発表者

小林 奈通子(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属アイソトープ農学教育研究施設/応用生命化学専攻 助教)

山地 直樹(岡山大学資源生物科学研究所 准教授)
山本 博貴(信州大学大学院 総合理工学研究科 大学院生)
大久保 薫(信州大学大学院 総合理工学研究科 大学院生)
上野 広樹(信州大学大学院 総合工学系研究科 大学院生)
Alex COSTA(ミラノ大学バイオサイエンス学専攻 准教授/イタリア学術会議 生物物理学研究所研究員)
田野井慶太朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 附属アイソトープ農学教育研究施設/応用生命化学専攻 准教授,
          JSTさきがけ研究員)
松村 英生(信州大学繊維学部 ヒト環境科学研究支援センター 准教授)
藤井(柏野) 美帆(岡山大学資源生物科学研究所 研究員)
堀口 智貴(信州大学大学院 総合理工学研究科 大学院生)
Mohammad Al NAYEF(School of Agricultural Science, University of Tasmania, Australia)
Sergey SHABALA(School of Agricultural Science, University of Tasmania, Australia)
Gynheung AN(Crop Biotech Institute, Kyung Hee University, Korea)
馬 建鋒(岡山大学資源生物科学研究所 教授)
堀江 智明(信州大学繊維学部 応用生物科学科 准教授)

発表のポイント

◆ナトリウム輸送体であるOsHKT1;5は、塩ストレス環境でのイネの成長維持に寄与することを発見しました。

◆OsHKT1;5は、根、節、葉鞘の維管束細胞で発現し、新葉や成熟葉の葉身、花柄へのナトリウムの流入を抑制する役割を担うことを明らかにしました。

◆本研究の成果は、耐塩性を高めた新たなイネ品種の作出などへの応用につながると期待されます。

発表概要

世界の塩害土壌において植物成長を抑制する主要因子がナトリウムイオンであり、高塩環境下で根から吸収された後、葉に蓄積し、細胞の機能を阻害することで毒性を発揮します。本研究では、根から葉へのナトリウム輸送に関与すると考えられてきたHKT輸送体ファミリーの1つであるOsHKT1;5の機能について、oshkt1;5変異体を用いて解析しました。その結果、根と葉鞘においてはOsHKT1;5は導管細胞の周囲で発現し、根から地上部、さらに葉鞘から葉身へのナトリウム輸送を抑制していることが分かりました。また、茎においては節の篩部で発現しており、ここを通って新葉などの未熟組織へ向かうナトリウムの移動を抑えていることが示されました。OsHKT1;5は、このような多面的な機能によって、塩ストレス環境下でのイネの成長維持に関わっていることが明らかになりました。この成果をもとに、今後はOsHKT1;5の機能強化によるイネへの耐塩性付与の可能性を検討していきたいと考えています。

発表内容

図1 OsHKT1;5(●)は木部柔細胞(XPC)や篩部柔細胞(PPC)の細胞膜に局在し、ナトリウム(Na+)を細胞内に取り込むことによって、導管や篩管を流れるナトリウムの濃度を下げる(左)。放射性ナトリウム(22Na)を用いたナトリウムの動態解析により、OsHKT1;5を欠損した変異体ではナトリウムが根から地上部に流入しやすく、しかも、主要な光合成の場である葉身にナトリウムが蓄積しやすいことが分かった(右上)。高塩ストレス条件下で栽培すると、変異体は葉の枯死が促進され、種子収量が低下し、さらに収穫された種子の発芽率も低くなった(右下)。(拡大画像↗)

【研究の背景と目的】
 塩害は世界中の灌漑農業地域で広く見られ、農作物の収量を低下させる要因となっています。塩害下での主要な植物成長抑制因子がナトリウムイオンです。根圏のナトリウム濃度が高まると浸透圧ストレスが引き起こされ、さらに、根に吸収されたナトリウムイオンが細胞内に蓄積すると、細胞質の機能障害が生じるのです。イネにおいて、根から吸収されたナトリウムイオンの体内輸送に関与すると考えられてきたのがクラスI・HKT輸送体ファミリーで、これに属する輸送体は4つあることが知られていました。そこで私達はイネの塩ストレス耐性機構の解明を目指し、これらの輸送体の機能解析に取り組んできました。
【研究の内容】
  HKT輸送体ファミリー・クラスI遺伝子の1つであるOsHKT1;5は、細胞外のナトリウムを細胞内に取り込む輸送体をコードしています。本研究では、この輸送体OsHKT1;5が根の導管周辺の木部柔細胞で発現し、導管からナトリウムを排除する役割を果たすことを示しました。これによって、根に吸収されたナトリウムの地上部への移動が抑制されます。またOsHKT1;5は、葉鞘内の導管からもナトリウムを排除することにより、光合成の場である葉身へのナトリウムの流入を防いでいることが分かりました。さらに、OsHKT1;5は茎内の節においては篩管周辺の篩部柔細胞で発現し、未熟組織である新葉へ向かうナトリウムの移動を抑制することが示されました。このようなOsHKT1;5の多面的な機能を失ったoshkt1;5変異株では、地上部各組織でのナトリウム含量が高まり、葉の枯死が促進され、種子収量が低下したことに加え、種子の発芽率も低下しました。これらの結果から、OsHKT1;5はナトリウムの維管束輸送を制御することで耐塩性に寄与する重要な輸送体であることが明らかとなりました。
【今後の予定と期待】
  OsHKT1;5に類似したナトリウム輸送体は、イネよりも塩ストレスに強い主要作物においても耐塩性に関与していると思われます。今後はそれらの輸送体の機能解析も進めることで、OsHKT1;5の機能強化を通じたイネの耐塩性向上の可能性について検討したいと考えています。

発表雑誌

雑誌名
:The Plant Journal
論文タイトル
:OsHKT1;5 mediates Na+ exclusion in the vasculature to protect leaf blades and reproductive tissues from salt toxicity in rice
著者
:Natsuko I. Kobayashi, Naoki Yamaji, Hiroki Yamamoto, Kaoru Okubo, Hiroki Ueno, Alex Costa, Keitaro Tanoi, Hideo Matsumura, Miho Fujii-Kashino, Tomoki Horiuchi, Mohammad Al Nayef, Sergey Shabala, Gynheung An, Jian Feng Ma, Tomoaki Horie
DOI番号
:10.1111/tpj.13595
論文URL
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/tpj.13595/full

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 附属アイソトープ農学教育研究施設/
応用生命化学専攻 放射線植物生理学研究室
助教  小林 奈通子(こばやし なつこ)
Tel:03-5841-5440
Fax:03-5841-8193
研究室URL: http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/radio-plantphys/index.html