発表者
米澤 智洋(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 准教授)
内田 萌菜(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 大学院生)
富岡 美千子(北里大学獣医学部 助教)
松木 直章(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 教授)

発表のポイント

◆満月の前から満月にかけての3日間、ウシの出産数が増加することを明らかにした。

◆人でもウシでも満月と出産の関係が議論されてきたが、今回初めてウシの出産と満月の関係が科学的に示された。

◆出産メカニズムの深い理解や出産計画を立てる際に役に立つことが期待される。

発表概要

産科医やウシの農家は「満月の頃に出産数が増える」という実感をもっているが、これが科学的かつ明確に示された報告はない。むしろ人では否定的な結果がいくつも報告されている。しかし、人は栄養状態や社会環境などによる個体差が大きいため、こうした研究で有効な結論を得ることはとても難しい。そこで東京大学大学院農学生命科学研究科の米澤智洋准教授らの研究グループは、人より均一なデータの得られやすいウシをモデル動物として研究を行った(図1)。
 北海道石狩地区の夜間照明のない牛舎で一様に飼育管理されたホルスタインのべ428頭の出産日と月齢周期の関係を調べたところ、以下の2点が明らかになった。
 (1)満月の前から満月にかけての3日間、ウシの出産数が有意に増加した(図2)。
 (2)その変化は初産牛に比べて経産牛で顕著だった。
 本研究では原因までは明らかにできていない。本研究グループは、月光によるメラトニン(注1)の分泌変化が関与していると仮説を立てて、さらなる研究を計画している。「満月が近づくと出産数が増える」という本研究の成果は、出産メカニズムの深い理解や、産科医、農家、妊婦らが出産前後の計画を立てるのに有益な情報となることが期待される。

発表内容


図1 分娩後すぐのウシの親子(東京大学農学部附属牧場、李俊佑助教 撮影)(拡大画像↗)

 

図2 月齢周期と出産数の関係を示したヒストグラム(論文より引用)(拡大画像↗)


図3 出産数の多い時期の月(月齢14日、(c) Peter Stevens)(拡大画像↗)

産科医やウシの農家は「満月の頃に出産数が増える」という実感をもっているが、これが科学的かつ明確に示された論文はない。むしろ人の大規模調査では否定的な結果がいくつも報告されており、多くの専門家は月齢周期と出産との関連性は懐疑的であるととらえている。しかし、人は母親の栄養状態や社会的環境などによるばらつきが生じやすい。母親は自分の意思による自由な摂食が可能であるし、複雑な社会的要因によって出産までの間にさまざまなストレスがかかる。したがって、人の疫学的な研究で有効な結論を得ることはとても難しい。また、月齢周期がどのようにして出産に影響を与えているかはわからないが、仮に月光による光暴露時間によるものだとすると、現代社会を生きる人のデータでは明確な結果が出せない可能性が高い。

そこで本研究グループは、人より均一なデータの得られやすいウシをモデル動物として用いることにした(図1)。家畜であるウシは一様に飼育管理されており、栄養状態に大きなばらつきが生じにくい。100%人工授精による繁殖管理であるので、遺伝的多様性も人に比べて均一にすることができる。さらに、人工授精実施日と出産日から妊娠期間を正確に求めることができる。しかもウシの妊娠期間は約280日で、人と近い。農家によっては月光をさえぎる壁や夜間照明のない環境でウシを出産させるため、より自然な状態で分娩したデータを集めることもできる。

本研究では、北海道石狩地区の夜間照明のないフリーバーン(注2)で一様に飼育管理されたホルスタインを対象に、出産日と月齢周期の関係を調べた。2011年から2013年までの36回の月齢周期を調査期間とし、出産日の月齢は気象庁の発表した同日夜の月齢を利用した。得られたデータはカイ二乗検定(注3)およびライアンの多重比較検定(注4)によって有意差検定を行い、5%以下の危険率をもって有意な差があるとした。

のべ428頭のホルスタインの出産日と月齢の関係を調べた結果、新月から満月にかけて出産数は増加し、特に満月の前から満月にかけての3日間は有意に増加した。満月以降は下弦の月3日後まで出産数の低下が認められた(図2)。この変化は初産牛に比べて経産牛で顕著にみられた。人工授精日から算出された分娩予定日が新月から三日月にあたる出産の妊娠期間は有意に延長し、満月から下弦の月にあたる出産の妊娠期間は有意に短縮していた。

以上の結果より、これまで関係がありそうだと言われてきた月齢周期とウシの出産との間に関連があることが統計学的に初めて示された。本研究では原因までは明らかにされていないが、仮説として月による重力、潮の干満、月光などによる影響などが考えられる。確かに月齢による重力変化は潮の干満のような地球規模の質量のものに関しては影響をもたらすことが知られている。しかし、月によって変化する重力は地球の重力の30万分の1程度であり、天文学的視野からすれば極めて質量の小さい人やウシがこの重力変化に本当に反応できるかは疑問が残る。一方、月光を含む光への暴露時間が動物の内分泌に影響を与えることは複数の報告がある。なかでもメラトニンは、満月の時期になると血中濃度が低下すること、メラトニンの分泌は妊娠中に徐々に増加し、分娩時に激しく低下することがそれぞれ報告されている(注1)。そこで本研究グループは月光によるメラトニンの分泌低下が満月の出産数増加に関与していると仮説を立て、さらなる研究を計画している。「満月の近づく頃に出産数が増える」という本研究の成果は、出産メカニズムの深い理解や、産科医、農家、妊婦らが出産前後の計画を立てるのに有益な情報となることが期待される。

発表雑誌

雑誌名
「PLOS ONE」
論文タイトル
Lunar cycle influences spontaneous delivery in cows
著者
Tomohiro Yonezawa*, Mona Uchida, Michiko Tomioka, Naoaki Matsuki
DOI番号
10.1371/journal.pone.0161735

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医臨床病理学研究室
准教授 米澤智洋(よねざわともひろ)
Tel:03-5841-3096
Fax:03-5841-8187
研究科HP:http://www.vm.a.u-tokyo.ac.jp/vcpb/index.html

用語解説

注1 メラトニン
頭蓋内にある松果体と呼ばれる内分泌腺から分泌されるホルモン。性腺活動の調節、甲状腺の分泌刺激、副腎皮質機能の抑制、成長の遅延、睡眠の誘発などさまざまな作用が知られている。メラトニンの分泌は光を浴びると減少し、暗くなると増える。
注2 フリーバーン
ウシを細かく仕切られた区画に収容して管理するのではなく、比較的自由に歩き回れるスペースに放し飼いにして管理する牛舎の形態のこと。牛舎には屋根はあっても壁はないか可動式のことが多く、ウシをより自然に近い状態で飼うことができる。
注3 カイ二乗検定
分布に偏りがあるかどうかを調べる一般的な統計手法。
注4 ライアンの多重比較検定
上記の統計手法で偏りがあったときに具体的にどの群間に有意な差があるのか調べる手法のひとつ。