発表者
Alexander Holm Viborg (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 博士研究員、
                        日本学術振興会外国人特別研究員;当時)
片山 高嶺(京都大学大学院生命科学研究科 教授/石川県立大学腸内細菌共生機構学講座特任教授)
荒川 孝俊 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 助教)
Maher Abou Hachem (デンマーク工科大学 准教授)
Leila Lo Leggio (コペンハーゲン大学 准教授)
北岡 本光(農研機構食品研究部門 ユニット長)
Birte Svensson (デンマーク工科大学 教授)
伏信 進矢 (東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 教授)

発表のポイント

◆プロバイオティクスとして利用されているビフィズス菌から新しい糖質分解酵素を発見してその立体構造を明らかにしました。

◆漢方薬の成分などを分解する新しい活性を示す酵素の作用機構を解明し、その酵素が腸内細菌に広く分布することを示しました。

◆腸内細菌叢に影響を与える新たな機能性食品やプレバイオティクスの開発につながることが期待されます。

発表概要

ビフィズス菌(注1)は善玉腸内細菌としてよく知られており、乳糖などのガラクトースを含むオリゴ糖を主なエネルギー源として生育に利用しています。Alexander Holm Viborg博士研究員と東京大学大学院農学生命科学研究科の伏信進矢教授らのグループは、デンマーク工科大学のBirte Svensson教授、Maher Abou Hachem准教授らのグループと共同研究を行い、プロバイオティクス(注2)として利用されているビフィズス菌株から新しい糖質加水分解酵素(注3)である(BlArap42B)を発見し、その機能と立体構造を明らかにしました。BlArap42Bは当初予想されたガラクトース分解酵素ではなく、α-L-アラビノピラノースという糖に作用することが分かり、漢方薬の一種である牡丹皮や朝鮮人参の成分を効率よく分解できることが分かりました。BlArap42Bの立体構造を決定したところ、この酵素にはα-L-アラビノピラノース部分だけでなく牡丹皮の成分(ペオノリド)全体がぴったりと結合するポケットが存在することが明らかになりました。さらに、BlArap42Bに類似した酵素の遺伝子が、腸内細菌を中心とする多数の微生物のゲノムに存在することも分かりました。本研究は、このようなα-L-アラビノピラノースを含有する物質が、他の植物の根(例えば根菜など)にも含まれていることや、腸内細菌がそれらを分解して利用している可能性を示唆するものです。また、腸内細菌叢に影響を与える新規なプレバイオティクス(注2)の開発につながることも期待されます。

発表内容

図 BlArap42Bの全体構造(左)と活性部位の構造(右) 左:BlArap42Bの三量体と、サブユニットA(緑)とC(青)の間に結合したペオノリド(黄と赤の球)を示す。
右:活性部位に結合したペオノリドを黄色で表した。ペオノリドの中のα-L-アラビノピラノシド部分を赤い丸で囲んだ。BlArap42Bの立体構造はX線結晶構造解析により決定し、ペオノリドの結合状態はドッキング解析により推定した。 (拡大画像↗)

  ビフィズス菌(注1)は「健康によい」腸内細菌(善玉菌)としてよく知られており、乳糖(ラクトース)やヒトの母乳に含まれるオリゴ糖などの、ガラクトースを含むオリゴ糖を主なエネルギー源として生育に利用して、ヒトの腸内に定着・増殖することが分かっています。
 デンマーク工科大学のBirte Svensson教授とMaher Abou Hachem准教授らのグループはプロバイオティクス(注2)として実際に利用されているビフィズス菌B. animalis subsp. lactis Bl-04株(注4)を主な研究対象の一つとしてその酵素の研究を行ってきました。Alexander Holm Viborg博士研究員はSvensson教授の指導のもとで学位を取得後、日本学術振興会外国人特別研究員として東京大学大学院農学生命科学研究科の伏信進矢教授、荒川孝俊助教らのグループに加わり本研究を行いました。研究グループはBl-04株のゲノムから糖質加水分解酵素(注3)ファミリー42(GH42)に属する未同定の酵素(BlArap42B)の遺伝子を見出し、その酵素の機能と立体構造を明らかにしました(図左)。
 GH42には、これまで乳糖や母乳オリゴ糖などに作用するβ-ガラクトシダーゼという酵素しか知られていませんでしたが、BlArap42Bは新しいα-L-アラビノピラノシダーゼという活性を示すことが分かりました。この酵素の立体構造をX線結晶構造解析(注5)により調べると、基質が結合するポケットにおいて、一般的なGH42のβ-ガラクトシダーゼではフェニルアラニンとヒスチジンというアミノ酸が存在するのに対し、BlArap42Bではどちらもより大きな側鎖を持つトリプトファンというアミノ酸になっており、β-ガラクトシドより小さなα-L-アラビノピラノシドにぴったりと合うことが分かりました(図右)。この酵素が作用する天然のα-L-アラビノピラノシド含有化合物(配糖体)を探索したところ、漢方薬の一種である牡丹皮の成分ペオノリドと、朝鮮人参のサポニン成分の一種であるギンセノシドRb2がよく分解されることが分かりました。BlArap42Bの基質結合ポケットについてドッキング解析(注6)を行ったところ、ペオノリドの中のα-L-アラビノピラノシド部分以外の大きな部分もぴったりと結合するようなかたちになっていることが分かりました。BlArap42Bとアミノ酸配列が似たタンパク質は同様のα-L-アラビノピラノシダーゼである可能性が高いため、そのような酵素の遺伝子を微生物のゲノムから網羅的に探索したところ、150種以上の微生物(主にヒトの腸内細菌)のゲノムから類似酵素遺伝子が発見されました。そのうち、ヒト腸内から発見された細菌であるRoseburia intestinalis M50/1株の類似酵素においても、同様なα-L-アラビノピラノシダーゼ活性を示すことを確認しました。α-L-アラビノピラノシドを含有する化合物は、いまのところ上記のペオノリドのようにいくつかの植物、それも主に根の部分からしか見つかっていません。しかし、腸内細菌の多くがBlArap42Bの類似酵素遺伝子を持っているという事実は、ヒトが日常的に摂取している根菜などにもこのような糖鎖を持つ化合物が含まれており、腸内細菌がこのような化合物を分解して定着・増殖に利用している可能性を示唆するものです。本研究は、腸内細菌叢に影響を与える新規なプレバイオティクスの開発につながることが期待されます。

発表雑誌

雑誌名
:「The Journal of Biological Chemistry」(掲載日:2017年10月23日)
論文タイトル
:Discovery of α-L-arabinopyranosidases from human gut microbiome expands the diversity within glycoside hydrolase family 42
著者
:Alexander Holm Viborg, Takane Katayama, Takatoshi Arakawa, Maher Abou Hachem, Leila Lo Leggio, Motomitsu Kitaoka, Birte Svensson, and Shinya Fushinobu*
DOI番号
:10.1074/jbc.M117.792598
論文URL
http://www.jbc.org/content/early/2017/10/23/jbc.M117.792598

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻 酵素学研究室
教授 伏信 進矢(ふしのぶ しんや)
Tel:03-5841-5151
Fax:03-5841-5151
研究室URL: http://enzyme13.bt.a.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 ビフィズス菌
主にヒトなどの動物の腸内の小腸下部から大腸にかけて生息する細菌で、いわゆる善玉菌と呼ばれる。特に乳児期に多く、母乳で育てた場合、全腸内細菌の90%以上を占めることもある。
注2 プロバイオティクスとプレバイオティクス
プロバイオティクスとは、腸内フローラのバランスを改善することによって宿主の健康に好影響を与える生きた微生物であり、プレバイオティクスとは腸内の特定の細菌の増殖および活性を変化させることにより宿主に好影響を与え、健康を改善する難消化性食品成分である。前者の例として乳酸菌やビフィズス菌、後者の例として各種のオリゴ糖が挙げられる。
注3 糖質加水分解酵素
アミラーゼ、セルラーゼなど、糖質のグリコシド結合に作用して加水分解する酵素の総称でGlycoside Hydrolaseと呼ばれる。フランスのHenrissatらによりファミリー分類がなされており(http://www.cazy.org/)、Glycoside Hydrolaseのファミリーは現在1番から145番まで知られている。
注4 ビフィズス菌B. animalis subsp. lactis Bl-04株
ヒト腸由来のビフィズス菌株で、胃酸耐性、胆汁耐性などプロバイオティクスに適した性質を示し、ゲノム解析がすでに行われている。デンマークのDanisco社が販売している。
注5 X線結晶構造解析
酵素を含むタンパク質の立体構造を明らかにするための最も一般的な解析方法の一つ。目的物質の結晶にX線を照射し、回折データを測定することにより、微細な三次元構造を知ることができる。
注6 ドッキング解析
標的タンパク質と低分子リガンドの複合体構造を計算科学的に推定する解析手法。本研究ではBlArap42Bとペオノリドの複合体をプログラムAutoDock Vinaを用いたドッキング解析により推定した。