発表者
藤沢 茉莉子(東京大学大学院農学生命科学研究科 農学特定研究員;当時)
小林 和彦(東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 教授)
Peter Johnston (ケープタウン大学)
Mark New (ケープタウン大学)

発表のポイント

◆農家が気候変動へ適応する際に、農家発のボトムアップ型適応のほうが、行政等によるトップダウン型適応よりもイノベーティブな場合があり、それが起こる理由を示した。

◆気候変動への適応では、行政等によるトップダウンの計画的適応の研究がほとんどで、農家による自発的適応の例とそのしくみは知られていなかった。

◆気候変動への適応において、農家が主役になることで従来よりも効果的でイノベーティブな適応が可能であることを示すとともに、そうした農家主導の適応を促す政策のあり方を検討するきっかけを与えた。

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の藤沢茉莉子と小林和彦は、ケープタウン大学のピーター ジョンストンおよびマーク ニューとともに、日本と南アフリカのリンゴ農家による気候変化への適応を調査した結果、適応には農家発のボトムアップ型と、農協や役所等組織主導のトップダウン型があり、その2型は主に消費者に直接販売しているかどうかで分かれることを明らかにした。農協等経由で大規模市場に出荷する農家はトップダウン型の適応行動をとり、他方で直接販売主体の農家はボトムアップでイノベーティブな適応を始めていた。両者を比べると、トップダウン型の適応が、温暖化の影響を受けにくいリンゴ品種の導入のように、既存の問題の軽減策であるのに対して、ボトムアップ型の適応は寒冷地へモモを導入するなど、温暖化の影響を未然に防止ないし利用する対応であった。この2タイプの適応は相互排他的でなく、適切に組み合わせるとイノベーティブな適応行動を効率的に普及させることができる。
 農業は気候変化の影響を最も受けやすい産業の一つであり、農家は従来から気候変化だけでなく社会経済的な変化にも適応してきた。こうした多様な変化に直面する農家の意思決定と対処の意味は、十分に理解されておらず、本研究はそうした未知の領域に光をあてた。今後、同様の研究の積み重ねにより、気候変化への適応により効率的な政策対応を明らかにできると期待される。

発表内容

人間活動の影響により全球的な気候変化が生じつつあり、社会的にも多様な影響が既に生じている。農業は、気象の影響を最も受けやすい産業の一つであり、将来の気候変化が農業に及ぼす影響の予測に関する研究が多数行われてきた。また、ある程度の気候変化は今後避けられないことが理解されるにつれて、気候変化への適応に関する研究も盛んになってきた。先行研究では、予想される気候変化が農業に及ぼす影響を評価し、それを軽減・回避する技術的方策が模索されているが、農家が直面する課題は気候変化だけではない。農産物の価格低迷や労力不足、他産地との競合など、さまざまな課題に対応する中で気候変化への適応をとらえないと、農家にとって有効な適応策を見いだすことはできない。

東京大学大学院農学生命科学研究科の藤沢茉莉子と小林和彦は、ケープタウン大学のピーター ジョンストンおよびマーク ニューとともに、日本の長野県須坂市周辺地域と秋田県鹿角市、そして南アフリカ・エルギンのリンゴ農家が、現実に生じている気候変化にどう適応しているのかを調査した。その結果、適応には農家が始めるボトムアップ型と、農協や役所等の組織が主導するトップダウン型があり、その2型はリンゴの主な販売経路、すなわち消費者への直接販売が主体か、農協等を通しての大規模市場への出荷が主体かに依存することが分かった。主に農協等経由で市場へリンゴを出荷する農家は、研究機関が勧める技術的対応を受け入れるトップダウン型の適応行動をとり、一方直接販売主体の農家は、技術的対応にとどまらない農家発のイノベーティブな適応をボトムアップ的に始めていた。両者を比べると、トップダウン型の適応は、例えば温暖化の影響を受けにくいリンゴ品種の導入のように、既に生じている問題の回避・軽減策であるのに対して、ボトムアップ型の適応は、モモを気候的北限に近い鹿角へ新たに導入するなど、将来の温暖化の影響を未然に解消ないし利用する対応であった。鹿角でボトムアップ型適応として少数農家が始めたモモの栽培は、市や農協の資金的・技術的支援で多数の農家に広まった結果、まとまった量のモモを他産地より遅い時期に市場へ出荷する産地形成に至った。この例が示すように、両型の適応を適切なタイミングで組み合わせることにより、少数農家が始めたイノベーティブな適応行動を、多くの農家へ効率的に普及させられる可能性がある。

多くの先行研究では、研究者が気候変化の影響を予測し、適応技術を開発して、それを行政や農協が現場に適用すると想定されている。この場合、農家は開発された対策を受け入れる受け身の立場にある。新しい技術やアイディアが社会に広まる過程を研究する「イノベーションの普及」研究では、これを「集中型普及」と呼ぶ。「イノベーションの普及」研究が、米国の農家によるハイブリッドトウモロコシの受け入れ過程の研究を起源としたこともあり、集中型普及の研究が従来多数を占めてきた。日本でも、「普及」は集中型普及を指すことが多い。しかし、原語の「普及」は‘Diffusion’すなわち単なる「拡がり」であり、専門家から非専門家への一方向の流れに限定されない。実際に、外部の専門家の関与無しに生まれたイノベーションが非専門家の間で広がる、「分散型普及」と呼ばれる現象が知られており、実はこちらのほうが一般的なのではないかとみられている。

本研究は、気候変化への農家の適応において分散型普及が有効であること、それが直接販売主体の農家によって始められることを明らかにした。今後、同様の研究を他の作目や地域で積み重ねていくとともに、農家の適応が販売経路と関連するしくみを、より深く理解する必要がある。それにより、気候変化への適応において、従来想定されていなかった分散型普及の可能性と課題を追究するとともに、集中型普及との適切な組み合わせにより、気候変化への適応をより柔軟で効率的なものにできると期待している。また、分散型普及に基づく気候変化適応を促すための政策は、集中型普及を想定したそれとは異なる可能性が高く、今後の政策対応の多様化にも貢献するものと期待される。

この研究成果は学術誌に掲載されたが、それを学生向けに分かりやすくリライトした論文が、地球科学の研究成果を子供向けに紹介するウェブページ(EARTH SCIENCE JOURNAL for KiDs)にも掲載された。

発表雑誌

雑誌名
「PLOS ONE」
論文タイトル
What Drives Farmers to Make Top-Down or Bottom-Up Adaptation to Climate Change and Fluctuations? A Comparative Study on 3 Cases of Apple Farming in Japan and South Africa.
著者
Mariko Fujisawa, Kazuhiko Kobayashi, Peter Johnston, Mark New
DOI番号
10.1371/journal.pone.0120563
論文URL
http://journals.plos.org/ploscollections/article?id=10.1371/journal.pone.0120563
Kids URL
http://www.earthsciencejournal.org/how-are-apple-farmers-adapting.html

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 農学国際専攻 植物資源科学研究室
教授 小林 和彦
Tel:03-5841-1292
Fax:03-5841-5186
研究室URL:http://www.ga.a.u-tokyo.ac.jp/lab/shigen_lab/