発表者
曽我昌史(東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻  特任助教)
Kevin J. Gaston(英国エクセター大学環境と持続性研究所 所長・教授)
山浦悠一(国立研究開発法人森林総合研究所森林植生研究領域 主任研究員)

発表のポイント

◆ガーデニングを通して植物と直接触れ合うことが、人々の健康を一般に向上させることを、メタ解析(過去の研究のデータをまとめて解析する研究手法)により世界で初めて明らかにしました。

◆ガーデニングを行うことで、欝(うつ)・不安症状・ストレスレベルの低下、人生満足度や生活の質の向上、肥満の防止等、人々の心身の健康に関わる多様な尺度の向上に役立つことが明らかとなりました。

◆ガーデニングは、人々の健康や生活の質を向上させる上で、有効な手段であることが期待されます。

発表概要

 現代の「都市化社会」において、都市住民の健康を促進させることは極めて重要な課題です。これまで、ガーデニング(草花の手入れや趣味の野菜作り)を通した植物との触れ合いは人々の健康に資することが指摘されてきました。しかし、その有効性を示す科学的根拠は乏しく、確証を得るには至っていませんでした。

 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻保全生態学研究室の曽我昌史特任助教、英国エクセター大学のKevin J. Gaston教授、森林総合研究所の山浦悠一主任研究員らの研究グループは、既存の研究データをまとめて解析する研究手法(メタ解析)を用いて、ガーデニングと健康促進の間に一定の(統計的に有意な)関係があることを突き止めました。具体的には、ガーデニングに参加することで、うつ症状やストレスレベルの低下、生活の質や地域社会との結びつきの向上、肥満の防止等、人々の心身の健康に関わる多様な尺度の向上に役立つことが分かりました。

この結果は、ガーデニングを通した植物との触れ合いが健康促進に貢献することを示す重要な成果であり、今後、自然体験と健康促進の関係を探る上で、重要な知見を提供するものと考えられます。

なお、本研究はJSPS科研費(No. 16K00631、No. 26292074)の助成を受け得られたものです。

発表内容

【研究の背景】

現代の「都市化社会」において、都市住民の健康を促進させることは極めて重要です。実際に、肥満や糖尿病などの生活習慣病や、うつ病・不安障害などのメンタルヘルス疾患の発症に都市環境が関わっていることは広く知られています。こうした現代病の発症を抑えることは、人々の生活の質を向上する上で、また増大する医療費を削減する上で重要な課題とされています。
これまで、ガーデニング(草花の手入れや趣味の野菜作り)を通した植物との触れ合いは人々の健康に資することが指摘されてきました。しかしながら、これまでの研究では、個々の研究ごとに計測尺度や地域・文化圏が異なり、必ずしも肯定的な結果が得られていないため、どれほどその効果に一貫性があるのかは分かっていませんでした。

【研究の内容】

図1.メタ解析の解析結果 ガーデニングを行っていない人(もしくはガーデニングを行う前)と比較した時の、ガーデニングを行っている人(もしくはガーデニングを行った後)の健康状態を示します。標準化平均差がゼロ(破線)の時は両者の間で健康状態に違いが無いことを、正の値の時はガーデニングを行っている人(もしくはガーデニングを行った後)の健康状態が良好であることを表しています。本研究では、全ての先行研究(76試験)を対象としたメタ解析だけでなく、身体的健康(18試験)および精神的健康を扱った研究(58試験)を分けたメタ解析も行いました。図中の青色の 四角はそれぞれのメタ解析で得られた標準化平均差(効果量)の平均値を、紫色の横に伸びる線 は標準化平均差の95%信頼区間を示しており、95%信頼区間がゼロをまたがない時、有意な効果量が検出されたと解釈されます(拡大画像↗)

  

今回、本研究グループは既存の研究データを収集・統合して解析する研究手法(メタ解析)を用いて、ガーデニングが持つ健康促進効果の有効性と一貫性を検証しました。本研究では、2016年1月までに学術論文データベース「PubMed」および「Web of Science」に掲載された英文論文を系統的・網羅的に検索し、ガーデニング(農園療法、家庭菜園や市民農園における野菜作り・草花栽培等)と健康の関係を扱った76の試験(21の個別先行研究)をメタ解析に用いました。それぞれの試験では、ガーデニングを行っていない人(もしくはガーデニングを実施する前)と比べて、ガーデニングを行っている人(もしくはガーデニングを実施した後)の健康状態がどれほど向上するのかが報告されています。私たちの解析では、これら個別の試験結果を統合し、ガーデニングと健康促進の間に統計的に有意な関係性があるのかを検証しました。なお、本研究では「出版バイアス(注1)」というメタ解析特有の統計上の問題も考慮して解析を進めました。
メタ解析の結果、ガーデニングへ参加することは、人々の健康促進と有意に関連することが明らかとなりました(図1)。具体的には、欝(うつ)・不安症状・ストレスレベルの低下、人生満足度や生活の質・自尊心・地域社会に対する結びつきの向上、肥満の防止など、心身の健康に関わる多様な尺度の向上に役立つことが分かりました。また、今回解析に用いた76の試験を精査した結果、身体的健康(肥満度や骨密度等)に比べて、精神的健康(鬱・不安症状、人生満足度等)の方がよりガーデニングと強い関係性があることも示されました(図1)。本研究では出版バイアスの存在が確認されましたが、上記の結果は出版バイアスの影響を補正した後でも変わりませんでした。

【今後の展望】
本研究は、ガーデニングと健康促進の間に統計的に有意な一定の関係が存在することを示す重要な成果です。ガーデニングは、老若男女を問わず多くの人々に親しまれている自然体験の一つです。また、都市部であっても、小さな区画を利用して実施することができます。そのため、ガーデニングは都市に住む人々の健康や生活の質、地域社会との結びつきを向上させる上で、親和性が高く有効な手段であることが期待されます。
一方で、今回の研究ではガーデニングと健康促進の間の詳細な因果関係を解明するまでには至りませんでした。そのため、今後、本研究グループは、ガーデニングを含めた「自然体験と健康促進の関係」について、より詳細なメカニズムの解明を進めるとともに、都市計画、健康づくりなど様々な観点から具体的な提言を示せるよう、研究を進めていく予定です。

発表雑誌

雑誌名

「Preventive Medicine Reports」 (電子版)

論文タイトル
Gardening is beneficial for health: a meta-analysis(ガーデニングは健康に資する:メタ解析による検証)
著者
Masashi Soga, Kevin J. Gaston and Yuichi Yamaura
DOI番号

http://dx.doi.org/10.1016/j.pmedr.2016.11.007

論文URL
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211335516301401

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科生圏システム学専攻
保全生態学研究室
特任助教 曽我 昌史(ソガ マサシ)
〒113-8657 東京都文京区弥生1-1-1
Tel:03-5841-8915
Email:asoga@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp


用語解説

注1 出版バイアス

 肯定的(クリア)な結果が出た研究に比べて、否定的な結果が出た研究は公表されにくいというバイアス(偏り)のことです。出版バイアスを考慮せずにメタ解析を行った場合、推定結果を過大評価する恐れがあります。