発表者
山田 千早   (東京大学大学院農学生命科学研究科 博士研究員;当時)
後藤 愛那   (京都大学大学院生命科学研究科 博士研究員)
阪中 幹祥   (石川県立大学腸内細菌共生機構学講座 博士研究員)
Mitchell Hattie  (University of Western Australia 大学院生)
Keith A. Stubbs (University of Western Australia シニアリサーチフェロー)
片山(池上)礼子 (石川県立大学生物資源学部 准教授)
廣瀬 潤子    (滋賀県立大学人間文化学部 准教授)
栗原 新     (石川県立大学腸内細菌共生機構学講座 准教授)
荒川 孝俊    (東京大学大学院農学生命科学研究科 助教)
北岡 本光    (農研機構食品研究部門 ユニット長)
奥田 修二郎  (新潟大学大学院医歯学総合研究科 テニュア・トラック 准教授)
片山 高嶺    (京都大学大学院生命科学研究科 教授/石川県立大学腸内細菌共生機構学講座 特任教授)
伏信 進矢    (東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)

発表のポイント

◆母乳栄養児の腸管内においてビフィズス菌優勢な腸内フローラの形成に関わる酵素の立体的な構造と機能を明らかにしました。

◆ビフィズス菌のラクト-N -ビオシダーゼという酵素が母乳オリゴ糖分解に果たす役割を明らかにし、その遺伝子数が母乳栄養児の糞便中で優位に高いことを見出しました。さらにこの酵素の持つユニークな立体構造を解明し、その詳細な反応機構も明らかにしました。

◆ヒトとビフィズス菌が共生を通じて進化をとげた様子の一端が明らかとなりました。母乳オリゴ糖のビフィズス因子としての機能を解明することにより食品添加物や栄養補助食品の開発に寄与すると期待されます。

発表概要

母乳で育つ乳児の腸管にはビフィズス菌(注1)優勢なフローラが形成されます。人乳にはビフィズス菌を増やす因子が含まれていると予測されていましたが、その機構は詳細には分かっていませんでした。
 京都大学大学院生命科学研究科および石川県立大学腸内細菌共生学講座の片山高嶺教授らの研究グループは、人乳に含まれるオリゴ糖(母乳オリゴ糖、注2)を利用するための酵素であるラクト-N -ビオシダーゼという酵素に着目して研究を行ってきました。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の伏信進矢教授らの研究グループは、片山教授らのグループと共同で研究を行い、全く新しいタイプのラクト-N -ビオシダーゼの立体構造を世界で初めて明らかにしました。そのユニークな立体構造から、ビフィズス菌が新しいタイプの酵素を独自に進化させてきたことが示唆されました。さらに、ラクト-N -ビオシダーゼの遺伝子がビフィズス菌の母乳オリゴ糖による増殖において重要であること、母乳栄養児中の糞便にラクト-N -ビオシダーゼの遺伝子数が優位に高いことも明らかにしました。このことから、ビフィズス菌が乳児期のヒトと母乳オリゴ糖を介した共生を通じて共に進化を遂げたことが推察されます。本研究は、母乳オリゴ糖のビフィズス菌増殖因子としての機能を解明した研究であり、食品添加物や栄養補助食品の開発に弾みをつけるものと言えます。

発表内容

図1 ビフィズス菌優勢な腸内フローラの形成と、母乳オリゴ糖の分解酵素の役割
(拡大画像↗

図2 ラクト-N -ビオシダーゼLnbXの立体構造
母乳オリゴ糖の一部(水色:2つの六角形の環が繋がった分子)が分子の中央に結合している。
(拡大画像↗

ビフィズス菌は母乳栄養児の糞便に多く含まれる細菌です。授乳を開始するとすぐに乳児の腸管にはビフィズス菌優勢なフローラが形成されますが、離乳と同時にこのフローラは消滅します。人乳にはビフィズス菌を増やす因子(ビフィズス因子)が含まれていると予測されていましたが、その機構は詳細には分かっていませんでした。

片山高嶺教授らの研究グループは、以前より、人乳に含まれるオリゴ糖(母乳オリゴ糖)を利用するための酵素をビフィズス菌のみが有していることに着目して研究を進めており(図1)、今回の研究では特にラクト-N -ビオシダーゼという酵素に着目して研究を行いました。ラクト-N -ビオシダーゼは、母乳オリゴ糖の中でも含有量の高いラクト-N -テトラオースというオリゴ糖に作用する酵素です。

今回、伏信進矢教授らの研究グループは、片山教授らのグループと共同で研究を行い、これまで知られていなかった新しいタイプのラクト-N -ビオシダーゼ(LnbX)の立体構造を、X線結晶構造解析(注3)により世界で初めて明らかにしました。伏信教授らのグループが以前に立体構造を解明したラクト-N -ビオシダーゼは糖質加水分解酵素(注4)のファミリー20番に属する酵素でしたが(2013年5月7日 本研究科プレスリリース)、LnbXはそれとは全く形状の異なる「β-ヘリックス(注5)」と呼ばれる立体構造を持つことが分かり、新たな糖質加水分解酵素のファミリー番号(136番)が付与されました(図2)。このことは、ビフィズス菌はヒトの乳児期における共生を通じて、全く異なる2種類のラクト-N -ビオシダーゼを別々に進化させてきたことを示唆します。さらに、ある種のビフィズス菌の持つLnbXの遺伝子が母乳オリゴ糖、特にラクト-N -テトラオースを利用して増殖するために必要であることも明らかにしました。また、京都府内の助産院の協力を得て、完全母乳で育てた乳児の糞便と混合乳で育てた乳児の糞便を解析したところ、ビフィズス菌の数が完全母乳栄養児で有意に高いこと、またラクト-N -ビオシダーゼの遺伝子数も有意に高いことを見出しました。ラクト-N -テトラオースというオリゴ糖は、さまざまな霊長類の乳中でも人乳にのみ特に多く含まれている成分です。また、ビフィズス菌はヒトの乳児に特徴的に多く生息する細菌です。このことから、ヒトはその乳児期に積極的にビフィズス菌と共生するという進化をとげ、それを支えたのが母乳オリゴ糖であることが推察されます。

最近、ヨーロッパを中心にして、人工的に合成した母乳オリゴ糖を人工乳に添加しようという動きがあります。本研究は、母乳オリゴ糖のビフィズス因子としての機能を解明した研究であり、科学的エビデンスに基づいた食品添加物や栄養補助食品の開発に弾みをつけるものと言えます。本研究はまた、「乳児期にビフィズスフローラが形成されることのヒトにとっての生理的意義は何か」という疑問も生じさせます。本研究グループは、このことを理解するための研究を始めています。

発表雑誌

雑誌名
:Cell Chemical Biology(4月7日オンライン版)
論文タイトル
:Molecular insight into evolution of symbiosis between breast-fed infants and a member of the human gut microbiome Bifidobacterium longum
著者
:Chihaya Yamada, Aina Gotoh, Mikiyasu Sakanaka, Mitchell Hattie, Keith A. Stubbs, Ayako Katayama-Ikegami, Junko Hirose, Shin Kurihara, Takatoshi Arakawa, Motomitsu Kitaoka, Shujiro Okuda, Takane Katayama* & Shinya Fushinobu*
DOI番号
: 10.1016/j.chembiol.2017.03.012
論文URL
http://doi.org/10.1016/j.chembiol.2017.03.012
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問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 酵素学研究室
教授 伏信 進矢(ふしのぶ しんや)
Tel:03-5841-5151
Fax:03-5841-5151
研究室URL:http://enzyme13.bt.a.u-tokyo.ac.jp/

用語解説

注1 ビフィズス菌
主にヒトなどの動物の腸内に生息する細菌で、いわゆる善玉菌と呼ばれる。特に乳児期に多く、母乳で育てた場合、全腸内細菌の90%以上を占めることもある。
注2 母乳オリゴ糖
人乳に含まれる乳糖以外のオリゴ糖。3番目に多い固形成分でありながら、ヒトの消化酵素には耐性であるために、乳児の栄養とはならない。ビフィズス菌は、母乳オリゴ糖に作用して加水分解する酵素(母乳オリゴ糖分解酵素)を多数保有している。
注3 X線結晶構造解析
酵素を含むタンパク質の立体構造を明らかにするための最も一般的な解析方法の一つ。目的物質の結晶にX線を照射し、回折データを測定することにより、微細な三次元構造を知ることができる。
注4 糖質加水分解酵素
アミラーゼ、セルラーゼなど、糖質のグリコシド結合に作用して加水分解する酵素の総称でGlycoside Hydrolaseと呼ばれる。フランスのHenrissatらによりファミリー分類がなされており(http://www.cazy.org/)、Glycoside Hydrolaseのファミリーは現在1番から136番まで知られている。
注5 β-ヘリックス
タンパク質の立体構造モチーフの一つで、2〜3本のβシートと呼ばれるシート状の二次構造がらせん状になって作られる。分子全体は長いかたちになり、一般的にはそこに長い割れ目が生まれるため、ペクチンなどの長い糖鎖に作用する酵素がこのモチーフを持つことが知られている。しかし、LnbXはそれらとは異なり、中央に存在する小さなポケットに母乳オリゴ糖が結合することが明らかになった。
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