発表者
井上 裕太(国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 特別研究員)
市栄 智明(高知大学農学部 准教授)
田中 憲蔵(国立研究開発法人森林研究・整備機構 森林総合研究所 主任研究員)
米山   仰(愛媛大学大学院連合農学研究科 特別研究員)
熊谷 朝臣(東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 教授)
中静   透(総合地球環境学研究所 特任教授)

発表のポイント

◆この研究では、熱帯雨林の巨大高木は土壌の乾燥が進むとすぐに葉の吸水能力を高めて光合成や蒸散を続け、乾燥環境下でも水を消費し続ける戦略を持つことを明らかにしました。

◆世界に先駆けて、マレーシア・ボルネオ島の樹高40mに達する巨大高木に大規模な降雨遮断実験を行い、樹木の乾燥への応答や順応能力を解明しました。

◆この研究の成果は、気候変動により将来予想される干ばつに対して熱帯雨林で何が起こるのか予測するのに役立ちます。

発表概要

世界各地で気候変動による干ばつの頻度増加や降雨パターンの変化が予測され、森林生態系の衰退や樹木の大量枯死が危惧されています。年中多湿な東南アジアの熱帯雨林でも、今後は強い干ばつの発生が予測されています。これまで干ばつをほとんど経験してこなかった熱帯雨林の樹木は、乾燥ストレスに脆弱かもしれません。特に、樹高50mにもなる熱帯雨林の巨大高木は、根から葉までの水輸送が困難なため干ばつの影響を受けやすい可能性があります。しかし、巨大高木へのアクセスは困難なため、これまで乾燥ストレスへの応答は不明でした。
  森林総合研究所、高知大学、東京大学、総合地球環境学研究所の共同研究グループは、これまで干ばつをほとんど経験してこなかった熱帯雨林の樹木の乾燥への応答を明らかにするために、ボルネオ島の熱帯雨林に生育するリュウノウジュ(フタバガキ科)の成木の周囲に直径30mの傘を作り、降雨を遮断する実験を行うことで、人工的に土壌を乾燥させ、樹木の応答を調べました。その結果、リュウノウジュの葉は土壌の乾燥に素早く反応し、葉の浸透圧の調節を行うことでより強い力で乾いた土壌から水を吸い続けました。そのため、午前中は普段と変わらない活発な光合成・蒸散活動を維持し、午後にはその活動が半分程度に低下しましたが、気孔を完全に閉鎖して光合成を止めることはありませんでした。このように乾燥した環境下でも、光合成を行うために気孔を開き、水を消費し続ける戦略は、更なる乾燥が進めば限界を迎え枯死する危険を伴います。実際、1997年にボルネオ島を襲った100年に一度といわれる大干ばつでは、巨大高木でも枯死する個体が相次ぎました。この研究の成果は、将来干ばつが頻発した際に熱帯雨林で何が起こるのか予測するのに役立ちます。

発表内容

マレーシアサラワク州ランビル国立公園の熱帯雨林の様子(左)。中央のやぐらを設置している木は調査を行ったリュウノウジュの一本で樹高は50mを超えています。 リュウノウジュの周りに設置した直径30mの傘の様子(右)。木で作った枠の上にビニールを張り、約3か月間設置して人工的な土壌の乾燥を引き起こす大規模な操作実験を行いました。興味深いことに、花芽を付ける個体も見られました。 (拡大画像↗)

図 熱帯雨林の巨大高木の乾燥ストレスへの応答
降雨遮断後に、乾燥処理木は日中の葉の水ポテンシャルを下げて(ピンク実線)吸水力を高め、乾いた土壌から水を吸い続けました(①)。しかし、対照木(平常時)の原形質分離時の水ポテンシャル(青点線)を下回り(②)、平常時では葉が枯れるほどの強い乾燥ストレスを受けていました。そこで乾燥処理木は浸透調節を行うことにより原形質分離点をさらに下げ(ピンク点線)、葉が枯れないように順応しました(③)。 (拡大画像↗)

【背景】
  気候変動による干ばつの強度や頻度の増加は、世界中の森林生態系で樹木の枯死、森林機能の劣化等を引き起こす要因になります。特に、これまで歴史的にほとんど干ばつを経験してこなかった東南アジア熱帯雨林は、他の森林生態系よりも干ばつに対して脆弱であることが予測されています。熱帯雨林は、生物多様性の高さだけではなく、全球的な炭素・水循環への貢献度が高く、陸域生態系の一次生産の3割以上を担うことが知られています。しかし、樹高40mに達する熱帯雨林の林冠層へのアクセスが難しいことに加え、干ばつの発生はほとんど予測できないため、干ばつに対する林冠構成木の応答を調べることは非常に困難でした。気候変動により、東南アジア熱帯雨林域においても、干ばつの増加が予測されており、林冠木の干ばつに伴う土壌の乾燥に対する応答を解明することは、将来の気候変動に対する熱帯雨林の応答や動態予測を行うための重要な基礎情報となります。

【方法】
  熱帯雨林の樹木の乾燥への応答を明らかにするために、常に湿潤なボルネオ島の熱帯雨林に優占するフタバガキ科樹木を対象に大規模な降雨遮断実験を行いました。対象樹種としてフタバガキ科のリュウノウジュ(Dryobalanops aromatica)を選びました。樹高40mに達するリュウノウジュの成木を3本選び、その周囲にビニールで出来た直径30mの傘を作り、降雨を4ヶ月間遮断することで、人工的に土壌を乾燥させました。土壌乾燥の影響を評価するために、降雨遮断を行った処理木と降雨遮断を行わない対照木を対象に、葉の光合成や蒸散速度、葉の浸透圧、葉が土壌から水を吸い上げる力(葉の水ポテンシャル)、葉の細胞が原形質分離を起こす際の水ポテンシャル(どの程度の乾燥に耐えることが可能なのかの指標)などについて、実験開始から終了まで定期的に測定しました。調査は高さ90mの林冠調査用クレーンやハシゴを用いて、リュウノウジュ巨大高木の林冠部先端の葉に直接アクセスして調べました。

【結果】
  リュウノウジュの葉は土壌の乾燥に素早く反応し、葉の浸透圧を下げることで給水能力を高め、より強い力で乾いた土壌から水を吸い続けました。乾燥時の葉が水を吸い上げる力は、乾燥ストレスを受けていない対照木なら葉の細胞が原形質分離を起こし死んでしまうストレスに相当しましたが、降雨遮断を行った個体では、葉が浸透圧調整を行うことで原形質分離点をさらに低下させて順応できていることが分かりました。そのため、降雨遮断を行っているにもかかわらず、午前中は普段と変わらない活発な光合成・蒸散活動を維持できていました。さすがに、午後にはその活動が半分程度に低下しましたが、葉の裏にある気孔を完全に閉鎖して光合成や蒸散を止めることはありませんでした。このように土壌が乾燥した環境下でも、光合成を行うために気孔を開き、水を消費し続ける戦略は、更なる乾燥が進めば限界を迎え枯死する危険を伴います。1997年にボルネオ島を襲った100年に一度といわれる大干ばつでは、巨大高木の枯死が相次いだこともこの戦略の弱点を示しています。

【意義】
  この研究により、熱帯雨林の巨大高木が土壌の乾燥に対して、葉の浸透調整などを行うことで素早く応答し、乾燥環境下でも光合成や蒸散活動をできるだけ維持することが分かりました。このような乾燥した環境下でも気孔を開き続ける戦略は、更なる乾燥が進めば樹木の枯死に繋がる危険があります。この発見は、今後、干ばつの強度や頻度の増加が予測される熱帯雨林域において、将来干ばつが頻発した際に熱帯雨林で何が起こるのか予測するのに役立ちます。

発表雑誌

雑誌名
:Tree Physiology(2017年10月1日発行)
論文タイトル
:Effects of rainfall exclusion on leaf gas exchange traits and osmotic adjustment in mature canopy trees of Dryobalanops aromatica (Dipterocarpaceae) in a Malaysian tropical rain forest
著者
:Yuta Inoue*, Tomoaki Ichie, Tanaka Kenzo, Aogu Yoneyama, Tomo’omi Kumagai, Tohru Nakashizuka *Corresponding author
DOI番号
:10.1093/treephys/tpx053
論文URL
https://academic.oup.com/treephys/article/3852112/Effects-of-rainfall-exclusion-on-leaf-gas-exchange

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科森林科学専攻 森林理水及び砂防工学研究室
教授 熊谷 朝臣(くまがい ともおみ)
Tel:03-5841-5214
E-mail:tomoomikumagai<アット>gmail.com  <アット>を@に変えてください。
森林総合研究所
特別研究員 井上 裕太(いのうえ ゆうた) 
Tel:029-829-8220
E-mail:inoueyu03<アット>affrc.go.jp  <アット>を@に変えてください。
森林総合研究所
主任研究員 田中 憲蔵(たなか けんぞう) 
E-mail:mona<アット>affrc.go.jp  <アット>を@に変えてください。