発表者

濱端 大貴(東京大学大学院医学系研究科 病因・病理学専攻 博士課程1年/研究当時:応用動物科学専攻 修士課程2年)
中村 達朗(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 特任助教)
益子 櫻 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 修士課程1年)
前田 真吾(東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 助教/研究当時:応用動物科学専攻 特任助教)
村田 幸久(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)

発表のポイント

◆マウスモデルを用いて、腸炎の発症、悪化、治癒が、肉や卵などに多く含まれるω-6脂肪酸由来の脂質メディエーターから、魚に多く含まれるω-3脂肪酸由来の脂質メディエーターの産生に切り替わることで、巧みに制御されていることが分かった。

◆上記の脂質メディエーターの産生を担う酵素として、腸炎の発症期ではシクロオキシゲナーゼ (COX) の、炎症悪化期と収束期においてはリポキシゲナーゼ (LOX) の活性が上昇することが分かった。

◆食事や薬物の摂取によって脂質メディエーターの産生を整えることで、腸における正常な炎症サイクルを維持でき、炎症性腸疾患の治療や管理に応用できる可能性がある。

発表概要

炎症性腸疾患 (IBD) や過敏性腸症候群 (IBS) などの難治性の腸炎(注1)の患者数が増加しているが、これらの疾患の原因はよく分かっておらず、治療や管理方法の開発も進んでいない。炎症は細菌などの異物が体に入ってきた時に、それを消毒・排除してダメージをうけた組織を修復する反応である。この炎症反応が過度になったり、慢性化すると腸炎を含む様々な疾患の発症につながるため、その制御が治療や管理には重要である。
   炎症反応は、食べ物や体を構成する細胞の膜に含まれる脂肪酸から産生される脂質メディエーターによって制御されている。近年質量分析装置の開発が進み、体の中では非常に多くの脂質メディエーターが産生されていることが分かってきた。しかし腸炎の発症から寛解に、どの様な脂質メディエーターが産生され関与しているかは明らかになっていなかった。
   東京大学大学院農学生命科学研究科の村田幸久准教授と濱端大貴大学院生らの研究グループはマウスの腸炎モデルを作成し、炎症の発症から悪化、収束期にそれぞれ産生されている脂質メディエーターの濃度を網羅的に測定・解析した。
  その結果、腸炎の進行に伴って、①肉などに多く含まれるω-6脂肪酸由来の脂質メディエーターから、魚などに多く含まれるω-3脂肪酸由来の脂質メディエーターの産生に切り替わること、②これらの産生を担う酵素も、シクロオキシゲナーゼ (COX) からリポキシゲナーゼ (LOX) へ切り替わること、③腸炎の制御に関わる可能性がある、生理活性が報告されていない複数の脂質メディエーターが存在すること、が分かった。
   これらの成果を基に、食事や薬物の摂取によって脂質メディエーターの産生を整えることで、炎症性腸疾患の治療や管理に応用できる可能性がある。

発表内容

図1 マウスの腸炎症状の変遷
DSSを水に混ぜてマウスに投与すると、軟便や下痢などの症状が現れる。この便性状に基づいて症状の程度にスコアをつけると、4日目から症状の悪化が見られ(悪化初期)、7日目に最も激しい下痢症状が見られる(最悪化期)。その後、9日目までに症状は大きく回復し(回復初期)、18日目までにはほとんど症状が見られなくなる(回復後期)。通常の水を投与した対照マウスでは、これらの現象は観察されない。(拡大画像↗)

図2 産生される脂質メディエーターの変遷
炎症組織で主に産生される脂質メディエーターの種類は、腸炎の進行に伴って、肉などに多く含まれるω-6脂肪酸由来のものから、魚などに多く含まれるω-3脂肪酸由来のメディエーターに切り替わる。 (拡大画像↗)

研究の背景
近年、炎症性腸疾患 (IBD) や過敏性腸症候群 (IBS) などの難治性の腸炎の患者数が増加している。これらの疾患は、幅広い年齢層で発症して著しく患者のQOLを低下させる。しかし、これらの疾患の原因はよく分かっておらず、治療薬の開発も進んでいない。

炎症は、外界から侵入してきた異物を排除し、傷害をうけた組織を修復するための生体反応である。炎症が起こるとまず、血管の透過性が亢進して血液成分が組織に漏れ出す(炎症発症期)。続いて白血球などの免疫細胞が血管外へ遊走して異物の消毒にあたる(炎症悪化期)。最後に傷害をうけた組織が修復され、炎症が収束する(炎症収束期)。適切に炎症が進行・収束せず過度に長引くと、様々な炎症性疾患が発症する。

この炎症は、細胞の膜や食品中に含まれる脂肪酸を基に、シクロオキシゲナーゼ (COX) やリポキシゲナーゼ (LOX) などの酵素による代謝や、酸化反応によって産生される脂質メディエーターによって調節される。また、脂質メディエーターの基質となる脂肪酸には、肉や卵、胡麻油などに多く含まれるω-6脂肪酸と青魚や亜麻仁油などに多く含まれているω-3脂肪酸がある。ω-6脂肪酸の1つであるアラキドン酸 (AA) からは、プロスタグランジン (PG) やロイコトリエン (LT) といった炎症を促進する脂質メディエーターが多く産生される。一方ω-3脂肪酸であるエイコサペンタエン酸 (EPA) やドコサヘキサエン酸 (DHA) からは、炎症を抑制する脂質メディエーターが多く産生される。

質量分析装置の開発が進み、現在200~300種類の脂質メディエーターが同定され、これらの産生動態が刺激の種類や炎症のステージに合わせて変化して、炎症反応が巧みに制御されていることがわかってきた。しかし、腸炎の発症から進行、収束における脂質メディエーターの産生動態は明らかにされていない。

本研究では、デキストラン硫酸ナトリウム (DSS) (注2)誘発性の腸炎モデルマウスを用いて、腸炎の開始から収束にかけて産生される脂質メディエーターの網羅的な測定と解析を行うことを目的とした。

研究の内容
・方法
結腸炎を誘起するデキストラン硫酸ナトリウムをマウスに4日間飲水投与し、腸炎モデルを作製した。便性状と体重減少率で症状を経時的に評価し、その結果に基づき炎症の各ステージを悪化初期、最悪化期、回復初期、回復後期と定義した。

質量分析器を用いて、各ステージにおける結腸中の130種類の脂質メディエーターの濃度を測定した。検出されたメディエーターは、ω-6脂肪酸もしくはω-3脂肪酸由来のもの、もしくはCOXもしくはLOX、酸化反応依存的に産生されるものに分類し、それらの産生動態を解析した。

・結果
炎症を誘起した結腸では、78種類の脂質メディエーターが検出された。ω-6脂肪酸由来のものの多くは、無処置時に比べて悪化初期から回復初期にかけて増加し、回復後期に減少した。特に、腸炎を悪化させることで知られるロイコトリエン類は、最悪化期及び回復初期に10倍以上の増加を見せた。一方で、ω-3脂肪酸由来のメディエーターの多くは、最悪化期に減少し、回復初期に増加した。注目すべきものとして、腸炎の悪化を抑制することで知られるレゾルビンD1の前駆体17-HDoHEが、回復初期に3倍以上増加した。

COX由来の脂質メディエーターの多くは、無処置時に比べて悪化初期に最も増加し、その後も回復初期まで増加傾向を示した。一方で、LOX由来のメディエーターの多くは、悪化初期から回復初期にかけて増加し、回復後期に減少した。

また、生理活性の明らかにされていない複数の脂質メディエーターの産生量が、腸炎の進行と共に劇的に変化することが分かった。今後これらの病態生理活性について明らかにしていく。

考察と意義
  ω-6脂肪酸由来の脂質メディエーターであるPGE2やω-6脂肪酸を多く含む食事は、ヒト難治性腸炎の発症リスクを上昇させるという報告がある一方、ω-3脂肪酸を多く含む食事は、再発リスクを低下させるという報告や、悪化を抑制するという報告がある。
  本研究により、腸管における炎症の開始から悪化、収束にかけて、産生される脂質メディエーターの種類がω-6からω-3脂肪酸由来のものへ移行していくことや、関与する酵素の種類も変化することが明らかになった。
  これらの知見を基に、腸炎のどの病態ステージで、どのような食事・投薬管理を行えば病態を管理することができるのか、今後提案していきたい。

発表雑誌

雑誌名
:The Journal of Lipid Research(オンライン版:2月2日)
論文タイトル
:Production of lipid mediators across different disease stages of dextran sulfate sodium-induced colitis in mice
著者
:Taiki Hamabata, Tatsuro Nakamura, Sakura Masuko, Shingo Maeda, Takahisa Murata.
DOI番号
:10.1194/jlr.M079095
論文URL
http://www.jlr.org/content/early/2018/02/02/jlr.M079095
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問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 放射線動物科学教室
准教授 村田 幸久(むらた たかひさ)
Tel:03-5841-7247 or 03-5841-5934
Fax:03-5841-8183
E-mail:amurata<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

注1 難治性腸炎
炎症性腸疾患 (IBD) など、有効な治療法のない腸炎の総称。近年、患者数が増加しているものの、発症の原因や予防法は未だに分かっていない。
注2 デキストラン硫酸ナトリウム
マウスに飲水投与することでIBD様の腸炎症状を引き起こす化学物質。腸の上皮細胞を傷害することで、腸内細菌叢に対する過剰な免疫反応を誘導する。