発表者

南川 舞 (東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 特任研究員)
野中 圭介(農研機構果樹茶業研究部門 カンキツ研究領域 主任研究員) 
神沼 英里(情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所生命情報研究センター 大量遺伝情報研究室 助教)
清水 徳朗(農研機構果樹茶業研究部門 カンキツ研究領域 上級研究員)
岩田 洋佳(東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻 准教授)

発表のポイント

◆大量のDNAマーカー(注1)情報から特性を予測する「ゲノミックセレクション」(注2)」 が、カンキツの品種改良に有用であることを明らかにしました。

◆ゲノミックセレクションの利用により、従来のDNAマーカー選抜では難しかった、果実の重さや色、果皮のむきやすさなどの重要な特性を、芽生えの段階で高い精度で予測できます。

◆ゲノミックセレクションは、消費者などの新たなニーズに応える、カンキツの品種改良の加速化・効率化に役立つと期待されます。

発表概要

近年、果樹の品種改良では、DNAの違いから特性を予測し個体を選抜する「DNAマーカー選抜」の利用が進んでいます。しかし、DNAマーカー選抜の利用は少数の遺伝子が関わる特性に限られており、果実重など重要な特性の多くを占める、多数の遺伝子が少しずつ関わる特性には利用できませんでした。

東京大学、農研機構および情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所は共同で、大量のDNAマーカー情報から特性を予測する新技術「ゲノミックセレクション」により、芽生え段階で果実重、果実の硬さ、果皮の色、果皮のむきやすさ、果肉の色、じょうのう膜(注3)のやわらかさといった果実の特性を高い精度で予測することに成功しました。

その結果、ゲノミックセレクションを利用すれば、従来のDNAマーカー選抜法の利用が困難であった、多数の遺伝子が関わる特性についても、芽生え段階で選抜できることが明らかになりました。

ゲノミックセレクションの活用により、消費者などの新たなニーズ(たとえば特徴的な香りを持つカンキツなど)に応える、カンキツの品種改良の加速化・効率化が期待されます。

なお、本研究は農林水産省委託プロジェクト「ゲノム情報を活用した農産物の次世代生産基盤技術の開発」、「多数の遺伝子が関与する形質を改良する新しい育種技術の開発」(NGB)、情報・システム研究機構 新領域融合プロジェクト「生命システム」サブテーマ1 超大量ゲノム情報の支援を受けて行われました。

発表内容

図1 従来の育種法とゲノミックセレクションを取り入れた育種法の比較
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図2 様々な果実特性におけるゲノミックセレクションによる予測精度オレンジ色(右)のバーがゲノミックセレクションによる予測精度(10分割交差検証法により求めた予測値と実際の観察値との相関係数())。相関係数()が0.7以上の場合に予測精度が高いと判断。緑色(左)のバーは、従来のDNAマーカー選抜法による予測精度。果実重、香りの多少、多汁性、糖度では、ゲノミックセレクションを利用することにより従来のDNAマーカー選抜法に比べて予測精度が大きく向上。
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  1. 研究の背景・先行研究における問題点
      カンキツは我が国の重要農産物の一つですが、近年、国内需要は低下傾向にあるため、新たな需要を喚起する新品種の迅速な育成が求められています。果樹の育種では、圃場において様々な特性を評価することで目的とする特性をもった個体を選抜し、品種としています。求める特性を持った個体はおおむね5000個体に1個体程度しか得られないため、評価する個体数を増やすことが非常に重要となります。しかし、カンキツをはじめとする多くの果樹は植物体が大きく、圃場に植え付けられる本数には限りがあります。また、果実がなりはじめるまでに長い時間がかかるという特徴もあります。このため、もしも芽生えの段階で果実の特性を評価できれば、植え付け本数と評価にかかる時間の両面から育種の加速化に大きく貢献します。
      近年、家畜育種の分野を中心に新たな選抜手法であるゲノミックセレクションが注目され、実用化が進んでいます。ゲノミックセレクションでは任意の品種・系統間における特性の違いと大量のDNAマーカー情報との関係を数式で表した予測モデルを作成することで、新たに養成した個体についてもDNAマーカーの情報のみで高精度に特性を予測することができます。果樹の場合、果実がまだつかない芽生えの段階でもDNAマーカーの情報を得られるため、ゲノミックセレクションを利用すれば、多くの特性について有望な個体だけを選抜して圃場に植え付けられるため実質的な評価個体数を大幅に増加できるものと期待されます(図1)。また、この手法では、従来のDNAマーカー選抜法では適用が難しかった多数の遺伝子が関与する特性にも適用可能であることが示されています。
      そこで本研究ではゲノミックセレクションのカンキツ育種への応用を目指し、その有効性を検証しました。
  2. 研究内容
    1. 農研機構のカンキツ育種で交雑親として用いているカンキツ111品種・系統および35の交配組み合わせから養成した676個体を合わせた合計787個体における果実重、果皮の色、皮のむきやすさ、糖度、酸含量など17の果実特性およびゲノム(注4)全体を網羅する1841個のDNAマーカーの情報を用いてゲノミックセレクションの予測モデルを作成しました。
    2. 予測モデルにより果実重、果実の硬さ、果皮の色、果皮のむきやすさ、果肉の色、じょうのう膜のやわらかさを精度良く(観測値と予測値との相関係数(r)(注5)が0.7より大きい)予測できました。また、多汁性、種子の多少、糖度、果皮の滑らかさなども比較的高い精度(r が0.6程度)で予測できました(図2)。
    3. 果実重、香りの多少、多汁性、糖度は、ゲノミックセレクションを利用することにより従来のDNAマーカー選抜よりも精度の高い選抜が可能であることを示しました(図2)。
    4. 選抜に有効な予測モデルは、従来のDNAマーカー選抜法と異なり、新たに交雑集団等を養成しなくても、既存の品種・系統や過去の育種で育成した個体などを利用することで作成できる可能性を示しました。
  3. 社会的意義・今後の予定 など
      カンキツの育種にゲノミックセレクションを利用することで芽生えの段階で多くの優れた個体を選抜できるため、選抜対象とする個体数を大幅に増やすことにより、消費者や生産現場等のニーズに対応した品種の育成効率を向上させることができます。
      今後は選抜の精度をさらに向上させ、適用可能な特性を拡大するため、予測モデルの作成に利用するDNAマーカーの数を増やすほか、果実特性の評価方法を高度化していく予定です。

発表雑誌

雑誌名
:「Scientific Reports」(オンライン版:7月5日)
論文タイトル
:Genome-wide association study and genomic prediction in citrus: Potential of genomics-assisted breeding for fruit quality traits
著者
:Mai F. Minamikawa, Keisuke Nonaka, Eli Kaminuma, Hiromi Kajiya-Kanegae, Akio Onogi, Shingo Goto, Terutaka Yoshioka, Atsushi Imai, Hiroko Hamada, Takeshi Hayashi, Satomi Matsumoto, Yuichi Katayose, Atsushi Toyoda, Asao Fujiyama, Yasukazu Nakamura, Tokurou Shimizu, Hiroyoshi Iwata
DOI番号
:10.1038/s41598-017-05100-x
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41598-017-05100-x

問い合わせ先

東京大学大学院 農学生命科学研究科 生産・環境生物学専攻生物測定学研究室
准教授 岩田 洋佳 (イワタ ヒロヨシ)
Tel:03-5841-5069
Fax:03-5841-5069
Email: aiwata<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <アット>を@に変えてください。

用語解説

注1 DNAとDNAマーカー
DNAはデオキシリボ核酸という物質であり、アデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の4種類の塩基の並び(DNA配列)で構成されています。また、DNAマーカーとは生物個体の遺伝的性質、もしくは系統(個人、親子・親族関係、血統あるいは品種など)を特定するための目印となる個体特有のDNA配列のことです。
注2 ゲノミックセレクション
既存の品種や系統、これまでの育種における交配で得られた個体などを用いて、これらの品種等の間における果実重などの特性の違いと大量のDNA配列の違いとの関係を数式で表した予測モデルを作成し、本モデルを新たに養成した個体に適用しDNA配列から特性を予測することで、求める特性を持った個体を選抜する手法です。この手法では多数の遺伝子が関わる特性の予測が可能です。ゲノミックセレクションを用いれば、果実がつかない芽生えの段階でも果実の特性を予測して、優秀な個体を選抜できます。
注3 じょうのう膜
カンキツの房のふくろの部分です。じょうのう膜のやわらかさは品種によって異なり、食べやすさに関係します。一般的にウンシュウミカンなどはやわらかくそのまま食べられますが、甘夏やブンタンなどはかたく食べにくいため、果肉のみ食べることが一般的です。じょうのう膜にはペクチンなどの食物繊維が含まれており、果肉と一緒に食べた方が体に良いと言われています。
注4 ゲノム
生物が生きていくために必要な遺伝情報の1組をいいます。構造としては染色体の1セットに相当します。また、遺伝情報はDNAの塩基配列で記述されています。
注5 相関係数(r)
相関係数は2つの変数間の関係を表す数値で-1~1の間の値をとります。相関係数が正の値のときは、一つの変数が大きな値をとるほど、もう一方の変数も大きな値をとる傾向があり、負の値のときは一方の変数が大きな値をとるほど他方の変数は小さな値をとる傾向があります。一般的に、相関係数の値が1(あるいは-1)に近いほど強い関係があるといえます。