発表者

中島史恵(名古屋大学大学院生命農学研究科 応用分子生命科学専攻 大学院学生、日本学術振興会特別研究員)
柴田貴広(名古屋大学大学院生命農学研究科 応用分子生命科学専攻 准教授、JSTさきがけ研究者)
神谷孝平(名古屋大学大学院生命農学研究科 応用分子生命科学専攻 大学院学生)
吉武  淳(名古屋大学未来社会創造機構 特任助教)
菊地良介(名古屋大学医学部附属病院 医療技術部 臨床検査部門 臨床検査技師)
松下  正(名古屋大学医学部附属病院 検査部 部長・教授)
石井 功(昭和薬科大学薬学部 教授)
Juan A. Giménez-Bastida(Vanderbilt University Medical Center 博士研究員)
Claus Schneider(Vanderbilt University Medical Center 准教授)
内田浩二(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)

発表のポイント

◆脂質異常症患者血液中において有意に増加する修飾タンパク質を同定しました。

◆脂質異常症患者血液中において、低分子チオール化合物が結合したS-チオール化修飾血清アルブミンが有意に増加していることを見出しました。また、それらの低分子チオール化合物は分子内ジスルフィド結合を形成しているはずのシステインに対しても結合していることが判明しました。

S-チオール化修飾血清アルブミンが、脂質異常症に関連する疾患のバイオマーカーとなることが期待されます。本研究により、血清アルブミンの翻訳後修飾と疾患との関連性を明らかにするきっかけとなることが期待されます。

発表概要

ある種のタンパク質翻訳後修飾は、疾患などの生体の状態を反映していることが明らかにされつつあります。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の内田浩二教授らは、脂質異常症において増加する修飾タンパク質の構造と機能変化に着目し、研究を進めました。その結果、タンパク質のシステイン残基に低分子チオール化合物がジスルフィド結合したS-チオール化修飾血清アルブミンが脂質異常症患者において有意に増加していることを見出しました。さらに、これまで酸化修飾の唯一のターゲット部位と考えられていた遊離のシステイン残基(Cys34)のみならず、分子内ジスルフィド結合を形成しているシステイン残基もS -チオール化修飾を受けていることが明らかとなりました。また、S-チオール化修飾を受けることにより血清アルブミンのリガンド結合能が上昇することも見出しました。これらの結果は、脂質異常症におけるバイオマーカーとしての修飾血清アルブミンの重要性と示すものと考えられます。

発表内容

図 本研究の概要(拡大画像↗)

タンパク質の翻訳後修飾は、その活性、コンフォメーション、局在性や安定性だけでなく、他のタンパク質や核酸、脂質、補因子などの生体分子との相互作用を調節する化学修飾であり、生体の多彩な機能を制御する上で非常に重要な役割を果たしています。一方で、近年、ある種の翻訳後修飾が生体の状態を反映していることも明らかにされつつあります。そこで我々は、脂質異常症に注目し、疾患特異的に増加する修飾タンパク質の構造と機能変化について研究を進めました。
   脂質異常症患者血清中において増加する特異的な修飾タンパク質の探索を行った結果、酸化修飾を受けたヒト血清アルブミン(HSA)が増加することが明らかとなりました。さらに質量分析による解析の結果、HSA中のシステイン残基にシステインもしくはホモシステインといった低分子チオール化合物がジスルフィド結合を形成し、S-チオール化修飾を受けていることが判明しました。興味深いことに、これまで酸化修飾の唯一のターゲット部位と考えられていた遊離のシステイン残基 (Cys34) のみならず、分子内ジスルフィド結合を形成しているシステイン残基もS-チオール化修飾を受けていることが明らかとなりました。さらに、S-ホモシステイン化修飾を受けたHSAはリガンド結合能が増加することも見出しました。以上の結果から、S-チオール化修飾は、脂質異常症の病態依存的に増加することに加え、タンパク質のシステイン残基を修飾することによって、その機能や活性を変化させ、病気の発症や進展に関与することが予想されました。
   これまで、血中の総ホモシステイン量と脳血管疾患や冠動脈疾患などの循環器系疾患発症の発症に関連があることが報告されていることから、今回の成果は、脂質異常症におけるバイオマーカーとしての意義だけでなく、血中ホモシステイン値と循環器系疾患発症リスクとの関係性を説明できる可能性があり、血清アルブミンの翻訳後修飾を介した病態形成に対する新たな研究の手がかりとなることが期待されます。

この研究は、日本学術振興会科研費新学術領域研究「酸素生物学」、基盤研究(A)、特別研究員奨励費、JSTさきがけの支援を受けて行われました。

発表雑誌

雑誌名
:「Scientific Reports 」(掲載日:2018年1月17日)
論文タイトル
:Structural and functional insights into S -thiolation of human serum albumins
著者
:Fumie Nakashima, Takahiro Shibata, Kohei Kamiya, Jun Yoshitake, Ryosuke Kikuchi, Tadashi Matsushita, Isao Ishii, Juan A. Giménez-Bastida, Claus Schneider, Koji Uchida.
DOI番号
:10.1038/s41598-018-19610-9
論文URL
https://www.nature.com/articles/s41598-018-19610-9

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻 食糧化学研究室
教授 内田 浩二(うちだ こうじ)
Tel:03-5841-5127
Fax:03-5841-8026
E-mail:a-uchida<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。
研究室URL:http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/foodchem/index.html

用語解説

注1 翻訳後修飾
タンパク質の活性や局在性などを制御する化学修飾であり、生体の多彩な機能を制御する上で非常に重要な役割を果たしている。
注2 バイオマーカー
ある疾病の存在や進行具合などの生体の状態を客観的に評価するための指標であり、病状のモニタリング、診断、治療などに利用される。その一例として、血中のヘモグロビンタンパク質が糖化を受けたヘモグロビンA1c (HbA1c)が挙げられ、タンパク質の化学修飾を指標とした糖尿病のバイオマーカーとして臨床で広く利用されている。
注3 ホモシステイン
必須アミノ酸のひとつであるメチオニンの代謝における中間生成物として生成される、チオール基を有するアミノ酸である。