉コレステロール)(注2)の上昇は、動脈硬化性疾患発症のリスクを高めることは広く知られています。核内受容体型の転写因子であるHNF4αは肝臓からのコレステロール(VLDL)(注3)の分泌を調節する遺伝子の発現を制御することから、HNF4αの活性抑制は動脈硬化発症の抑制につながることが期待されます。

東京大学大学院農学生命科学研究科 佐藤隆一郎教授、井上順准教授らの研究グループは、HNF4αの活性を抑制する食品成分として、フラボンやフラボノールに分類されるフラボノイド類を見出しました。これらのフラボノイド類はおしなべてHNF4α活性を抑制しますが、その中でもフラボンに分類されるルテオリンが最も強い作用を持っていました。ルテオリンはHNF4αに直接結合し、その転写活性を抑制することを明らかにしました。また、肥満マウスへのルテオリン混合食の投与は血中コレステロールレベルの低下に加えて、脂肪肝の抑制および体重増加が抑制されました。

本研究の成果は、動脈硬化性疾患予防効果を持つ新たな機能性食品の開発に貢献するものと期待されます。

発表内容

図1 ルテオリンによる血中コレステロール低下作用の分子機構
ルテオリンはHNF4αに結合し、HNF4α標的遺伝子の発現を抑制することで血中コレステロールレベルを低下させます。それ以外にも、高脂肪食負荷時の脂肪肝の軽減や体重増加の抑制作用を発揮します。(拡大画像↗)

近年、食の欧米化や高齢化の進行に伴い、生活習慣病の罹患者数は増加の一途をたどっています。生活習慣の改善や運動による予防、薬による治療がその対応策として重要ですが、最近になって、食の機能性を介した生活習慣病の予防が注目されるようになってきました。核内受容体HNF4αは転写因子であり、肝臓からのコレステロール分泌に関わる遺伝子の発現を調節することが報告されています。従って、HNF4α活性の抑制は血中コレステロール(悪玉コレステロール)レベルの低下につながることから、本因子の活性抑制は動脈硬化発症のリスクを低下させることが期待されます。

東京大学大学院農学生命科学研究科 佐藤隆一郎教授、井上順准教授らの研究グループは、HNF4α活性を低下させる食品成分の探索を目指し、評価系の構築を行いました。HNF4αの標的遺伝子であり、肝臓からのコレステロール分泌に関与するMTP遺伝子プロモーター活性を指標として解析を行い、フラボンやフラボノールに分類されるフラボノイド類がHNF4α活性を抑制することを見出しました。これらのフラボノイド類はおしなべてHNF4α活性を抑制しますが、その中でもフラボンに分類されるルテオリンが最も強い作用を持っていました。ヒト肝がん由来HepG2細胞へのルテオリン処理はHNF4α標的遺伝子発現を低下させ、さらに細胞からのコレステロール分泌(正確にはApoB(注4)タンパク質分泌)を抑制しました。同様の効果は腸管上皮様細胞に分化させたCaco2細胞でも観察され、ルテオリンは食事由来脂肪の体内への取り込みについても抑制すると考えられます。一方で、これらの効果はルテオリン配糖体では観察されないことから、ルテオリンは細胞内に取り込まれてからこれらの機能を発揮すると想定されました。実際にルテオリンを共有結合したアガロースビーズ(理化学研究所・長田裕之先生、齋藤臣雄先生よりご供与)を用いたプルダウン実験により、HNF4αがルテオリンと結合することが明らかになりました。結合様式のコンピューターシミュレーションの結果、HNF4αのヘリックス1,3,5により形成されるポケットにルテオリンが結合していると考えられます。次にマウスにルテオリン混合食を与えたところ、短期摂食(3日間)では肝臓におけるHNF4α標的遺伝子発現の有意な低下が確認されました。また、長期投与(57日間)では、血中コレステロールレベルの低下に加えて、脂肪肝の抑制および体重の増加が抑制されました。

以上の結果から、ルテオリンはHNF4αとの直接結合によりその活性を抑制すること、さらにHNF4α標的遺伝子の発現抑制を介して肝臓からのコレステロール分泌を抑制することを明らかにしました。ルテオリンは様々な植物性食品に広く含まれるフラボノイドであり、抗がん作用や抗糖尿病作用、さらには抗動脈硬化作用を有することが報告されてきましたが、分子レベルでの作用機構については不明な点が多く残されていました。本研究では、ルテオリンがHNF4α活性を抑制することを発見し、その作用が血中コレステロールレベルを低下させることで抗動脈硬化作用を発揮することを明らかにしました。この成果は動脈硬化性疾患の予防に関して科学的エビデンスに基づく新たな機能性食品の開発へ応用されることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
「The Journal of Biological Chemistry」
論文タイトル
Identification of the Flavonoid Luteolin as a Repressor of the Transcription Factor Hepatocyte Nuclear Factor 4α
著者
Juan Li, Jun Inoue, Jung-Min Choi, Shugo Nakamura, Zhen Yan, Shinya Fushinobu, Haruhiko Kamada, Hisanori Kato, Tsutomu Hashidume, Makoto Shimizu, and Ryuichiro Sato
DOI番号
10.1074/jbc.M115.645200
論文URL
http://www.jbc.org/content/early/2015/08/13/jbc.M115.645200

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生化学研究室
准教授 井上 順
Tel:03-5841-5179
Fax:03-5841-8029
研究室URL:http://webpark1213.sakura.ne.jp/

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 食品生化学研究室
教授 佐藤 隆一郎
Tel:03-5841-5136
Fax:03-5841-8029
研究室URL:http://webpark1213.sakura.ne.jp/

用語解説

注1 HNF4α
核内受容体型の転写因子です。コレステロール分泌に関与する遺伝子や糖新生系の遺伝子の発現を制御します。
注2 悪玉コレステロール、注3 VLDL
肝臓で合成されたVLDLは循環血液中でトリグリセリドが分解され、最終的にコレステロールに富んだLDLへと代謝されます。このLDLに含まれるコレステロールがいわゆる悪玉コレステロールであり、動脈硬化性疾患発症の危険因子になります。
注4 ApoB
ApoBタンパク質はVLDLやLDLの主要な構成タンパクで、リポタンパク質(VLDLやLDL)あたり1分子のApoBが含まれています。細胞からのApoBタンパク質の分泌量を測定することで、間接的にコレステロール分泌量を測定することができます。