発表者
西田   翔(中央大学理工学部 助教/(当時)東京大学大学院農学生命科学研究科・日本学術振興会特別研究員)
筧   雄介(横浜市立大学 木原生物学研究所 植物応用ゲノム科学部門 特任助教)
嶋田 幸久(横浜市立大学 木原生物学研究所 植物応用ゲノム科学部門 教授)
藤原   徹(東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

◆次世代シーケンサーを用いたRNA-Seq解析(注1)と情報学的解析により、モデル植物であるシロイヌナズナにおいて、栄養条件に応じてmRNAの構造が変化する遺伝子が多数存在することを発見しました。

◆今回発見したmRNAの構造変化は、植物が様々な栄養環境に適応するために必要な新しい遺伝子制御機構である可能性があり、植物の環境耐性を強化する新たな方策の開発につながりうるものであります。

発表概要

図1. 実験に使用したシロイヌナズナ
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図2.本研究で対象にした栄養に応じてアイソフォームの存在比が変化する遺伝子のモデル図
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図3.アイソフォームを持つ遺伝子、および栄養に応じてアイソフォームの存在比が変化した遺伝子の割合
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研究の背景

 植物は土壌から栄養素を吸収して生長します。しかし、栄養素の過剰な吸収は、かえって生長を阻害します。このため植物は、生育する環境の栄養状態に応じて、栄養の吸収量や根の伸長量など様々な生理応答を調節しながらその場の環境に適応します。これまでに、植物の栄養環境適応に関わる様々な遺伝子が発見されており、栄養環境に応じてそれらの遺伝子の転写量を変化させることで、生理応答が調節されることが知られていました。
一方、動物においては、遺伝子の転写産物であるmRNAの構造変化がいくつかの生理応答を制御することが知られています。真核生物の遺伝子(DNA)には、「エキソン」と呼ばれる塩基配列と、mRNAの合成途中で取り除かれる「イントロン」と呼ばれる塩基配列があります。このイントロンの切り取られ方の違い(選択的スプライシング)や転写が開始される場所の違い(選択的転写開始)により、一つの遺伝子からエキソンの組合せが異なる複数のmRNA(ここではアイソフォームと呼びます)が合成されることがあります。そして、このアイソフォームが異なる機能を持つことで、同じ遺伝子からできたmRNAでも、条件に応じて異なる役割を担うことが知られていました。
このmRNAにおけるエキソンの組合せ制御は、遺伝子の転写「後」制御として古くから知られていましたが、植物の栄養環境適応への関与についてはこれまで明らかにされていませんでした。

今回の成果の要点

 東京大学大学院農学生命科学研究科の藤原 徹教授、中央大学理工学部の西田 翔助教(当時 東京大学大学院農学生命科学研究科・日本学術振興会特別研究員および広島大学大学院生物圏科学研究科助教)、横浜市立大学木原生物学研究所の筧 雄介助教、嶋田 幸久教授らの研究グループは、次世代シーケンサーを用いたRNA-Seq解析と情報学的解析により、モデル植物であるシロイヌナズナの根において、低栄養に応答してエキソンの組合せ構造が変化する遺伝子を多数同定することに成功しました。それらの遺伝子群の中には、根の伸長制御やストレス耐性に必要な遺伝子が含まれており、さらにそれらがコードするタンパク質の構造が栄養条件で変化することも予測されました。本研究は、エキソンの組合せ制御を介した植物の新しい栄養環境応答機構が存在することを示唆しており、今回同定された遺伝子の機能や構造変化の意義を明らかにしていくことで、植物の環境耐性を強化する新たな方策に結びつくと考えています。

具体的研究手法・内容

 モデル植物であるシロイヌナズナ(図A)を、12種類の栄養元素(窒素、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、硫黄、ホウ素、鉄、マンガン、亜鉛、銅、モリブデン)をそれぞれ欠如した培養液、および通常の培養液で4日間栽培した後に、根よりRNAを抽出し、次世代シーケンサーを用いたRNA-Seq解析により根に含まれるRNAの配列情報を網羅的に解析しました。そして、得られたRNA-Seqデータを情報学的な処理を行うことで、栄養欠乏処理でアイソフォームの存在比が変化する遺伝子(図B)を選抜しました。
解析の結果、アイソフォームが検出された遺伝子が8,265個検出され、そのうち栄養欠乏処理によりアイソフォームの存在比が比較的大きく(1.4倍以上)変動する遺伝子を643個同定することに成功しました(図C)。これらの遺伝子の特徴を調査したところ、ストレス耐性や代謝関連など、様々な機能を持つ遺伝子が含まれていることが明らかとなりました。また、エキソンの組合せ構造が変化した遺伝子が持つ機能的な特徴は、栄養欠乏に応答して転写量が変化した遺伝子が持つ機能的特徴とは明らかに異なっていました。このことから、エキソンの組合せ構造が変化する遺伝子は、転写量が制御される既知の栄養関連遺伝子とは異なる役割を持つことが推測されます。
さらに研究グループは、カリウム欠乏に特異的に応答してエキソンの組合せ構造が変化する遺伝子「MYB59 (注2)」に着目しました。MYB59は、他の遺伝子の転写量を制御する転写因子(注3)というタンパク質をコードする遺伝子で、根の伸長量を調節する役割があることが知られていました【1】。MYB59のmRNAから翻訳されるタンパク質の構造を予測したところ、転写因子としての機能に必須なDNA結合領域の数が異なるタンパク質が各アイソフォームから翻訳されることが予想され、これらのタンパク質の存在比がカリウム欠乏に応答して変動することが推測されました。このことは、MYB59におけるエキソンの構造変化がカリウム欠乏下における根の伸長の調節に関与していることを示唆しています。
本研究は、様々な栄養欠乏下においてmRNAの構造を網羅的に解析した初めての成果です。本研究で得られた解析データは、掲載雑誌のウェブサイトから入手可能であるほか、研究グループが独自に管理するウェブサイト(http://atpbsmd.yokohama-cu.ac.jp/jbrowse.html)からもmRNAの構造変化を確認することができます。これらの情報を元に、同定された遺伝子の機能や、エキソンの構造変化の生理学的意義を明らかにしていくことで、エキソンの組合せ制御を介した新しい植物の無機栄養応答機構が明らかになることが期待されます。そして、将来的には作物の貧栄養耐性を強化する新たな技術につながるものと考えています。

本研究は、日本学術振興会の特別研究員奨励費(課題番号13J08293、西田翔)、若手研究(B)
(課題番号16K18667、代表:西田翔)、基盤研究(S)(課題番号 25221202、代表:藤原徹)の支援を受けて行われました。

【1】Mu, Rui-Ling, et al. "An R2R3-type transcription factor gene AtMYB59 regulates root growth and cell cycle progression in Arabidopsis." Cell Res. 19 (2009): 1291-1304.

発表雑誌

雑誌名
: The Plant Journal (2017年6月6日オンライン版)
論文タイトル
: Genome-wide analysis of specific alterations in transcript structure and accumulation caused by nutrient deficiencies in Arabidopsis thaliana
著者
: Sho Nishida, Yusuke Kakei, Yukihisa Shimada, and Toru Fujiwara
DOI番号
: 10.1111/tpj.13606:
論文URL
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/tpj.13606/full

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科
応用生命化学専攻 植物栄養・肥料学研究室
教授 藤原 徹
Tel:03-5841-5104
Fax:03-5841-8032
Email: atorufu<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

中央大学理工学部
応用化学科 環境化学研究室
助教 西田 翔
Tel:03-3814-1924
Email: shon<アット>kc.chuo-u.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

注1 RNA-Seq解析
遺伝子の転写産物であるRNAを逆転写したcDNAの配列を網羅的に解析する手法のことを言う。
注2 MYB59
転写因子をコードする遺伝子の一つ。シロイヌナズナの根端細胞において、細胞周期に関わる遺伝子の発現を制御することで、主根の伸長を抑制する働きがあることが示されている。

注3 転写因子
遺伝子の転写を制御するDNA領域に結合し、その遺伝子の発現を促進したり抑制したりするタンパク質を指す。