発表者
難波 成任(東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 教授)

発表のポイント

◆イネ、ココヤシ、バナナなどの重要作物や、花き、野菜、樹木など1,000種以上の植物に感染し枯らす世界中のあらゆるファイトプラズマの高感度遺伝子診断キットを開発しました。

◆迅速・高感度・安価な日本独占特許技術「LAMP法」とイン・シリコ解析手法により、未発見のファイトプラズマも特別な機器を用いずに30分で検出できる世界初のキットです。

◆媒介昆虫の特定もでき、環境にやさしい農業に貢献します。また、6月7日にパプアニューギニアで政府への納品式典が開催されるほか、東南アジアへの導入も決定しました。

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の難波成任教授らの研究グループは、世界中で発生し、農業生産に大きな被害を引き起こしているファイトプラズマ病(注1)を一網打尽に検出できる高感度遺伝子診断技術の開発と実用化に成功しました。
 ファイトプラズマ病は、イネに感染し枯らすなど、1,000種類以上の植物に感染し黄化萎縮病、天狗巣病、葉化病などを引き起こし、作物の生産量や品質を著しく損ないますが、一旦発生すると防除が困難で、周囲の植物に昆虫を介して伝染するため、感染植物を早期に発見し処分することが唯一の防除手段です。感染植物の早期発見のためには農業現場で使用できる簡易・迅速な診断技術が必須です。しかし、ファイトプラズマは40種以上により構成される多様な細菌グループであるため、これまで一部のファイトプラズマに対してしかそのような技術は開発されていませんでした(注2)。
 本研究グループは、世界中で発生している全てのファイトプラズマに加えて、未発見のファイトプラズマも検出できるファイトプラズマユニバーサル検出技術を開発しました。本技術を用いることにより、全てのファイトプラズマ病を簡易、迅速、高感度かつ安価に診断できるとともに、将来発生する予測不能のファイトプラズマ病の診断も可能となります。
 本研究成果は「ファイトプラズマユニバーサル検出キット」として製品化されるとともに(注3)、東南アジア各国で実施されるファイトプラズマ病の根絶事業に活用されることが決定しており、今後、世界各地で発生するファイトプラズマ病の防除のほか、媒介昆虫の特定や発生実態の解明などに貢献することが期待されます。

発表内容


図1 ファイトプラズマと媒介昆虫および植物における病徴(拡大画像↗)

 

図2 ファイトプラズマユニバーサルキット
上の写真は、反応後、市販の100円ショップ等で売っている紫外線ランプを照射したもの。感染している場合には、あざやかな緑色の蛍光を発する。暗室でなくとも、肉眼で簡単に判別出来る。(拡大画像↗)

ファイトプラズマは、1967年に東京大学の土居養二名誉教授らにより世界で初めて発見された新たな植物病原微生物群(Phytoplasma属細菌)で、1,000種以上の植物に感染します。また近年、開発途上国でイネ、ココヤシ(ココナッツ)、バナナ、キャッサバ、サトウキビ等の重要作物のほか、野菜、花き、果樹(ブドウ、モモ、リンゴなど)、樹木(キリなど)に対する甚大な被害が明らかになっています。治療方法は確立されておらず、ヨコバイ等の昆虫により植物から植物へと伝搬されるため、感染植物を早期に発見し処分することが唯一の根絶策です。そのため、被害を防ぐためには、簡易・迅速で信頼性の高い診断技術が必要不可欠です。

一般的なファイトプラズマ病の診断は、ファイトプラズマ特異的PCR法という手法により行われてきました。しかし、PCR法は煩雑な手順と高価な実験機器が必要なうえ、検出感度も高いとは言えませんでした。

本研究グループはこれまで、海外から侵入した、プラムポックスウイルス(ウメ輪紋ウイルス)をはじめ、様々な植物病の診断キットを開発しており、ファイトプラズマに対しても簡易・迅速で信頼性の高い検出技術の開発を行ってきました。ただ、ファイトプラズマ病は、40以上の種により構成され、遺伝子配列が多様性に富むため、確実な検出方法は、一部のファイトプラズマに限られていました(注2)。そのため、ファイトプラズマを網羅的に検出可能な、簡易・迅速で信頼性の高い診断技術の開発が望まれていました。

本研究グループは、2004年に東京大学難波成任教授らのグループが解読に成功したファイトプラズマゲノム情報を基盤として、遺伝子情報のin silico解析(コンピューターを利用した解析)により、世界中で既に発見されている全てのファイトプラズマに加えて、未発見のファイトプラズマでも検出できる、ファイトプラズマユニバーサルなLAMP検出技術(注3、4)を開発しました。さらに、これまでに開発したファイトプラズマDNAの簡易抽出技術と組み合わせることにより、お湯を入れた魔法瓶を用いるだけで、植物片から約30分でファイトプラズマ病の遺伝子診断が可能となります。

今回開発された技術は、「ファイトプラズマユニバーサル検出キット」として販売されます。これまでに、病原体を「種」のレベルで個別に検出する遺伝子診断キットは数多く開発されていますが、多様な種が含まれる上位分類群である「属」のレベルで病原体を一網打尽に検出できる遺伝子診断キットは、世界各地のファイトプラズマ病に悩む農業関係者や研究者が夢見ていたもので、世界初です。

本キットは、ココヤシ生産の脅威となっている新興ファイトプラズマ病の根絶事業を行っているパプアニューギニア政府の「ココヤシ遺伝資源保全事業」に正式採用され、6月7日(火)に現地において同国農業畜産省大臣、国会議員、州政府関係者、NARI、CC、RAIL、PNGOPRA、KIK、DAL等(注5)の同政府系団体代表者および日本国大使館一等書記官、国際協力機構(JICA)代表、(株)ニッポンジーン米田裕康社長参列のもと、キット利用開始の記念式典が催される予定です。また、ベトナム・カンボジア・タイの東南アジア3カ国においても、キャッサバに発生するファイトプラズマ病の防除に向けた国際共同研究事業(注6)で標準診断キットとして活用される予定です。今後、世界各地で発生するファイトプラズマ病の防除のほか、媒介昆虫の特定や発生実態の解明などを通じて、農業生産性の向上および安定化に貢献することが期待されます。

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 植物病理学研究室・植物医科学研究室
教授 難波成任
Tel:03-5841-5053
Fax:03-5841-5054
研究科HP: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/ae-b/planpath/index.html

用語解説

注1 ファイトプラズマ
1967年にマイコプラズマ様微生物(mycoplasma-like organism, MLO)として世界に先駆けて日本で発見された重要な植物病原細菌のグループ(Phytoplasma属細菌)。1,000種以上の植物に感染し、感染した植物は黄化病や萎縮病、天狗巣病、(花の)葉化病など特徴的な症状を発症し、最終的には枯死します。(図1参照)
注2 これまでのファイトプラズマ検出キット
本研究グループは、2011年に世界初のファイトプラズマ病の遺伝子診断キットとして、2種のファイトプラズマ(P. asterisおよびP. japonicum)を検出可能なキットを実用化しています。
https://www.u-tokyo.ac.jp/public/public01_231013_03_j.html
注3 「ファイトプラズマユニバーサル検出キット」
本研究グループにより、2016年に実用化されました。40種以上からなるファイトプラズマを網羅的に検出することができます。
http://www.nippongene.com/kensa/products/lamp-kit/phytoplasma/phytoplasma-universal.html (図2参照)
注4 LAMP法(Loop-mediated isothermal AMPlification)
定温遺伝子増幅法の一つとして、日本で開発された新規遺伝子増幅法です。遺伝子を増幅させる際にPCR法のように反応液の温度を何度も繰り返して昇降させる必要がなく、一定温度で反応を行うことでDNAを増幅する方法です。そのため、PCRよりも反応の迅速性に優れ、サーマルサイクラーのような高価な機器を必要としません。近年、国内外で現場等での病原体の迅速な検出・診断手法として利用が進んでいます。
注5 パプアニューギニア国の関連機関
NARI:National Agricultural Research Institute
 CCI:Cocoa and Coconut Institute
 RAIL:Ramu Agri Industries Limited
 PNGOPRA:Papua New Guinea Oil Palm Research Association
 KIK:Kokonas Industri Koporasen
 DAL:Department of Agriculture and Livestock
注6 地球規模課題対応国際科学技術協力」(SATREPS)
地球規模課題の解決と将来的な社会実装に向けて、国際協力機構(JICA)及び科学技術振興機構(JST)の連携のもと日本と開発途上国の研究者が行う国際共同研究プログラム。
http://www.jst.go.jp/global/kadai/h2708_vietnam.html