発表者
宮崎 翔 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教)
原 万里穂(東京大学農学部 生命化学・工学専修4年)
浅見 忠男(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)
中嶋 正敏(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授)

発表のポイント

◆コケ植物の幼い個体において、植物ホルモン・ジベレリンの中間原料からジベレリンとは構造の異なる「ジベレリン起源物質」が作られて、細胞の分化をコントロールしている。
◆「ジベレリン起源物質」としての効力は、分子内の異なる位置に水酸基(OH)を導入して活性化・不活性化を調節している。この様式は、ジベレリンの活性調節様式と非常によく似ており、進化的に先に出現した「ジベレリン起源物質」の調節様式を後からジベレリンが踏襲した、と考えられる。
◆「ジベレリン起源物質」が制御に関わる細胞分化は、世代継承に繋がる成熟個体(茎葉体)の出現頻度に影響する。

発表概要

コケ植物の一種・ヒメツリガネゴケはジベレリンを作らない代わりに、合成ルートの途中から分岐してジベレリンとは構造的に異なる物質を作り、この植物の成長制御に使っていた。この物質の信号としての効力を調節するため、分子内の違う位置に水酸基(OH)を導入して効力を強めたり弱めたりしていることも分かった。この調節方法は、ジベレリンの調節方法と非常によく似ており、ジベレリンが出現する前の起源物質と表現できる。

発表内容

図1 波線より下部は維管束植物で一般に認められるジベレリンの合成経路を示す。ヒメツリガネゴケはジベレリン合成能を持たない代わりに、経路途中のent-カウレン酸(KA)を基点として、3位に水酸基を導入して活性型分子を合成する。また、2位に水酸基を導入して不活性化も制御していた。このような制御の様式はジベレリンにおいても見てとれる。(拡大画像↗)

【背景】

草丈の制御や発芽過程を司るジベレリンはジテルペン類(注1参照)に属し、ゲラニルゲラニル二リン酸(GGDP)を原料として数段階の生合成過程を経て活性型分子となる【図1の下部:波線より下は高等植物やシダ植物など維管束を持つ植物に共通して認められるジベレリンの合成経路である】。ヒメツリガネゴケのゲノム情報を参照した結果、上記GGDPからent-カウレン(K)、およびその酸化代謝物ent-カウレン酸(KA)までの合成に必要な酵素遺伝子群は存在したが、それ以降のジベレリン合成に必要となる酵素遺伝子群が見つからず、これと同期して生体内からはジベレリンが検出されない。共同研究グループでは「ヒメツリガネゴケの生育にジベレリンは必要無いか」について決着を図るべくKA合成能欠損変異体を作り、生活環の一部である原糸体の細胞分化の頻度に異常を認めた。この変異形質はKやKAの投与で正常レベルまで回復するが、ジベレリンの投与では回復しなかった。これにより、ジベレリンとは明らかに構造の異なるKA代謝物の関与が強く示唆されていた。

【研究の内容】
  「ジベレリン起源物質」の追跡に、いわゆる「モノ取り」手法(注2)を用いた。その周辺環境として、生物検定(注3)における定量評価系と高感度機器分析系を整えた。定量評価系は、分化後の細胞に存在する葉緑体が分化前より減少して淡色化することを利用して撮影画像を二色化し、全体に占める淡色領域の割合を評価値とした。これにより終濃度1〜1,000ナノモラー(ナノは十億分の一を示す接頭辞)の範囲でKA投与に伴う評価値の単調増加傾向を確認した。高感度機器分析系は、KAのような炭素骨格に近い物質の分析に従来から不向きと言われてきたESIイオン化LC/MS/MSの難点を逆手にとる分析手法を開発し、KA関連物質の高感度検出を実現した。
  KA合成能欠損変異体にKAを投与して、細胞分化の異常に対する回復傾向を確認した時点で生体からKAおよびその関連物質が含まれる有機化合物群を抽出し、固相カラムを用いた粗精製、逆相カラムを用いたHPLC、各画分の生物検定評価、細胞分化誘導活性を認めた画分周辺を対象とするLC/MS/MS分析へと繋いだ。マスクロ上でピークとして認めたKA代謝物候補は、投与したKAよりも16マス分子量が大きく、最終的にGC/MSを用いた標品とのフラグメント比較により、KA分子内3位の位置に水酸基が付与された物質(略称3OH−KA、構造は図1参照)を同定した。3OH−KAはKAと比べ、生理活性が大きく上昇した〔①〕。再びKA合成能欠損変異体に3OH−KAを投与して代謝物の追跡を展開したが、新たな活性物質の存在を認めなかった〔②〕。他方、次世代シーケンサを用いた網羅的発現解析から、KA分子内2位に水酸基を付与して2OH−KA(略称、構造は図1参照)を生産する2位水酸化酵素の遺伝子を特定した。2OH−KAはKAと比べて生理活性が大きく低下した〔③〕。本酵素の欠損変異体を作出したところ、定常レベルで細胞分化を生じやすい形質を確認した〔④〕。さらに、次世代シーケンサ実施時より短時間処理条件(投与後6時間)の2位水酸化酵素遺伝子の発現はKA投与に応答しないが、3OH−KA投与で増加した〔⑤〕。上記①②⑤の観点から、追跡の対象としてきた「ジベレリン起源物質」は3OH−KAであり、③④の観点から2OH−KAへの変換反応は不活性化の過程と結論した。

【考察と意義】
  進化的にコケ植物よりも後から出現した維管束植物は、みな一様にジベレリンの合成能を持つ。一方、ヒメツリガネゴケはその合成能を獲得する前段階に位置し、ジベレリンを合成できない代わりに中間産物KAを基点としてより単純な分子構造の「ジベレリン起源物質」を作り、自身の成長制御に用いていた。加えて、3位に水酸基を導入する「活性化」と、2位に水酸基を導入する「不活性化」の制御様式の存在も明らかにした。この様式はジベレリンの活性制御と類似する点が多く、その意味からも「ジベレリン起源物質」と表現できる(図1)。ただし、ジベレリンの場合は、3位に水酸基が付与された活性型分子も依然として2位不活性化の対象であり、2位と3位の両方に水酸基を持つ分子が存在する。他方、「ジベレリン起源物質」の場合はそのような分子の存在が確認できない。この点も、分子進化の観点で考えると非常に興味深い。
   最後に、「ジベレリン起源物質」が制御する細胞分化は、ヒメツリガネゴケ原糸体を茎葉体へと遷移させる頻度、ひいては、次世代に繋ぐ胞子形成に影響する。従って、非常に成長が遅いことで知られるコケ植物に対し、こうした物質の人為的コントロールにより成長を加速させ、例えば造園などの作業において短い時間で♪コケの〜むすまで〜状態を演出できる日がくるかもしれない。なお、コケ植物と言っても一括りにできるものではなく、ヒメツリガネゴケが属する蘚類に加えて、大きくは苔類など幾つかの区分がある。そのため、本研究で明らかにした「ジベレリン起源物質」があらゆるコケ植物で生合成され、自身の成長を制御しているか分かっていない点を断っておく。


発表雑誌

雑誌名
Molecular Plant (Cell Press社)
論文タイトル
:An ancestral gibberellin in a moss Physcomitrella patens
著者
:Sho Miyazaki, Mariho Hara, Shinsaku Ito, Keisuke Tanaka, Tadao Asami, Ken-ichiro Hayashi, Hiroshi Kawaide, and Masatoshi Nakajima
DOI番号
:10.1016/j.molp.2018.03.010
論文URL
http://www.cell.com/molecular-plant/pdf/S1674-2052(18)30096-0.pdf (速報版)

問い合わせ先

東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物制御化学研究室
准教授 中嶋 正敏(なかじま まさとし)
Tel:03-5841-5192
Fax:03-5841-8025
E-mail:anakajm<アット>mail.ecc.u-tokyo.ac.jp  <アット>を@に変えてください。

用語解説

注1 ジテルペン
イソプレンと呼ばれる炭素5個の分子が複数個連なり生合成される天然有機化合物はテルペノイドと総称される。中でもイソプレン4個(炭素20個)を初発物質とするものをジテルペンと呼ぶ。文中にあるGGDPやKAは炭素数20個の分子であるが、活性型のジベレリンは合成途中に脱炭素反応を含むため19個である。
注2 モノ取り
主に天然に存在する生物材料を対象として、材料中に含まれる特定の物質を追跡対象に据えて、抽出および精製を繰り返し、最終的に単一の成分にして分子構造を明らかにしようとするアプローチのこと。下記生物検定は、このモノ取りにおける精製作業の効率化に寄与する。
注3 生物検定
生物を用いてその応答状況を調べ、外部から投与した中に目的の物質が含まれているか判定するシステムのこと。ある特定の物質だけに応答する高い特異性や、わずかな量でも鋭敏に応答する高感度性、物質量の多寡に依存して単調に応答が変化する高い定量性などを備えた系は、より優れたシステムと評価される。