- 発表者
- 増岡 弘晃 (東京大学 大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 博士課程1年)
嶋田 広野 (東京大学 大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 学部生;当時)
清末(安田) 知代 (日清ペットフード株式会社)
清末 正晴 (日清ペットフード株式会社)
大石 幸恵 (日清ペットフード株式会社)
木村 聖二 (日清ペットフード株式会社)
大橋 雄二 (日本獣医生命科学大学 食品科学科 准教授)
藤澤 倫彦 (日本獣医生命科学大学 食品科学科 教授)
堀田 こずえ (東京大学 大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 助教)
山田 章雄 (東京大学 大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 教授;当時)
平山 和宏 (東京大学 大学院農学生命科学研究科獣医学専攻 准教授)
発表のポイント
◆5つの年齢ステージ(離乳前、離乳後、成年期、高齢期、老齢期)におけるネコの腸内細菌叢(注1)を解析し、腸内細菌叢が変化(老化)することを見出しました。
◆ネコの腸内細菌叢を構成する菌やその加齢に伴う変化(老化)はヒトやイヌで見られるものと異なるものでした。
◆ネコの腸内細菌叢を健全に保つために、ネコに特化したより適切なプロバイオティクス(注2)の開発に繋がる可能性が示されました。
発表概要
近年、日本におけるペットの数は子供の数よりも多くなっており、ペットの健康維持により注目が集まっています。健康維持の手段の一つに腸内環境の改善がありますが、ペット、特にネコにおける腸内細菌叢については研究が十分ではありません。
東京大学大学院農学生命科学研究科の平山和宏准教授らの研究グループ、日清ペットフード株式会社および日本獣医生命科学大学の藤澤倫彦教授らの研究グループは、ネコの腸内細菌叢を5つの年齢ステージにおいて解析することで、ネコの腸内細菌叢の特徴を明らかにし、その構成が加齢とともに変化することを見出しました。また、ネコの腸内細菌叢の構成やその加齢に伴う変化(老化)の様子はヒトやイヌとは大きく異なっていることも明らかとなり、ネコにおいては腸球菌(注3)が優勢な有用菌であることが示唆されました。この発見はネコにとって適切なプロバイオティクスの開発に繋がる可能性があり、ネコの健康改善法の更なる進歩が期待されます。
発表内容
【背景】
近年、日本で飼育されているペットの頭数(犬:988万頭、猫:985万頭 2016年)は15歳未満の子供の数(1574万人 2017年)を上回っています(ペットの頭数:一般社団法人ペットフード協会調べ、子供の数:総務省調べ)。また、ペットの寿命も獣医療の進歩とともに年々長くなる傾向にあります。それと同時に、ペットを家族の一員として考えるオーナーが増えており、ペットのQOL(注4)にこれまで以上の注目が集まっています。ペットのQOLを高い水準で保つ方法の1つに腸内環境の改善がありますが、腸内環境を良い状態に保つためには、まず様々な年齢ステージにおける腸内細菌叢の状態についての情報を把握しておく必要があります。しかし、ヒトにおける腸内細菌叢は加齢に伴って変化することが広く知られているものの、イヌ・ネコをはじめとするペットでは、加齢に伴う腸内細菌叢の変化は十分に研究されていませんでした。
そこで、東京大学大学院農学生命科学研究科の平山和宏准教授らおよび日清ペットフード株式会社の研究グループはイヌにおける加齢に伴う腸内細菌叢の変化を検討し、本年1月にその成果を学術論文(※文献)として報告しましたが、引き続きネコにおいてもヒトやイヌと同様に加齢に伴う腸内細菌叢の変化(老化)が見られるかを、日本獣医生命科学大学の藤澤倫彦教授らを加えて調べました。
【方法】
腸内細菌叢の加齢性の変化を調べるため、5つの年齢ステージ(離乳前、離乳後、成年期、高齢期、老齢期)のネコ(各ステージ10頭)から糞便を採取しました(表1)。糞便に含まれる細菌の種類および数の全体像を知るために最初に培養法を用いた解析を行いました。その後、ヒトや動物の健康に重要な役割を持つと考えられているビフィズス菌と乳酸桿菌については、定量的PCR法(注5)を用いたより詳細な解析を行いました。
【結果】
5つの年齢ステージのネコを対象に腸内細菌叢を調べたところ、加齢に伴う腸内細菌叢の変化(老化)が認められましたが、この変化はヒトやイヌで知られているものとは異なるものでした。
具体的には、ネコの腸内細菌叢にはどの年齢ステージにおいてもBacteroidaceae科や
Eubacterium属グループの細菌が多い一方で、ビフィズス菌(
Bifidobacterium属;注6)や乳酸桿菌(
Lactobacillus属;注7)は優勢菌ではなく、代わりに
Enterococcus属グループ(腸球菌)の細菌が多いことが分かりました(表2)。また、高齢になると
Clostridium属グループの細菌が増え、
Enterococcus属グループの細菌が減ることもわかりました。高齢のネコで増えた
Clostridium属グループの細菌には、いわゆる悪玉菌と呼ばれる動物に良くない影響を及ぼす細菌も含まれていることが知られています。
【考察・社会的意義】
ヒトの腸内においてはビフィズス菌がいわゆる善玉菌の代表として重要な位置を占めていることが知られています。本グループの過去の研究より、イヌにおいては乳酸桿菌がその役割を担うことを示唆する報告がなされています。今回、ネコにおいてはこれらのどちらの細菌も優勢ではなく、同様の位置を占めるのは腸球菌であることが明らかになりました(図1)。また、ヒトのビフィズス菌やイヌの乳酸桿菌は加齢に伴ってその数が減少することが知られていますが、老齢期のネコでは腸球菌の数が減少することも分かりました。
近年、ヒトでは腸内細菌叢を健康に保つため、「老化」とともに減少するビフィズス菌を補うことを目的としたプロバイオティクスが広く使用されています。今回の研究により、ネコにおいて腸内細菌叢を良好な状態に保つ役割を果たしている菌はヒトや他の動物とは異なることが示唆されました(図1)。本研究成果は、ネコの腸内環境を健康に保つためのネコに特化した適切なプロバイオティクスの開発に繋がることが期待されます。
【※文献】
Hiroaki Masuoka, Kouya Shimada, Tomoyo Kiyosue-Yasuda, Masaharu Kiyosue, Yukie Oishi, Seiji Kimura, Akio Yamada, and Kazuhiro Hirayama. Transition of the intestinal microbiota of dogs with age.
Bioscience of Microbiota, Food and Health. 2017; 36: 27-31.
発表雑誌
- 雑誌名
- :「PLOS ONE」
- 論文タイトル
- :Transition of the intestinal microbiota of cats with age
- 著者
- :Hiroaki Masuoka, Kouya Shimada, Tomoyo Kiyosue-Yasuda, Masaharu Kiyosue, Yukie Oishi, Seiji Kimura, Yuji Ohashi, Tomohiko Fujisawa, Kozue Hotta, Akio Yamada and Kazuhiro Hirayama
- DOI番号
- :10.1371/journal.pone.0181739
- 論文URL
- :http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0181739
問い合わせ先
- 東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医公衆衛生学研究室
准教授 平山 和宏(ひらやまかずひろ)
- Tel:03-5841-5476
- Email: akazu <at>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp <at>を@に変えてください。
用語解説
- 注1 腸内細菌叢
- 動物の消化管には非常に多種多様な細菌が住み着いており、これらは複雑に絡み合うことで独自の生態系(腸内細菌叢)を構築しています。腸内細菌叢は動物の健康や病気と深く関係していることが知られています。
- 注2 プロバイオティクス
- 腸内細菌叢のバランスを整えることでヒトや動物の健康に有益な作用をもたらすことを目的として、整腸剤や食品に用いられる細菌のことを示します。
- 注3 腸球菌
- プロバイオティクスとして使用されることもある乳酸菌の一種です。免疫力を高める効果が高い菌種も知られています。
- 注4 QOL
- Quality of Life(生活の質)のことです。本来できる行動を制限されることなく、充実した生活を送ることができるか、
という概念のことです。
- 注5 定量的PCR法
- 糞便からDNAを抽出してその中の特定の菌群にしかないDNA配列をPCRで増幅し、増幅の速さからその菌群の菌数を調べる方法です。
- 注6 ビフィズス菌
- ヒトなどの動物の腸内に生息する細菌で、いわゆる善玉菌と呼ばれています。ヒトでは特に乳児期に多いことが知られており、母乳で育った場合には腸内細菌全体の90%以上を占めることもあります。また、子供と大人では持っているビフィズス菌の種類が違うことも知られています。
- 注7 乳酸桿菌
- プロバイオティクスとして使用される乳酸菌の一種です。イヌにおいて優勢菌であることが本グループの過去の研究で分かっています。