発表者
チェンバーズ ジェームズ(東京大学大学院農学生命科学研究科 助教)
徳田 隆彦(京都府立医科大学 教授)
内田 和幸(東京大学大学院農学生命科学研究科 准教授)
石井 亮太郎(京都府立医科大学大学院医学研究科 助教)
建部 陽嗣(京都府立医科大学大学院医学研究科 特任助教)
高橋 映里佳(麻布大学 獣医学部 修士課程)
富山 貴美(大阪市立大学大学院医学研究科 准教授)
宇根 有美(麻布大学 獣医学部 教授)
中山 裕之(東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)

発表のポイント

◆老齢ネコの脳にヒトのアルツハイマー病と同一の病変が形成され、神経細胞が減少することを明らかにしました。

◆この病変は他の動物ではみられず、βアミロイドと呼ばれる蛋白質の性質がネコでは他の動物と異なっていることが原因ではないかと考えられます。

◆アルツハイマー病患者は世界的に急増しており、ネコを用いた研究がアルツハイマー病の病態解明に貢献することが期待されます。

発表概要

アルツハイマー病では、脳に神経原線維変化(注1)が生じ、海馬(注2)の神経細胞が脱落することによって認知症を発症します。これらの病変はヒト以外の動物では見つかっていませんでしたが、本研究グループはこれまでにチーターとヤマネコ(ネコ科)の脳に神経原線維変化が生じることを発見しました。
 今回、ペットとして飼育されているネコの脳にも加齢性に神経原線維変化が生じることを発見し、さらにネコの神経原線維変化を構成する蛋白質がヒトのアルツハイマー病と同じタウ蛋白質であること、そして神経原線維変化によって海馬の神経細胞が脱落することを明らかにしました。
 なぜネコ科の動物で神経原線維変化が生じるのかを調べたところ、アルツハイマー病の発病初期に関与するβアミロイドと呼ばれる蛋白質がネコ科の動物では他の動物種と異なることがわかりました。ネコ型のβアミロイドは海馬[2]の神経細胞内に蓄積する性質があり、それが神経原線維変化の形成に関与しているのではないかと考えられます。
 ネコの脳を研究することで、βアミロイドとタウ蛋白質の関係が明らかにされ、アルツハイマー病の病態解明と治療法開発につながることが期待されます。

発表内容


図1 高齢のネコでは海馬(矢印)に高リン酸化タウが蓄積する。若齢のネコの脳では高リン酸化タウは検出されない。(拡大画像↗


図2 高齢ネコの海馬神経細胞に観察された神経原線維変化。神経細胞内に黒色の凝集物が観察される(ガリアスブラーク染色)。(拡大画像↗


図3 神経原線維変化が形成されている高齢ネコでは海馬の神経細胞が減少している。茶色に染色されている細胞が神経細胞。それぞれ3個体のネコの脳の写真。平均年齢が左から4歳、18歳、18歳。(拡大画像↗

アルツハイマー病は高齢者に認知症を起こす疾患で、治療法がないため世界的な高齢化にともなって患者数が急増しています。アルツハイマー病の患者の脳ではβアミロイドと高リン酸化タウと呼ばれる蛋白質が蓄積し、海馬の神経細胞が脱落することによって認知症を発症します。ヒト以外の多くの哺乳類の脳においても加齢性にβアミロイドの沈着が観察されますが、高リン酸化タウの蓄積と海馬の神経細胞脱落は動物ではみつかっていませんでした。そのため、アルツハイマー病はヒト特有の疾患であると考えられており、アルツハイマー病の病態を再現する動物がいないことが治療法を開発するうえで障害となっています。

本研究では、ペットとして飼育されていたネコを死亡後に解剖して、脳を詳しく調べました。するとネコでは8歳頃から脳にβアミロイドが沈着し、14歳頃から高リン酸化タウが蓄積することが分かりました(図1)。高リン酸化タウが蓄積した神経細胞では、神経原線維変化と呼ばれるアルツハイマー病に特有の病変が確認されました(図2)。また、神経原線維変化を構成するタウ蛋白質のアイソフォーム(注3)がヒトのアルツハイマー病と同じであることが分かりました。さらに、神経原線維変化が形成されたネコでは、海馬の神経細胞が減少していました(図3)。本研究結果より、老齢のネコではβアミロイドと過剰リン酸化タウが脳に蓄積し、海馬の神経細胞が脱落することを明らかにしました。

また、興味深いことにネコの脳に蓄積したβアミロイドは他の動物種と比べて凝集性が弱いことが分かりました。その一方で、ネコの脳では海馬の神経細胞内にβアミロイド-オリゴマーと呼ばれる毒性が高いβアミロイドが蓄積していました。βアミロイドのアミノ酸配列を動物種間で比較したところ、ネコは他の動物と異なる配列を有していることが分かりました。ヤマネコやチーターなどの他のネコ科動物も、このネコ型βアミロイドを共通して保有しており、これらの動物種では加齢性に神経原線維変化が形成されます。本研究結果より、ネコ科動物が共通して保有するネコ型βアミロイドが神経細胞内でオリゴマーを形成することによって神経原線維変化の発生を見出しました。ヒトのアルツハイマー病患者の脳においてもβアミロイド-オリゴマーが検出されており、本研究から神経原線維変化の形成においてβアミロイド-オリゴマーが重要であることが示唆されます。

ネコの寿命はヒトよりもはるかに短いのですが、ネコに特有のβアミロイドによってアルツハイマー病の病態が短い時間で生じることが分かりました。この病態はネコ科動物に共通した現象であり、ネコ科動物が進化する過程で生じた病態と考えられます。

発表雑誌

雑誌名
「Acta Neuropathologica Communications」
論文タイトル
The domestic cat as a natural animal model of Alzheimer's disease
著者
Chambers JK, Tokuda T, Uchida K*, Ishii R, Tatebe H, Takahashi E, Tomiyama T*, Une Y, Nakayama H
DOI番号
10.1186/s40478-015-0258-3
論文URL
http://actaneurocomms.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40478-015-0258-3

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医病理学研究室
助教 チェンバーズ ジェームズ
Tel:03-5841-5401
Fax: 03-5841-8185
研究室URL:http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/byouri/

用語解説

注1 神経原線維変化
脳の神経細胞内において、過剰にリン酸化されたタウ蛋白質が凝集したもの。アルツハイマー病における神経細胞脱落の主な原因。
注2 海馬
脳の一部分。記憶に関与している。
注3 アイソフォーム
蛋白質の種類のこと。ヒトのタウ蛋白質には6つのアイソフォームがある。本研究によりネコでも同じアイソフォームが検出された。