発表者
李  保海 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 博士研究員:当時)
神谷 岳洋 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 准教授)
Lothar Kalmbach (Department of Plant Molecular Biology, University of Lausanne-Sorge, Switzerland)
山上  睦 (環境科学技術研究所 研究員)
山口 勝司 (自然科学研究機構 基礎生物学研究所 技術職員)
重信 秀治 (自然科学研究機構 基礎生物学研究所 特任准教授)
澤 進一郎 (熊本大学大学院自然科学研究科 教授)
John M.C. Danku (Institute of Biological and Environmental Sciences, University of Aberdeen, UK:当時)
David E. Salt (Institute of Biological and Environmental Sciences, University of Aberdeen, UK:当時)
Niko Geldner (Department of Plant Molecular Biology, University of Lausanne-Sorge, Switzerland)
藤原  徹 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

 ◆植物の根における栄養吸収に重要な構造であるカスパリー線(注1)形成に関わる新規遺伝子を同定しました。

 ◆側根発生部位でスベリン(注2)がアポプラスト(注3)障壁として機能することを発見しました。

 ◆本研究は、カスパリー線とスベリンという異なる二つの細胞壁構造が強調して形成されることにより、アポプラスト障壁が形成されることを発見したものであり、植物の根における栄養吸収経路を理解する基礎的な知見を提供するものです。

発表概要

東京大学大学院農学生命科学研究科の李保海研究員、神谷岳洋准教授、藤原徹教授らの研究グループは、植物の根の栄養吸収に重要な役割をはたしている特殊な構造(カスパリー線)を形成する新規遺伝子[LORD OF THE RING 1(LOTR1)]を同定し、その解析の過程で、スベリンと呼ばれる脂質の一種が物質輸送における障壁として機能していること発見しました。
 植物は土壌に根を伸ばして栄養や水を吸収しますが、不必要な物質は取り込まないようにしなくてはいけません。そのためには、植物体内と体外を分ける障壁が必要です。しかし、この障壁が植物の成長過程において維持される機構はわかっていませんでした。
 今回、研究グループは栄養吸収に異常があるシロイヌナズナの変異型株を解析することにより、根の成長過程において、主根から分岐してくる根(側根)の発生部位における障壁がスベリン層により形成されていることを明らかにしました。
 本成果は、植物の根がその成長に応じて物質輸送の障壁を柔軟に形成し、栄養吸収を効率良く行う仕組みの一端を明らかにしたものです。植物の栄養吸収に関する基礎的な知見を提供し、効率的な栄養吸収を行なう作物の作出に寄与できると考えています。

発表内容

【図1】植物の根の構造カスパリー線は根の維管束の周りにある内皮細胞と内皮細胞の間に形成される。細胞外(アポプラスト)を通って輸送された物質は内皮細胞でブロックされる。 (拡大画像↗)

【図2】根におけるアポプラスト障壁の形成
側根の発生に伴い、カスパリー線が寸断(点線)され、内皮細胞と側根の間に隙間ができる。スベリンは、その隙間を埋めるように蓄積し、植物体内に不必要な物質が侵入することを防いでいる。右図は、根のスベリンを黄色に染色したもの。
(拡大画像↗)

【図3】側根発生部位でスベリンが障壁として機能している
野生型株とスベリンを分解した系統の根をトレーサーであるPIで処理した後、顕微鏡でPIの蛍光(マゼンタ)を観察した。矢印は側根発生部位を示す。野生型株では根の中心が染まっていない(PIが侵入していない)が、スベリンを分解した系統では、中心の維管束まで染まっている(PIが侵入している)。それぞれの系統で可視光像(左)と蛍光像(右)を示している。
(拡大画像↗)

植物は土壌に根を伸ばし、土壌に含まれるさまざまな物質の中から植物の生育に必要な物質(栄養)を吸収しています。土壌中には栄養素以外にも植物の生育に不必要な物質や病原菌などが存在していますが、これらは容易に植物体内に侵入することはありません。これは、植物の根にある内皮(注4)と呼ばれる細胞層が障壁として機能し、これらの侵入をブロックしているからです。
 内皮は、栄養の輸送経路である維管束(注5)を取り囲むようにして同心円状に存在しています(図1)。内皮を形成する細胞(内皮細胞)には、カスパリー線とスベリン層とよばれる細胞壁があり、これらが障壁としての機能を内皮に付与しています。カスパリー線は内皮細胞と内皮細胞の間に形成され、内皮細胞間の隙間を埋めることによりアポプラストを通る物質輸送(アポプラスト輸送)の障壁として機能しています。スベリン層は、内皮細胞全体を覆うように形成され、細胞外から内皮細胞内に物質が入ることを防いでいます。 これら2つの構造が存在するため、土壌から維管束にアポプラスを通って輸送される経路は、次の2つの経路が想定されていました。1つは、スベリン層が形成されていない内皮細胞を通過する経路です。もう1つは、カスパリー線のアポプラスト輸送の障壁としての機能が壊れた側根(主根から枝分かれした根)発生部位を通る経路です(図2)。側根は内皮の内側の細胞から発生するため、側根が伸びる際に内皮が突き破られ、内皮細胞同士が剥がれます。その際に、カスパリー線が寸断され隙間ができるため、アポプラスト輸送が可能になります。しかし、側根発生部位におけるアポプラスト輸送経路の存在に関しては、これを否定する結果もあり、議論がなされていました。
 今回、研究グループは低カルシウム条件で生育が阻害されるシロイヌナズナの変異型株を単離し、この変異株や他のカスパリー線変異株を解析することにより、側根発生部位における障壁の存在と、その障壁がスベリン層により形成されていることを明らかにしました。この発見の端緒となった変異株は、低カルシウム条件での生育阻害に加え、地上部カルシウム濃度の低下、カスパリー線の形成異常、スベリンの過剰蓄積が起きていました。この中の一つの現象であるスベリンの過剰蓄積が植物の物質輸送に与える影響を調べるために、スベリンを蓄積しない植物を作成しました。この植物での物質輸送を詳細に調べるために、アポプラスト輸送のトレーサー(注6)であるpropidium iodide(PI、注7)を用いて、根のどの部位で輸送が起きているかを観察しました。その観察の過程で、野生型株の側根発生部位ではPIが維管束に侵入できない一方で、スベリンを分解した系統ではPIが侵入できることが観察されました(図3)。このことから、側根発生部位ではアポプラスト輸送が行われていないことと、その輸送の障壁としてスベリン層が機能していることが示されました。スベリン層の形成を観察すると、側根が発生するに従って、側根発生部位で蓄積することが確認できました。以上の結果と、側根の発生過程から、スベリンは側根と内皮細胞の間に生じた隙間を埋めることにより、アポプラスト障壁を形成していることを明らかにしました。
 なお、この変異株の原因遺伝子はこれまでに機能がわかっていない新規の遺伝子であり、カスパリー線というリング状の構造の形成に関与していることから LORD OF THE RING 1 (LOTR1)と名付けました。
 植物の根は、環境の変化に応じてその形態を巧みに変化させ、環境に適応します。側根の発生も環境適応の一部ですが、その発生は逆に、障壁として重要な機能をもっているカスパリー線を寸断させてしまいます。本研究は、このカスパリー線の寸断とスベリン層の形成が強調して、植物の根において障壁を形成することを示したものであり、植物の根を守る重要な機構の発見です。本成果は、植物の栄養吸収に関する基礎的な知見を提供するとともに、効率的な栄養吸収やストレス耐性を付与する作物の作出に寄与できると考えています。

本研究は日本学術振興会 外国人特別研究員奨励費(李 保海)、若手研究(A)(課題番号26712008、代表:神谷岳洋)、日本学術振興会 基盤研究(S)(課題番号 25221202、代表:藤原徹)、日本学術振興会 新学術領域研究(課題番号 15H01224、代表:藤原徹)の支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
:「Current Biology」Vol. 27, P1-8(予定)
論文タイトル
:Role of LOTR1 in nutrient transport through organization of spatial distribution of root endodermal barriers.
著者
:Baohai Li*, Takehiro Kamiya*, Lothar Kalmbach, Katsushi Yamaguchi, Shuji Shigenobu, Sawa Shinichiro, John M.C. Danku, David E. Salt, Niko Geldner, Toru Fujiwara (*共同筆頭著者)
DOI番号
:doi: 10.1016/j.cub.2017.01.030
論文URL
: http://www.cell.com/current-biology/abstract/S0960-9822(17)30062-3
 

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻
植物栄養・肥料学研究室
准教授 神谷 岳洋(かみや たけひろ)
Tel:03-5841-5105
Fax:03-5841-8032
E-mail: akamiyat<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp
<アット>を@に変えてください。

用語解説

注1.カスパリー線

 植物の根の内皮細胞の細胞壁に存在する特殊な構造で、リグニンと呼ばれる高分子フェノール化合物とスベリンが蓄積することで、アポプラスト経由の輸送を阻止している。Robert Casparyによって19世紀に発見された。

注2.スベリン

 植物が生産する蝋状の物質で、水をはじく性質がある。スベリンが細胞壁に蓄積すると水や物質の拡散がおこりにくくなる。

注3.アポプラスト

 細胞膜の外側の空間。内皮までは土壌中の成分が自由に出入りできると考えられている。

注4.内皮

 根の土壌側から三番目の細胞層。シロイヌナズナの根は、土壌に接する側から中心に向かって、表皮、皮層、内皮、維管束となっている。

注5.維管束

 植物の栄養を運ぶ管。根で吸収された栄養は維管束を通じて体内に分配される。

注6.トレーサー

 物質の流れを可視化するための試薬

注7.propidium iodide(PI)

 蛍光を発する化学物質で、アポプラストを通じた拡散により到達できる範囲を調べる為に用いられる。